第14話 コネクタリング
姉妹は大オオカミのシロの背にまたがり、王都の外の平原へ出ました。
妖精国や王国に危機がせまっていることなど知ったことではない、と言わんばかりに、気持ちのいい風が草原を吹き抜けています。
「さてと……」
エミルはシュガーとスノーベルを収納するための契約の指輪――コネクタリングを、左手の中指と人さし指にはめました。
『えっ……ちょっと、エミル……?』
すると、スノーベルがおどろき、とまどったように声を上げます。
「なあに?」
『あなた、それ……指輪、8個目よね……? 体、なんともないの?』
「なんともないよ?」
『え? そ、そうなの……』
スノーベルは、遠くを見つめるような目になりました。
『ゆびわ、たくさんつけてちゃダメなの?』
シロンが首をかしげます。
『うーん……ダメっていうわけじゃないんだけど……』
スノーベルは悩ましげな表情を浮かべましたが、なんともないならいいか、と思い、それ以上は説明しませんでした。
魔法生物とのパートナー契約の証である指輪・コネクタリングには、パートナーを収納するだけでなく、もうひとつの能力があります。
それは、指輪とつながったパートナーから力を分けてもらう"加護"の機能です。たくさんのパートナーと契約していたり、絆が強かったりするほど、魔法つかいはパワーアップするのです。
ただし、それには限度があります。あまりにも多くのパートナーから加護を受けると、魔法つかいの体が、その力に耐えきれなくなるおそれがあるのです。
その限界は片手の指の数である5体までとされ、極星魔法つかいであっても、それ以上のパートナーを同時に連れ歩くことはありません。
エミルは現在、5体のパートナーと契約しています。
幼いころからいっしょの妹のようなチビドラゴン、【ホワイトドラコ】のシロン。
誇り高きオオカミと野性に生きるノラ犬、二つの心を持つ【グレイトウルフ】のグレイ。
きらめく銀髪と褐色の肌を持つ美しい姫君、【ダークエルフプリンセス】のシルヴィア。
旅立つ直前にもらった卵から孵ったばかりの不死鳥、【ソルフェニックス】のレッディ。
そして数日前の冒険で新たに仲間になった、スライムの性質を持つ体の水の精霊、【プルンディーネ】のマリン。
このそうそうたる高位種族たちの中へ、さらに一時的とはいえ、ふたりの白い妖精――スノーベルとシュガーが加わるというのです。ふつうの魔法つかいなら、体が悲鳴を上げかねません。
(やっぱりこのコ、ただものじゃない……)
なのに、けろっとしているエミルを見て、スノーベルはおののいていたのです。
エイルとエミル姉妹の規格外ぶりは、この前の冒険でさんざん経験済みです。それでも、まだこんな隠し玉を持っていたのかと、戦々恐々としていました。
ちなみに、エミルの8個目の指輪――左手薬指にはめられたものは、パートナーとの契約の指輪ではありません。
これは彼女たちに負けず劣らず大切な……恋人との誓いの指輪なのです。
「それで、まずはどこから行く?」
エイルがたずねると、エミルはロウランからもらった地図をひろげました。
「ここからいちばん近いのが……この北東のあたり。まずはそこから行ってみよう」
「オーケー。たのむぞ、シロ」
『ワン!』
最初の目的地も決まり、姉妹と妖精たちは、女王が残したアメ玉が示す北東の地を目指します。
☆ ☆ ☆
出発から約二時間後、姉妹は地図に書かれたポイントへたどり着きました。
あたりには草も生えず、だだっ広い荒野がひろがるばかりです。
……しかし!
ビュゴオオオオオーーーッ!
