第16話 風の中の妖精村
「あ! あそこ見て! なんか見えるよ!」
エイルの指さしたほうを見ると……なんとそこには、緑色の半透明のドームにつつまれた、村のようなものがありました。
『あのドーム、まるでこのアメだまバリアみたいだね』
シロンの指摘どおり、エミルにもあのドームが、いま自分を中心に張られているバリアと同じものなのだと理解しました。
なぜなら、あのドームの中の村らしき場所も、まったく風の影響を受けていないからです。
『なら、目指すはあそこね!』
スノーベルも乗り気になり、シュガーもキリッとした表情でうなずきます。
エミルも意を決して、ぎゅっと手の中のアメ玉を握りしめると――
ブオン!
『あっ! なんかバリアがちいさくなった!』
シロンの叫ぶとおり、一行を風から守ってくれていたバリアが、みるみる縮んでしまいました。
最初は半径5メートルほどあった広さが、いまではその半分ほどしかありません。
「ごめん! 目的地が見えたと思ったら、気がゆるんじゃって……」
あやまるエミルの顔には、汗がびっしょりと流れていました。かなり消耗しているようです。
『どうやらこのバリア、当然といえば当然なんだろうけど、エミルの生命エネルギーで維持されてるみたいね……』
スノーベルが冷静に分析しました。
「だったら、あの村まで急ぐっきゃない! ほら、エミル、おぶさって!」
そう言うと、エイルはしゃがみ込み、エミルへ背中を差し出しました。
小さいころは、いつもこうしてお姉ちゃんの背中に乗せてもらったな――エミルは、ふとなつかしさで胸があたたかくなります。
「うん……ありがとう……」
エミルはその言葉に甘えてエイルの背中におぶわれ、一行は足早にドームの中の村へと駆けていきました。
☆ ☆ ☆
「おおお……おお……?」
ドームの中へ飛び込んだエイルは、思わず感嘆の声を上げ――
その声は、やがてとまどいへと変わっていきました。
遠目から見ていたとおり、緑色のドームはこちらのバリアと同じもので、中は風の影響をまったく受けていません。村があるという予想も当たっていました。
しかし……問題は、その規模です。
一般的な妖精という魔法生物の大きさは、人間の手乗りサイズ――20センチほどしかありません。
つまり、そんな彼らが暮らす家は……
「……なんだか、巨人になったみたい……」
そう、せいぜい高さ1メートルほど。エミルの腰くらいまでしかありません。
ちなみに立ち並ぶ家々は、あの何もなかった荒野のどこから素材を調達したのか、木で造られており、全体的に緑を基調とした色合いでした。
『人間界暮らしが長いせいか、このサイズ感、なんだかなつかしいわねえ』
スノーベルは村の景色を見渡し、しみじみとつぶやきます。
『わたしたちからすれば、人間の町はたしかに巨人のすみかだよね』
シュガーも、勝手知った妖精の村を見て、少し気持ちがやわらいだようでした。
「そうだね! なんだか楽しくなってきたぞ! がおー! なんちゃって!」
現状を理解したエイルも興奮を取り戻し、怪獣ごっこまではじめます。
『おお!』『ニンゲンだ!』『ほんとだ! ホンモノだ!』『でかーい!』
すると、住人である小さな妖精たちが、口々に歓声を上げました。
自分たちよりはるかに大きな人間が突然現れたのですから、悲鳴を上げてもおかしくないはずなのに、妖精たちはむしろ大はしゃぎです。
「あ、あの……おじゃましてます」
エミルはとまどいながらも、その場にしゃがみ込み、妖精たちと目線を合わせてあいさつをしました。
『うん、いらっしゃい!』『どんなご用事できたの?』
妖精たちは姉妹に興味津々ですが、こちらを警戒している様子はありません。むしろ、とても友好的でした。
「どんな用事……そういえば、わたしたちって、なんでここに来たんだっけ?」
エミルは、まるでふだんのエイルみたいな、すっとぼけたひとことを口にしてしまいました。事実、この場所を訪れた理由も目的も、まだ何ひとつわかっていないのです。
ただ、女王のアメ玉に記されていた地点を目指した――それだけの理由で、ここまでたどり着いたのですから。
『こーゆーときは、いちばんえらいひとにはなしをきいたら?』
シロンがエミルの耳もとで提案します。
いきなり訪ねて多少ぶしつけかもしれません。でも、たしかにそれがいちばん早い方法だと、エミルはうなずくのでした。
『いちばんえらいひと?』『ちょっと待ってて。呼んでくるから』
なんと話が早いのでしょう。何人かの妖精が、くるりと身をひるがえして飛んでいきました。
姉妹は彼らが"えらいひと"を連れてくるまでのあいだ、ほかの妖精たちに話を聞くことにします。
