第17話 大妖精へと至る道
『この四か所ってたしか……どれも超危険地帯……ここの強風みたいに環境が過酷すぎて、人間が立ち入れないところだったわよね?』
スノーベルが、たしかめるように言いました。
『ニンゲンどころか、どんないきものだってはいれないよ! あんなの!』
シロンはつづけてわめきました。子どもとはいえ、ドラゴンである彼女でさえ、あの吹き荒れる暴風を見ただけで帰りたいと思ったのですから。
『ええ。その通りです。ですが、そういう場所こそ、逆に僕たち妖精にとっては住みやすい環境なんですよ。聖域に張られているような結界をムリヤリこじあけるようなチカラの持ち主だろうと、自然の力にはかないませんからね。侵略者におびえる必要が、まったくないのです』
風の大妖精は、どこか自慢げに言いました。
「じゃあ、この村をおおっている風を防ぐためのバリアは、もしかして……」
『ええ。おそれながら、僕が管理しているものです。大妖精は、より強く自然の力を引き出せますから、それから身を守る術もこころえているのです。もっとも、維持するのは大変なんですけどね』
風の大妖精は、またまた自慢げに言いました。
エミルはシュクレーヌの女王が残したアメ玉を見つめながら、納得しました。このアメ玉が発生させたバリアも、おそらく同じ原理のものなのでしょう。
『でも、どうしてほかのところにもむらがあるってしってるの?』
シロンは、いつもどおり思ったままの疑問を口にしました。
『特定の妖精同士には、ネットワークというものがありましてね。それを通じて情報をやり取りしているんですよ』
『どういうこと??』
『近しい波長を持つ妖精同士なら、念じるだけで、おたがいのことがだいたいわかるのよ。テレパシーってやつね。大妖精なら、遠くにいる妖精たちのことまで把握できても、おかしくないわ』
スノーベルが補足してくれました。
『あ、そういえば、ここにようせいがいるかもしれないって、シュガーがいってたよね!』
『え? ええ、たしかに……』
きゅうに話をふられ、シュガーはびくっと肩を震わせました。
『なるほど……それも思った通りですね……』
「あのー、さっきから、どういうことですか?」
エミルは首をかしげました。さすがにここまでもったいぶられると、シロンじゃなくても少しイラッとしてしまいます。
『おそらくシュガー君には、大妖精へと進化できる素質があるのです。感知能力の高さは、そのためなのでしょう』
『えっ……わたしが、ですか……?』
シュガーは意外そうに目を丸くしました。
『シュクレーヌの女王も、きっとそれを見こして君をメッセンジャーに選んだのでしょう』
『そんな……わたしに、そんなチカラなんて……』
シュガーはうつむいてしまいました。
『あなたは、お砂糖の妖精でしょ。お砂糖は、すべてのお菓子のもとじゃない。その妖精として生まれた時点で、あなたにはお菓子の国をまとめる素質があったってことよ』
スノーベルの説明には、たしかに説得力があると、エミルもシロンも思いました。
『わたしが……シュクレーヌをまとめる……?』
シュガーはつぶやきながら、自分の両手を見つめました。やっぱり弱気な自分には、そんな大役はとても信じられません。不安も、簡単には消えてくれませんでした。
そんな小さな手を、エミルはそっとにぎって言いました。
「いまは、そんなたいそうなことまで考えなくてもいいよ。ただ、いまより強くなることだけを考えよう」
エミルのあたたかな気持ちが、手を通じて伝わってくるようで、シュガーの不安は少しずつやわらいでいきました。
『……はい』
「その意気!」
エミルがにこっと笑うと、わきで妖精たちと遊んでいたエイルも、誇らしげにほほえみました。
『……そういうことですので、僕たちが協力できることというのは、シュガー君を大妖精へ進化させるためのお手伝い、ということです』
「具体的には、どんなことをするんですか?」
『こちらへどうぞ』
風の大妖精に招かれるまま、姉妹たちは村の奥へと案内されるのでした。
☆ ☆ ☆
『あちらをごらんください』
村の奥にも、荒野がひろがっていました。この村は荒野のまっただ中にあるので、当然なのですけれど。
ですが、そこから見える景色は、ここまで来たときとはちがいました。暗雲がただよっているかのようで、奥へ行くほど空も大地も暗くなっています。どことなく不気味で、思わず身震いしてしまいそうな光景でした。
『あちらに進むと、【神鳥シルフムルグ】の住む塔があるのです』
『しんちょーしるふむるぐ……?』
『いわゆる、神獣と呼ばれる生きものですね』
