第12話 再起の意志
『エミル……手紙に書いてあったシュクレーヌの妖精って……あのコのことなの!?』
「そ……そうだけど……」
スノーベルはテーブルの上ですすり泣いているまっしろな妖精を指さし、わなわなと震えていました。
『ねえ! だからどういうことなの! さっさとせつめいしてよ!』
シロンもすっかり困り果てたようすで、スノーベルにわめきました。
『……わかった! わかったから! 耳もとでさわがないでよ、おチビ!』
『だから、ベルのほうがチビだって、まえからいってるでしょ!』
「もう! ふたりとも! ケンカしてる場合じゃないでしょ!」
エミルがどなると、スノーベルは息をととのえて落ち着き、話をはじめました。
『私が10年以上前、人間に捕まって羽をむしられた話は、おぼえてるわね?』
「うん……もちろん。忘れられないよ」
エミルは数日前の冒険のことを思い出し、悲しい顔になりました。あのときもスノーベルの過去を聞いて、心を痛めたものです。
『そのとき、いっしょにいたのが、その妖精だったの』
『ええっ!? そうなの!?』
今度はシロンがびっくり仰天です。
「はじめて聞いたよ。どうしてあのとき言わなかったの?」
エミルもおどろきながら、スノーベルにたずねました。
『……そのときは、話すまでもないことだと思っただけよ。さすがに、あの一件とは関係なかったし』
スノーベルはバツが悪そうに顔をそらします。
たしかに、あのときはそんな話をしている場合ではありませんでした。エミルもそう思い、それ以上追及することはしませんでした。
『でも、よかったじゃん! ひさしぶりにともだちとあえたんだよ!』
シロンは、ぱあっと笑顔を咲かせますが……
「『……』」
エミルとスノーベルの表情は、くもったままでした。もちろん、まっしろな妖精もまだ泣きっぱなしです。
『あ、あれ? どうしたの? みんな、うれしくないの?? シロンはおねえちゃんとまたあえたとき、うれしかったよ??』
「おー、うれしいこと言ってくれるねえ」
『えへへ~』
いちおう話を聞いていたエイルは、シロンの頭をわしゃわしゃとなでまわしました。
「……要は、その白い子が捕まったときに、ベルのことを見殺しにしたから、浮かないカオしてるんでしょ?」
そして、こんなふうに核心を突くのです。
まっしろな妖精のすすり泣きも、びくっと止まりました。
『……まったく、あなたって人は、あいかわらずいろんな意味でスルドイのね』
スノーベルは観念したとばかりに、あきれてためいきをもらしました。
『……そうよ。でも見殺しにされたっていうのはまちがい。あのときは、私がオトリ役を買って、そのコはスキを突いて逃げただけ』
『そうなんだ。ベル、かっこいいじゃん』
『……かっこよくなんてないわよ。羽をもがれたあと、ものすごく後悔したんだから』
その言葉を聞くと、まっしろな妖精はまた震えだします。
見かねたスノーベルはテーブルの上に着地すると、すたすたと彼女のもとへ歩み寄っていきました。
『っ……!』
まっしろな妖精は、うつむいて顔をおおい、
『ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! あのとき逃げちゃって、ごめんなさい!』
大泣きしながら、ひたすらにスノーベルへあやまり続けるのでした。
いたたまれない空気が、ダイニングじゅうにひろがっていきます。
『……!』
するとスノーベルは、泣きじゃくる妖精をぎゅっと抱きしめました。
『あ……』
『お砂糖の妖精……無事でよかった。生きててうれしい。それだけで、じゅうぶんだから』
スノーベルのやさしい言葉と、そのぬくもりが、まっしろな妖精の心を少しずつほぐしていきました。
『うらんで……ないの……? わたしのこと……?』
『羽をもがれた最初、一瞬だけね。でも、いまはまったくもってうらんでないわ。うらむわけない。それに私……だれかをうらむ資格なんて、ないの』
エミルは、スノーベルとそのパートナーとくりひろげた数日前の冒険――その最終局面を思い出し、胸がちくりと痛くなりました。
『そういうあなたは、私が生きてて、うれしくないの?』
まっしろな妖精は、ハッとして目を細め、瞳をうるませました。
『……ううん。うれしい。うれしいに決まってる。うれしいから、泣いてたんだもん……』
『うん。よかった。よかったね。私たち、生きてて、また会えて、よかったね』
『うん……よかった……よかったよお……また会えて、うれしいよお……』
妖精ふたりは抱き合い、ようやく心から再会をよろこび合いました。
エミルとシロンは胸がじんわりとあたたかくなり、エイルもほほえましそうにその様子を見つめています。
それから――
『エミルから、話は聞いた。シュクレーヌ、たいへんなことになってるって』
『うん……魔王ビターダムって悪いやつに、めちゃめちゃにされちゃったの……』
『それで、そいつを倒すには、あなたのチカラがどうしても必要なんだって』
『うん……でも、わたしにはムリだよ……そんなチカラなんてないし、勇気だって持てない……10年前、あなたを置いて逃げた、わたしには……』
『……私ね、エミルから、あなたをはげましてほしいってお願いされて来た。あなたに使命を無理強いしたくはないけど、それ以外に方法がないって、みんなわかってるのね。私も……それに、あなた自身も』
『……』
