我儘狐の居候 1
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ハレムの前で馬車が停まると、シャハラは馬車を降りた。
迎えの宦官が四名、ハレムの入り口で待っている。
父はハレムの中には入れない。ここでお別れだ。
「いいかシャハラ、元気でしっかりやるのだぞ」
「もちろんですお父様。元気でしっかり(食っちゃ寝しながら面白おかしく)暮らしますわ」
荷物は二時間ほど遅れて到着すると父が宦官に伝えて、乗って来た馬車で去っていく。
シャハラは宦官たちに連れられて自分の使う部屋――件の怪異が起きるという、上級妃の部屋へ向かった。
「こちらが、シャハラ妃の部屋となります」
「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
「ご用がある際は部屋の中にありますベルを鳴らせば女官が参ります」
「それでは、失礼いたします」
この部屋が恐ろしいのか、宦官たちは早口でそう告げると、頭を下げてそそくさと立ち去った。女官の紹介とかはないようなので、恐らく専属女官はつかないのだろう。部屋の怪異が恐ろしくて、誰も専属になりたがらないのかもしれない。
ハレムに入るときに、実家から専属の女官を連れてくることもあるが、シャハラの場合は決まったのが急だったのと、誰もシャハラにくっついて行きたがらないので一人でハレムに入ることになった。
シャハラの役目は王の子を産むことではなく、怪異をどうにかすることなので、王の目に留まるための楽器の名手や舞の名手を女官として連れ込む必要はないのだ。今後も、実家から女官が送られてくることはないだろう。
シャハラはぐるりと部屋を見渡した。
とても広い部屋だ。
紗の帳が幾重にも重なるようにして垂れ下がっている天蓋付きの寝台。
床は大理石で、羅紗の絨毯が敷かれている。
幾何模様の窓がいくつも並び、その一つはバルコニーに通じていた。
部屋の中央には長椅子とテーブル。
続きの部屋には浴室。
ハレムには大浴場もあるが、上級妃は自室の浴室を使う。ここは上級妃の部屋なので浴室付きだった。試しに覗いてみたが、手足を伸ばして入れるほどの広さの長方形の浴槽と、マッサージ台、入浴中に焚く香壺を置くための香台などがある広い部屋だった。
浴槽は今は空っぽだったが、これを満たそうと思うと大変だ。ハレムの使用人の人数は恐ろしく多いと聞くが納得である。この浴槽を湯で満たすだけで、十人以上の使用人が動くだろう。
「今のところ、おかしなことは何もないわよね?」
部屋の探索を終えたシャハラは長椅子に座って腕を組んだ。
アブダラ曰く、この部屋で怪異が起きると言う。
二胡の音が聞こえたり、厨房から消えた食事を乗せた配膳台が、朝になったら空っぽの状態で部屋の外に積み上げられていたり。
(夜にないと怪異は起きないのかしら? よくわからないけれど、とりあえず探索して来ようかしらね?)
アブダラの話では、中庭で妃妾の誰かが異国の服を着た男を見たと言う。
厨房では料理が消えた。
他にも何かあるだろうか。
ハレムは広いが、歩き回っていたら何か不審な点が見つかるかもしれない。
(わたしの平穏で怠惰な生活のためにも、とっとと片付けてしまうわよ!)
母詩夏と違ってシャハラは異形のものが見えるだけだが、午後から届く荷物には「とっておき」がある。
アブダラから怪異の話を聞いた後で母の遺品の中から見つけたのだ。あれがあれば、シャハラの怠惰な生活ももうすぐである。
シャハラは部屋から出ると、部屋の前の廊下で一度ぐるりと周囲を見渡した。ハレムは広いので、場所をしっかり把握しておかなければ迷子になりそうだと思ったからだ。
(よし、覚えた!)
壁に掛けられている絵や、飾られている壺、天井の模様などを記憶してシャハラは歩き出す。まあ、迷ったところで、適当な使用人を捕まえて「怪異の部屋」と言えばすぐにわかるだろうが。
(それにしても、見取り図が欲しくなる広さだわ。お父様の邸も広いけど、その何倍あるのかしら。十倍はありそうよね。一周するだけで日が暮れそうだわ)
これだけ広ければ運動不足にはならないだろうな、とシャハラはどうでもいいことを考えた。
ぽてぽてと歩きながら中庭に面している回廊へ向かう。
ハレムは二階建ての作りだ。ただ、天井が恐ろしく高いので、建物自体の高さはある。ついでに言えば、そのせいで階段が長い。降りるのはいいが、上るのは地味に足がだるかった。シャハラの部屋、すなわち怪異の起こる部屋は二階である。
シャハラが歩いていると、新参者の宿命か、妃妾や女官たちに不思議なものを見る目を向けられた。見ない顔であるのに加えて、身長が低くて華奢なシャハラである。アブダラが言ったように、十二歳くらいに見られているのかもしれない。
(なんで子供が、とか思われえていそうね。昔と違って、幼い子供がハレムに入れられることはまずないから……)
昔は初潮が来ればハレムに押し込まれていたくらいだ。十一、二歳の子供なんてごろごろ……というほどでもないが、それなりにいたと聞いたことがある。それを聞いたとき、ハレムはなんて恐ろしいところなんだと思った。
じろじろ見るくらいなら話しかけてくれればいいのに。そうすれば挨拶ついでに怪異のことを聞けるのにと思いながら、シャハラは中庭を目指した。
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