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なんちゃって妃は怪異解決がお仕事です ~したたか娘と自堕落天狐の千夜主従物語~  作者: 狭山ひびき


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封印のランプ 5

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 ランプの封印の解き方はわからないままだが、カリムに命じられたのだから、調査するふりだけはしておかなければならない。

 精霊がいるという証拠なんてどうやって見つけたらいいんだと心の中で愚痴を言いながら、シャハラはまず、ラーイダが亡くなっていたという彼女の部屋へ向かうことにした。もしかしたら、何かしらの痕跡が残っているかもしれないと思ったからだ。


 ラーイダの部屋はバッタ()の間だった。扉には鴨の絵が描かれている。

 部屋の前には二人の宦官が立っていた。遺体はとっくに運び出されているが、部屋はまだ立ち入り禁止であるらしい。ラーイダの二人いた女官も部屋から出され、別室で過ごしている。ラーイダの死が人の手によるものである可能性も完全には捨てていないため、彼女の女官たちも容疑者なのだ。

 カリムから事前に通達がされていたため、立ち入り禁止の部屋にも関わらず、シャハラはあっさり通された。


 部屋を見たところで何かがわかるわけもないだろうけど……と、たいして期待もせずに彼女の部屋に入ったシャハラは、ギョッとして足を止めた。


 部屋の中に、幽鬼がいた。

 女の幽鬼だ。


 焦げ茶色の髪に黒い瞳。ふっくらと肉感的な唇。

 これは彼女に限ったことではなく、この国の女性の多くが持つ特徴であるが、シャハラと比べるとずいぶんと背が高く、胸とお尻がばーんと主張している。髪と瞳の色も、顔立ちも違うのに、どことなくナジャーフと似ていると思った。醸し出す雰囲気が似ているのかもしれない。つまり、非常に色気のある女性だ。


 シャハラは背後の扉が閉められているのを確認し、そっと彼女に近づいた。

 女の幽鬼は窓の側に立っていた。

 ぼんやりと、シャハラ以外誰もいない部屋を眺めている。

 茫然自失。そんな言葉が似合いそうな表情だ。


 シャハラが近づいて行くと、焦点のあっていなかった彼女の目が、はっきりとシャハラを捕らえた。

彼女は長い睫毛を揺らして、驚いたように目を見張る。

 女は口を開け、けれども声が出ないことに気づいたのだろう。自分の喉元に手を当てて、泣きそうに表情をゆがめた。


「ラーイダ様ですか?」


 シャハラが問えば、彼女はハッとして大きく頷いた。やはり彼女はラーイダの幽鬼だった。死してなお、魂がこの部屋にとどまっていたのだ。

 母詩夏から聞いた話だが、人や動物は死んだら輪廻の輪というものに乗るらしい。そうして別人に生まれ変わる。これを、輪廻転生と呼ぶのだそうだ。


 そして、何かの理由で輪廻の輪に乗れなかったものが、幽鬼や妖怪となる。

 もしかしたら、ラーイダは自分が死んだことも理解しておらず、魂が輪廻の輪に乗れていないのかもしれない。

 ならば、死に方は怪異的なものだったが、彼女にとっては突発的な死であった可能性が高いだろう。もし、誰かに恨みを抱いて成仏できていないのならば、こんなにも穏やかな表情ではないだろうから。


 シャハラがなおも近付けば、ラーイダは縋るようにシャハラに手を伸ばした。

 けれど、その指先はシャハラに触れることなく素通りする。

 ラーイダはきゅっと唇を噛んで視線を落とした。


(どうしてあげたらいいのかしら……)


 シャハラは母と違い、法師ではない。幽鬼となった者を成仏させてあげる術を持たないのだ。

 ラーイダがぱくぱくと唇を動かした。何か訴えたいことがあるようだ。

 シャハラはラーイダの口の動きを読もうと目を凝らした。

 読唇術の心得はないが、少しくらいはわかると思う。

 ラーイダも、シャハラが自分の唇の動きを凝視していることに気づいて、幾分か口を動かす動作をゆっくりに、そして同じ動きを繰り返しはじめた。


「わ、た……し、ん……しんだ、の。『わたし、死んだの』?」


 こくり、とラーイダが頷く。

 シャハラも頷けば、ラーイダの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。だが、実際に物質としての涙がこぼれたわけではない。現に、零れ落ちた涙が床に落ちても、そこには何の跡も残らない。幽鬼とは、そう言うものだ。いるけれど、いない。実体はなく、幻に近いものだ。幽鬼と妖怪の違いがここだった。妖怪は、実体がある。


「死んだときのことを、覚えていますか?」


 シャハラの問いに、ラーイダは首を横に振った。

 やはり、彼女は突発的に死んだのだ。覚えていないと言うことは、苦しまずに死んだのだろうか。もし苦しまずに死んだのならば、彼女の悲しい死の中で、それだけが救いだったとシャハラは思った。苦しみながら干からびて死ぬなんてあんまりだ。


「亡くなる前に、何か見ましたか?」


 ラーイダは首を横に振る。


「誰か訪ねてきましたか?」


 また首を横に振る。


「夜は、普通にお休みになりましたか?」


 これには、彼女はこくりと頷きを返した。

 ということは、ラーイダは夜に就寝し、そして寝ている間に殺されたのだ。彼女の遺体は、朝見つかったと聞いた。


 どうやら、彼女から犯人に繋がる証言を得るのは難しいかもしれない。自分が殺された時のことを何も知らないのだ。

 知らないことを無理に教える必要はないだろう。彼女はこのまま、自分がどのように死んだのかわからないまま成仏してほしい。


(でも、どうやったらいいのかしら?)


 ラーイダをこのままにしておきたくない。それではあまりに可哀想だ。不幸にも亡くなってしまった彼女には、輪廻の輪に乗って、新しい幸せな人生をやり直してほしい。

 ユエならば、どうにかできるだろうか。いや、彼は仙で、法師ではない。それに、ラーイダをユエに会わせたら、彼女を驚かせてしまうかもしれない。


 シャハラはそっと手首に触れた。その指先に、黒水晶の固い感触が伝わって来てハッとする。

 シャハラの左手首には、詩夏の形見である数珠がある。ユエが細工をしてシャハラの手首から外れなくしたあれだ。


(お母様の数珠……)


 ユエには効果がなかったが、ラーイダ相手ならどうだろう。この数珠で、彼女を成仏させてあげることはできないだろうか。


「ラーイダ様、この世でまだやり残したことはありますか?」


 ラーイダは目を瞬き、それからふわりと笑うと、首を横に振った。自分の死を知った彼女は、抵抗なくそれを受け入れてくれたのだ。薄々、悟っていたのかもしれない。

 シャハラはラーイダに向けて左手を差し出した。


「この数珠に触れてくれますか?」


 ラーイダは自分の手を見た。先ほどシャハラの体を素通りしたことを覚えているのだろう。不思議そうな顔をして、おずおずと彼女は手を伸ばす。

 ラーイダのほっそりとした指先が、黒水晶の数珠に触れた。


 その瞬間、ぱっとあたり一帯を白い光が包んだ。

 目を瞬くラーイダの体がどんどん薄くなっていく。

 驚愕の表情を浮かべていたラーイダは、最後にふわりと花が咲くように笑うと、小さく唇を動かして――消えた。


 ありがとう、と。


 聞いたことのないラーイダの柔らかい声が、シャハラの耳に触れたような気がした。




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