『だから……ここに来る前、私は決めた。私も、あなたたちに協力するってね』
そう言うとスノーベルは、いったいどこに入れていたのか、人間サイズの金色の指輪を取り出しました。
「それって……」
エミルはわずかにおどろき、声をあげました。
『ええ。私を収納するための契約の指輪、コネクタリング。私のパートナーから預かってきた。"契約譲渡"の準備も済んでるわ。エミル、あなたに使ってほしいってね』
契約譲渡というのは、読んで字のごとく、パートナーの魔法生物との契約を、ほかの魔法つかいへ譲り渡すことです。もちろん、双方の合意がなければ成立しません。
「さすが……先見の明ってやつだね」
エミルはスノーベルのパートナーのことを思い浮かべながら、感心しました。
「えー? 私じゃないんだ。あの氷の剣、使ってみたかったのになあ」
エイルが口をはさんでぶーたれました。
スノーベルは雪の妖精。パートナーとチカラを合わせることで、美しい氷の剣を作る魔術などを得意としているのです。
『あいにくだけど、私とあなたとじゃ性格的に合わないわ!』
スノーベルはきっぱりと拒否するのでした。
人間と魔法生物がパートナーを組むには、おたがいの波長が合わなくてはいけませんから。
『でも、ベルがいなくなって、だいじょうぶなの?』
シロンは、スノーベルのパートナーのことを案じて首をかしげました。
『ちょっとくらいなら心配ないわ。いまのあの子には……あの方だってついてらっしゃるしね』
『そっか……そうだね』
シロンも納得したようです。
スノーベルは、まっしろな妖精に向き直りました。
『そういうわけだから……私も魔王退治に同行する。シュクレーヌは私の出身地とご近所だし、私にとっては第二の故郷みたいなものだしね』
『……』
スノーベルが協力してくれると言っても、まっしろな妖精はうつむいたままでした。
彼女が力を貸してくれることが、うれしくないわけではありません。
また10年前のように、自分が彼女を見捨てて逃げてしまうのではないか――それが恐ろしくてたまらないのです。そう考えると、スノーベルの申し出は逆効果だったと言えなくもないかもしれません。
ですが……スノーベルは、そんな彼女の気持ちをわかっているかのように言いました。
『……私は、前の冒険でエミルたちから教えられた。生きているかぎり、失敗はいくらでも取り返せる。犯した罪は、いくらでもつぐなえるってね』
その言葉を聞くと、妖精は目を見張りました。
『私も、この10年のあいだにとても重い罪を犯した。だからこうして、だれかの役に立つことで少しでもつぐないをしてる。あなたも、もし私を置いていったことを罪に感じているのなら……つぐなうためにがんばってほしい。それがなにより……あなた自身のためだと思うから』
『……』
まっしろな妖精は、まっしろな瞳をうるませます。
『そして……エミルたちをもう一度信じてあげてほしい。この子たちは何度負けたって、最後にはきっと勝ってみせるわ。私はそばで見てきたんだもの。まちがいないんだから』
スノーベルの勝気なほほえみを見て、まっしろな妖精は涙をあふれさせました。
たしかに、スノーベルの言う通りです。
彼女を見捨てて逃げたことを、妖精は10年間ずっと悔やみ続け、苦しみ続けていました。
そんな気持ちをこれからも一生抱え続けるくらいなら……なにより、自分をゆるしてくれたスノーベルと、これからも友だちでいたいのなら……
『……エミルさん、わたし……戦います。魔王ビターダムをやっつけて……シュクレーヌを、アストライト王国を救うために!』
まっしろな妖精は、なけなしの勇気をふりしぼり、こぶしを震わせながら、覚悟を決めた表情で宣言するのでした。
スノーベルも、エミルも、シロンも、ぱあっと笑顔を咲かせました。
「……ありがとう! これからよろしくね! シュガー!」
エミルはにっこり笑って、妖精に手をさしのべました。
『シュガー……?』
妖精はきょとんと目を丸くします。
「ロウランさんが言ってたでしょ? 魔王のニガニガオーラをやぶるには、私とあなたがチカラを合わせないといけないって。わたしたちは、これからパートナーになるんだよ。だから、あなたにも名前をつけなくちゃ」
『なまえ……』
魔法生物には、基本的に固有の名前で呼び合う習慣はありません。それっぽい種族名がついているものもいますが、それはごくごくわずかなのです。
「さっきスノーベルがあなたのこと、お砂糖の妖精って呼んでたから、シュガーって名前がぴったりかなって」
『なんか、安直なネーミングねえ』
スノーベルが苦々しく言いました。
「いいの! シンプルイズベストがわたしの流儀!」
エミルは開き直ったように言って、ふたたびまっしろな妖精へ手をさしだしました。
「……というわけで、あらためてよろしく、シュガー!」
"シュガー"――そんなふうに呼ばれるたび、妖精の心はほんわかとあたたかくなっていくように感じられました。
まるで、自分の中に新しいなにかが生まれたような、そんな感覚。
そして……その感覚に身をゆだねたいと、そう思って……小さな手で、エミルの指をそっとにぎり返すのでした。
『……はい! よろしくおねがいします、エミルさん!』
こうして、まっしろな妖精――シュガーはエミルのパートナーとなり、魔王退治に挑むことを決意したのです。
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