封印のランプ 6
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ラーイダが消えた部屋にしばらく立ち尽くしていたシャハラは、感傷を振り払うように首を振ると、次の場所へ向かうことにした。
ラーイダの遺体は埋葬されたが、彼女が口から吐き出していた砂の一部は医局に保管してあるらしい。
シャハラはその砂を少しだけ借り受ける約束を取り付けていたのだ。
(砂を見れば、ユエが何か気づくかもしれないものね)
左手首の数珠を撫でながらシャハラは階段を下りていく。
母の数珠は、やはり特別な効果があったのだ。ユエにはまったく通用しなかったが、他の幽鬼や妖怪相手なら使えそうだ。問題はそれが精霊相手でも通用するかどうかだが、こればっかりはわからない。精霊は死なないからだ。つまり成仏もしない。多少、何かしらの効果があればいいなと思ったが、ユエに通用しないのならば難しいだろうか。
(本当にこのハレムに危険な精霊……悪魔がいるのなら、何か身を守るものがほしいところだけど、お母様の形見で他に使えそうなものはないのよね)
そっと嘆息し、シャハラは医局の扉を叩く。
中からぽっちゃりした宦官の医官と、逆に木の枝のように細い宦官の医官が現れた。ハレムの医官は全員宦官だ。
「あの、シャハラです。例の砂を受け取りに来たんですが」
ぽっちゃりした医官はにこりと微笑んだ。
「ええ、聞いていますよ。クトゥブ君、お願いしますね」
「はい、マタル様」
どうやら、ぽっちゃり医官の方が偉いらしい。
ぽっちゃり医官はマタル、細い医官はクトゥブという名前のようだ。この先医局にどれだけ用があるのかはわからないが、一応覚えておこう。
クトゥブが小さな麻袋を持って戻って来る。
「お貸しいたしますが、用が終わったら返却いただいてもよろしいでしょうか? 場合によっては聖職者に提出することになると思いますからね」
「わかりました」
「いやはや、本当に奇妙なものです。ここのところ奇妙な事ばかりだ。本当に精霊が棲みついているのでしょうか?」
「それはまだわかりませんが、陛下から調べるように言われています」
「そうですか。シャハラ様も、どうぞお気を付け下さい。これ以上、奇怪な遺体を見たくはありませんからね……」
マタルもクトゥブも、ラーイダの遺体の様子を思い出したのか、青い顔になった。よほどの惨状だったのだろう。遺体を調べなければならなかったのだろうし、医官というのも大変だ。
シャハラは彼等に礼を言って、麻袋を持って歩き出す。
アズラクの間に戻ろうと階段を上っていた時だった。
「あら」
ねっとりと絡みつくような声がした。
顔をあげれば、一人の妃が供も連れずに階段を下りてくるところだった。
黒い髪に赤い瞳。抜群の凹凸のある豊満だがしなやかな体つき。
シャハラは首を傾げ、市で会ったことのある妃だと思い出した。名を確か――アドナナだった気がする。
シャハラは足を止めて、彼女に向かって頭を下げた。
おそらくアドナナは上級妃だろう。シャハラも上級妃の扱いだが、ハレムに入ったのはシャハラがあとで、年齢もアドナナの方が上だ。ゆえに、シャハラの方が礼を尽くさねばならない。
アドナナが赤い唇に弧を描いて、ゆったりとした動作でシャハラの元まで降りて来る。
「以前お会いしたわね。ごきげんよう」
「ごきげんよう、アドナナ様」
アドナナはそっとシャハラの頬に手を伸ばして、軽く撫でる。
「やっぱり、美味しそうな子」
(え、ええっと……)
そう言えば、前にも同じようなことを言われたなとシャハラは戸惑う。その「美味しそう」とは何の比喩なのだろうか。
「ふふふ、今度ゆっくりお茶でもしましょう? じゃあね?」
アドナナはひらひらと手を振って歩いて行く。
シャハラは首をひねり、「まあいいか」と再び階段を上りはじめた。
アズラクの間に戻ると、ユエがランプを指先でくるくると回して遊んでいた。
「ほーら、目が回るだろー? 気持ちが悪いだろー。嫌ならさっさと出て来いよファイサル」
「子供の嫌がらせじゃないんだからやめてあげなさいよ……」
ランプの封印が解けないことにイラついているユエは、最近、ランプを放り投げたり逆さまにして振って見たり、果ては中に酒を注いでみたりとやりたい放題である。
シャハラがあきれた声をかければ、ユエは顔を上げて、ぐっと眉を寄せた。
「おい、くさいぞ」
「なんですって⁉」
「お前、また幽鬼か何かと遭遇しなかったか?」
シャハラは「ああ、そのくさいか」と大きく頷いた。
「さっきバッタの部屋に行ったらラーイダ様の幽鬼がいたの。だからじゃない?」
「ラーイダ?」
「例の、砂を吐いて干からびて亡くなった下級妃よ」
「ああ、なるほど。じゃあ風呂入れてやるからその臭い落としてこい。俺様の縄張りに他のやつの臭いを持ち込むな」
ユエは納得し、ランプを持って浴室へ向かう。
くさいくさいと言われて、シャハラは袖の臭いをくんくんと嗅ぐ。やはり、シャハラにはよくわからなかった。
仕方なく、シャハラは医局から持ち帰った砂の袋をテーブルの上に置いて、ユエが入れてくれた風呂に入る。
そして、浴槽の底に沈んでいる金色のものを見つけて唖然とした。
「……だから、やめてあげればいいのに。いくら封印が解けなくて腹が立っているからって、ファイサルがランプの中で溺れたら可哀想じゃないの」
浴槽に沈んでいたランプを拾い上げて、シャハラはやれやれと嘆息した。
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