その数百メートル先には、風の筋が肉眼でも見えるほどのすさまじい暴風が渦巻いていました。それはまるで、侵入者を拒む巨大な壁のようです。
どういうわけか、いまいる場所では風圧を感じることはありません。それでも、ひと目見ただけでわかりました。あそこへ一歩でも足を踏み入れれば、命はないと。
『……ねえ、やっぱりいくの、やめにしない?』
シロンも、思わずそんな弱音をこぼしてしまいます。
「そ……そうだね。この地図のしるし、きっとロウランさんの思いちがいか、なにかだよ」
エミルですら、現実から目をそらそうとしていました。
あの渦巻く強風を見ていると、少し前の冒険で、パートナーのシルヴィアがあんなふうな魔力の渦へ飲み込まれ、美しい体をバラバラに引き裂かれた、あのむごい光景がイヤでもよみがえってきます。
さいわい、シルヴィア本人は健在で、そのときの記憶も失っているようですが……だからこそ、エミルはなおさら怖かったのです。もし、今度は誰かを本当に失ってしまったら――そんな最悪の想像が、頭から離れてくれませんでした。
『そんなわけないでしょ。あの人はああ見えても極星魔法つかい一の知識人よ。気持ちはわかるけど、覚悟を決めなさい!』
スノーベルは弱気なエミルたちをしかります。いっぽう、シュガーのほうは目を丸くしたまま、かたまっていました。
だれもがしりごみしてしまい、前へ進む勇気を持てませんでした。
……ただひとりをのぞいて。
「エミル、こういうときこそ、あのアメ玉の出番なんじゃないかな?」
エイルがエミルのポケットを指さしながら、提案しました。
『女王さまのアメ玉が……ですか?』
シュガーがおずおずとたずねます。
「ほら、お花のおねーちゃんも、なんか言ってたわけだし」
どうやら、具体的な策があっての発言ではなかったようです。うろ覚えの情報から、本能的に思いついただけ、といった様子でした。
「ああ、そういえば……」
エミルはポケットから赤いアメ玉を取り出しました。
「シュガーは、なにか知らない?」
『す、すみません。わたしたちも、ふだん女王さまが占いに使っていることくらいしか……』
シュガーはしゅんとうつむいてしまいました。
その自己肯定感の低さを見て、エミルはいまは離ればなれになっている恋人のことを思い出します。彼も、出会ったばかりのころは、こんなふうでした。
エミルは片目を閉じ、じっとアメ玉を見つめます。
本当に、よく透き通っていて、芸術品のように美しい――そう見とれていた、そのときでした。
「えっ……」
アメ玉の中に、小さな模様が浮かび上がっているのが見えたのです。
その並び方からすると、なにかの文章のようでした。
『どうしたの?』
シロンがたずねます。
「ほら見て。このあたり、文字みたいなのが浮かんでる!」
エミルはそう言って、みんなへアメ玉を見せますが……
『??? なんにも、みえないよ?』
シロンも、シュガーも、スノーベルも、その文字は見えていないようでした。
「私にも見えないや。エミルには見えてるの?」
もしかしたら、と期待していた姉のエイルですら見えないようでした。
「そんな……どうして、わたしにだけ……」
エミルには、たしかに人には見えないユーレイを見る霊視の力はあります。ですが、これはあきらかにそれとはちがうものです。
いったいどういうことなのかと考えをめぐらせていると――
『女王のアメ玉……エミルにだけ見える文字……これってもしかして、加護が関係してるんじゃないかしら?』
スノーベルが、ひとつの答えを示しました。
『かご?』
『ほら、いまエミルは私とシュガー、妖精ふたりの加護を受けてるわけじゃない? それで、女王と近い存在としてアメ玉に認められたんじゃないかと思って』
『で、でも、スノーベルはともかく、わたしの加護なんて効いてるのかな……?』
気弱なシュガーはその推測を否定します。
しかし、その言葉を聞いたエミルは、ハッと思いつきました。
「たしかに、妖精ふたりぶんの力じゃ、女王には届かないかもしれない。けど、わたしには、その妖精の上位種とされる……ダークエルフのシルヴィア、水精霊のマリンがいる」
その言葉に反応するかのように、エミルの右手薬指の指輪がチカチカとオレンジ色に光りました。
シルヴィアが宿る指輪です。まるで、自分のことに触れてくれたのをよろこんでいるかのようでした。
『なるほど。その四人分の加護で、女王に近い感覚を得られたわけね』
「いまのところ、そうとしか考えられないと思うよ」
「理由なんて、なんでもいいよ。文字が書いてあるっていうなら、読んでみれば?」
エイルに急かされ、エミルは「それもそうだね」とうなずき、もう一度アメ玉をのぞき込みました。
「えーと……これ、精霊文字だ。"我をにぎりしめ、強く念じよ。さすれば障害から身を守る力となろう"……だって」
『なにそれー! ちんぷんかんぷんじゃん!』
シロンはぷんすかと抗議します。
『その文言からすると、この状況をなんとかする方法でまちがいないみたいね』
そんなシロンをよそに、スノーベルは期待に満ちたほほえみを浮かべました。
『女王さま……最後までわたしたちを助けようとしてくださったんですね……』
シュガーも両手を組み、涙ぐみながら感謝をささげます。
「よーし! よくわかんないけど、エミル、やっちゃえ!」
シロンと同じく言葉の意味を理解できていないエイルが、ビシッと号令をかけました。
「うん!」
エミルは笑顔でうなずくと、ぎゅっとアメ玉をにぎりしめ、強く念じます。
はたして、その言葉どおり、姉妹たちは巨大な強風の壁を越えることができるのでしょうか。
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