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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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我儘狐の居候 2

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 中庭はとても広い。

 様々な植物が植えられていて、大理石の噴水がある。

 あちこちにベンチが置かれ、人工的に作られた小川が中庭を蛇行するように流れていた。

 周囲を砂漠に囲まれているカディール国では、水はとても貴重だ。その水を惜しげもなく使うハレムは、まるでここだけ別世界のように見える。


 中庭には、幾人かの妃や妾だろう着飾った女性たちの姿があった。

 各々おつきの女官を連れて散歩をしたり、木陰の落ちるベンチに腰掛けて談笑していたりしている。


 シャハラは中庭の中をぐるりと一周してみることにした。

 やはりここでも、じろじろと不躾な視線を感じる。

 それを気にせずに歩き回っていたら、突然、「そこのあなた」と声をかけられた。


 おそらく自分のことだろうとあたりをつけてシャハラは振り返る。

 すると、そこには砂色の髪に緑の目をした背の高い女性が立っていた。

 シャハラと比べたらこの国の女性は全員背が高いが、その中では際立っている。


 すらりと伸びた手足に、果物でも詰めているのかと疑惑を持つほどの大きな胸。くびれた腰に、ばーんと張り出した腰からお尻の曲線。

 それが、なんともなまめかしく、露出の多い服に包まれている。というか、露出も多いが、一部透けてすらいた。いくら女の園とはいえ、よくもまあこのような格好で恥ずかしげもなく歩き回れるものだ。

 真っ赤な紅を塗った唇が、子供がおもちゃを見つけたように弧を描いている。


(うーん、美人だけど、年はいってそうね)


 現王は確か二十六歳。彼女はおそらく、王よりは上だろう。三十か、それを少し過ぎたくらいだと見た。ということは、ハレムでも古参の妃の一人だろう。面倒そうな人間に声をかけられたものだ。どうせ声をかけてくれるのなら、もっと末端の、害がなさそうな妃妾がよかった。


「あなた、見ない顔ね? お名前は?」

「シャハラです。大臣のアブダラの娘で、本日ハレムに入りました」


 すると、女は面白そうに瞬きをした。目じりにくっつけた孔雀(アッタウゥス)の羽根がばさっばっさと揺れる。最近、孔雀の羽根を小さく切り、上瞼の目じりに張りつける化粧が流行っているのだ。義母や異母姉妹もやっていた。鬱陶しそうなので、シャハラは絶対にそんなものをつけたくないが。


「あら、大臣の。わたくしはナジャーフ。上級妃の一人よ。仲良くしましょうね」


 地位のある男の娘と聞いて、取り込んだ方が得策と判断したのだろうか。

 女――ナジャーフの後ろで、じろじろと奇妙なものを見るような目でシャハラを見ていたお付きの女官たちも、途端に愛想笑いを顔に張りつけた。どうやら、アブダラはシャハラが思っていた以上に有力者らしい。


 ハレムで暮らす女たちはそれぞれ派閥を持っていると言うが、ナジャーフもそうなのだろう。

 王からの寵愛の取り合いで他の妃妾に負けないように、派閥を大きくしておきたいのだと予想した。

 その点、シャハラは都合がいいのだろう。

 見た目は子供みたいだから王が手を付けるとは思えない。少なくとも、ナジャーフのような見事な胸も腰もお尻も持っていないから。

 それでいて、父親の身分は高いときた。取り込んでおいて損はない存在だろう。


(うーん、どうしようかなぁ。ハレムで安全に暮らすのであれば誰かの庇護下に入るのも悪くはないんだけど、面倒なことに巻き込まれるのは嫌なのよねえ)


 取り巻きの一人にされたらあれやこれやと面倒ごとに付き合わせられそうだ。王の前でよいしょしろとか言われるかもしれない。怠惰な猫のように食っちゃ寝生活を目標にしているシャハラにしたら、それはできれば避けて通りたかった。

 なので、ちょっと考えて、シャハラは愛想笑いを浮かべて軽く手を叩いた。


「それは嬉しいです。実は陛下から父を通して厄介な頼まれごとを受けまして」


 すると、ナジャーフは目を輝かせた。ばさばさと孔雀が、いや、孔雀の羽根が揺れる。


「まあ、何かしら? わたくしもお手伝いして差しあげてよ。ええ、陛下のためですもの」


 手伝いを申し出て手柄を全部持って行くつもりだなとシャハラ思った。もちろん、シャハラは手柄を全部持って行ってくれて構わない。なんならナジャーフが解決してくれれば、シャハラは何もせずに怠惰生活に突入できる。


「ハレムの怪異についてご存じですか?」


 ぴし、とナジャーフの笑顔が凍った。

 シャハラはナジャーフの表情の変化に気づかないふりをして続ける。


「実は、陛下からハレムの怪異を解決してほしいと頼まれまして、本日こうしてハレム入りを果たしました。何か手掛かりがないかと散策しておりますが、ナジャーフ様が手伝ってくださるのなら心強いです。陛下のためですもの、ぜひ、手を取り合わせて頑張りましょう!」


 すると、ナジャーフはお腹の当たりを押さえて、あからさまに体調が悪いふりをしはじめた。


「そ、そうですの。でもごめんなさいね。わたくし、あまり心臓が強くなくて。そのような恐ろしいものを見たら鼓動が止まってしまいそうですわ。本当にごめんなさい。陛下にはあなたが頑張っているとお伝えしておくから、頑張ってちょうだいね?」


(心臓が弱いならお腹じゃなくて胸を押さえればいいのに、この人、案外抜けてるわね)


 だが、厄介事は自ら去ってくれるらしいので、シャハラはもちろん大歓迎だ。どうせこうなるとは思っていた。

 シャハラは残念そうに眉尻を下げる。もちろん、演技である。


「そうですか。お体の弱い方に無理はさせられませんものね。もしよかったら、何か情報が入った時で構わないので教えてくださいますか? わたし一人で頑張ってみるので」

「え、ええ。もちろん、何かわかったら教えて差し上げてよ。無事に怪異が解決できるといいわね。もし解決したら、わたくしから陛下にご連絡して差し上げるから、部屋にいらしてくれて構わないわ。それじゃあ」


 怪異は怖いが、やはり手柄は欲しいらしい。

 都合のいいことを言って、ナジャーフはそそくさと取り巻きを連れて去って行った。

 シャハラは思った。


(愉快な人ね)


 あそこまでわかりやすい人も珍しい。


 面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁なので仲良くはしたくないが、なんとなく、父に通ずる扱いやすさを覚えた。情報入手先の一つとしてその名は覚えておこう。





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