神獣――その単語に、姉妹たちはぴくっと反応しました。
神獣とは、呼んで字のごとく神さまに近い、あるいはそれに匹敵するほどのチカラを持つケモノ。魔法生物の中でも、最上位に位置する種族たちです。
「その神獣に……会いに行けってことですか?」
エミルはごくりと息をのみました。
『そうですね。短期間で大妖精へ進化するためには、自分よりはるかに強大なチカラの持ち主と向き合うことが、いちばんの近道ですから』
「たしかに、それはわかる気がするなー。相手が強いほど、それだけ自分も強くなれる気がするし」
エイルは、めずらしく腑に落ちた様子でうなずきました。
いっぽうで、シュガーはまたびくびくしていました。そんなおそろしい相手と戦うだなんて、とても自分にはできそうにありません。
そんな彼女を見かねたエミルは、耳もとでやさしくささやきました。
「だいじょうぶ。あなたひとりで戦えっていうわけじゃないから。あなたは、あなたにできることをすればいいんだよ」
それは、自分自身の経験から出た言葉でもありました。エミルもまた、エイルにくらべて無力さを感じることはしばしばありました。それでも、できないと思いこんだり、あせったりすることこそが、いちばん成長のさまたげになると知っているのです。
だからこそ、その言葉はシュガーの胸にもすっと入り、少しずつ不安をやわらげていきました。そして、エミルへの信頼も、より大きくなっていきます。
『そうだよ。ほかのコのたたかいぶりをみてるだけでも、べんきょーになったりするんだから!』
シロンが、先輩風を吹かせるように、とくいげな顔で言いました。
これもまた、シロン自身の体験談でした。旅の中で仲間が増えたことで、そうした学びをたくさん得てきたのです。
『はっはっは。あなたたちはずいぶん、いい絆をきずけているんですね。むかし友だった人間のことを思い出します』
そんな姉妹のやり取りを見て、風の大妖精はさわやかに笑いました。
『あなたたちならきっと、この試練も乗り越えられるでしょう。これをお持ちください』
風の大妖精は、エミルへ一枚の羽を手渡しました。
美しい緑色の鳥の羽で、どこか神々しさを感じます。だからこそ、エミルにはひと目でわかりました。
「これはもしかして……その神鳥の羽、ですか?」
『やはり、おわかりになられますか。あなたも、いい目をお持ちのようですね』
「いやあ……」
エミルは、まんざらでもなさそうに照れ笑いしました。
『その通り。それは神鳥シルフムルグ……がヒナだったころの羽です』
『え!? これで!? ふつうのとりと、おなじおおきさじゃん!』
シロンはびっくり仰天です。いったい現在のシルフムルグは、どれほど巨大な鳥なのでしょうか。想像するだけで、おそろしくなってきます。
『成鳥の大きさは、実際に見てのお楽しみということで。その羽があなたたちを塔へ導き、神鳥に引き合わせてくれるでしょう。安心なさい。神獣という種族は、怒らせなければ、あちらから危害を加えることはありません。修行をつけてもらう心構えでいるといいですよ』
それを聞いて、シュガーはちょっとだけほっとしました。とりあえず、出会ってすぐに殺意を向けられる、ということはなさそうです。
『まっかせて! しれんなら、こないだクリアしたばっかりだから!』
『そうね。そんなもの、私たちには慣れたものだわ』
シロンとスノーベルは、とくいげに胸を張りました。
「それじゃ、少し休んだら行こうか!」
エイルの提案で、姉妹は少しだけ休憩することにしました。もちろん、疲れの見えはじめたかわいい妹、エミルを休ませてあげるためです。
風の妖精村で英気を養い、およそ一時間後――いよいよ出発のときです。
「いろいろ教えてくれて、ありがとうございます」
エミルは、見送りに来てくれた風の大妖精へ、ぺこりと頭を下げました。
『帰りは、ぜひまたこの村にお立ち寄りください。外界のお話をうかがってみたいので』
「わかりました。きっと戻ってきます」
『シュガー君、気負わずがんばるんですよ』
『は……はい。わたしなりに、やってみます……』
シュガーは、おずおずとしながらも小さくうなずきました。最初に会ったころよりは、少し前向きな表情になっています。
マナが回復したエミルは、ふたたびアメ玉のバリアを展開しました。
一行は村をあとにし、強風吹き荒れる荒野へ、ふたたび足を踏み入れます。
めざすは、暗雲ただよう道の向こうにそびえる、神鳥シルフムルグの住まう塔です。
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