「あなたたちは、人間を見るのははじめてなの?」
『そうだねー』『ぼくたちは、はじめて見るなあ』『でも、村長さんとか、長生きしてるひとたちは見たことあるらしいよ』
どうやら、人間の認知度にはバラつきがあるようです。では、次に聞くべきことは……
「この村って、どれくらい昔からあるの?」
『うーん、どれくらいだっけ?』『ぼくは知らない』『たしか、何百年も前からあるって聞いたような……』
なるほど。さすがは長生きする種族の村だけあって、その歴史も相当に長いようです。
そんなふうにエミルが考えをめぐらせ、エイルたちほかのメンバーが妖精たちとたわむれていると……
『やあ、これはこれは人間の方。ようこそ我らが村へ』
さっきの妖精たちが、一人の成人男性を連れてきました。
緑色の短髪に同じ色の瞳、そして同じ色の服をまとった緑づくめの姿。どこか風のようにさわやかな雰囲気をまとっています。
「あなたは、もしかして大妖精……?」
エミルは少しおどろいたようにたずねました。
シュクレーヌの女王と同じように、その人間風の男性は背中に大きな透明の羽を生やしていたからです。
『ええ。よくご存じで。僕はこの村の代表を務める者です。どうぞよろしく』
風の大妖精は、にこやかなほほえみを浮かべました。
その笑顔は、世の女性たちが見れば、思わず見とれてしまいそうなくらいさわやかです。
『それで、このたびはどのようなご用向きで?』
「えーと、なにから話せばいいのか……」
エミルはシュガーと、ひそひそ話を始めました。
「シュクレーヌのこと、話しちゃってもいいよね?」
『え、ええ……だいじょうぶ、です』
あまり自信なさげな返事でしたが、いまはなりふりを構っていられる状況ではないことも、シュガーは理解しています。
そもそも妖精の隠れ里というものは、ほかの種族からの干渉を防ぐための場所です。同族相手とはいえ、その内情を話すことは、あまり好ましいことではありません。
「ええ、実は……」
エミルは風の大妖精へ、シュクレーヌのこと、魔王ビターダムのこと、アストライト王国の危機のこと――すべてを包み隠さず話しました。
『なんと……そのようなたいへんなことが……』
風の大妖精も、さすがに驚きを隠せないようです。
『そういえば、最近お菓子の味が薄くなったような気がしてたけど……』『気のせいじゃなかったんだ』『その魔王ってやつが、あま~い味を奪ってるんだな!』
どうやら、シュクレーヌ荒廃の影響は、この村にも及んでいたようです。
これはなんとかしなければ――エミルたちの思いはいっそう強くなりました。
『そのシュクレーヌがよみがえれば、甘味も元通りになるということでしょうか?』
『は……はい。そのはずです……』
同族の長を前にしているからか、シュガーは少し緊張しているようでした。
『そういうことでしたら、僕たちにもぜひ協力させてください。甘味はもとより、なにより同族のために』
風の大妖精は、やわらかな笑みを浮かべて言いました。
「『あ……ありがとうございます!』」
エミルとシュガーは、声をそろえてお礼を言います。
『でも、協力するって言ったって、なにをしてもらえるのかしら?』
スノーベルはいぶかしげにたずねました。
『要するに、魔王を倒すためには、そこのシュガー君と人間の方が協力することが絶対条件。しかし、いまのままでは、とても力が足りない……そういうことでしたね』
『は……はい……』
シュガーは、しょんぼりとうつむいてしまいました。
『これは僕の推測なんですが……その女王さまは、シュガー君に強くなるための方法を残してくれたんじゃないでしょうか?』
「『え……?』」
エミルとシュガーが目を丸くするなか、風の大妖精は続けます。
『例の地図、見せていただいても?』
「は、はい。どうぞ……」
エミルはローブの中から、ロウランにもらった地図を取り出しました。
『ふむふむ……やはり、そういうことのようですね』
『そういうことっで、どういうことなのー?』
シロンは不機嫌そうにたずねました。
シロンは、まどろっこしい言い方や回りくどい説明が大の苦手なのです。
『地図に記されたこの四か所は、ここと同じ妖精の村の場所を示しているのです』
「『え……ええ~っ!?』」
風の大妖精の言葉に、エイル以外の全員がおどろきの声を上げるのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
連載開始から一週間を過ぎたので、一日二話更新はきょうで終わり、次回からは「毎日21時更新」とさせていただきます。
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