したたか娘、嫁(ハレム)に行く 3
本日三回目の投稿です!
(確かに怪異と言えば怪異だけど、そんなに恐れるようなものじゃないじゃないの)
アブダラがもっともらしい顔で言うものだから、ハレムの怪異がどれほど恐ろしいものかと思えばなんてことはない。
あれからアブダラから詳しい怪異の話を聞いたが、どれも拍子抜けするようなものだった。
内容は以下のようなものだ。
怪異その一。
ハレムで夜な夜な聞いたことのない楽器の音色がする。特徴を聞くに、アブダラはおそらくそれは二胡の音色だろうと推測。
しかし、ハレムに楽器はいくつかあるが、二胡は存在しない。
そしての二胡の音は、誰もいないはずの上級妃の部屋から聞こえてくる。
女官が不審に思い、その部屋に向かったが誰もおらず、けれども音色は聞こえ続ける。
香炉からは嗅いだこともないような馥郁たる香りがたちのぼり、部屋を満たしていた。
何者かが隠れている可能性を考え「誰かいるのか」と問いかければ、誰もいない虚空から、二胡の音色とともにこんな声が聞こえて来た。
――飯だ。飯を持ってこい。
女官は、恐怖のあまり気を失った。
怪異その二。
ある日のこと。
ハレムでは妃や夜に訪れた王のために食事を作る厨房がある。
料理人が料理を終え、配膳台には各部屋に届けられる料理が並べられた。
配膳台は、それぞれの担当女官が部屋へ届けに行くことになっているが、いざ料理を運ぼうとしたところ、それが見当たらない。しかも、一つではなく、いくつもの料理が配膳台ごと消えていた。
料理が配膳台に並べられたのは、何人もの料理人や下働きの女官も見ていた。ほんの一瞬前まではそこにあったはずなのに、一体どういうことなのか。
まさか悪戯好きの精霊でも現れたのだろうか。
カディール国は精霊信仰の国だ。
精霊にはいいものと悪いものがあり、悪いものは悪魔と呼ばれている。
ただの精霊の悪戯ならばまだいいが、悪魔が出たのならば急いで聖職者を呼ばなければならない。しかし聖職者は尊大で、もしも悪魔がいないのに呼びつければ激怒するだろう。場合によっては罰が下ることもある。下手に進言できない。
料理人や女官たちは、料理が消えたように思うのは気のせいだろうと自分自身に言い聞かせ、その日は不足分の料理を追加で作ることで対処した。
けれども、翌朝。
誰もいないはずの上級妃の部屋の前に、空っぽになった配膳台が山のように積み上がっていた。
それを発見した女官は、これまた気絶した。
怪異その三。
ある日、妃妾たちのために用意していた菓子が消えた。
怪異その四。
ある日、妃妾の元を訪れた王のために準備していた酒が消えた。
怪異その五。
ある月夜の晩、中庭を散歩していた妃妾の一人が、異国の服をまとった髪の長い男を発見した。
怪異その六。
以下略。
アブダラがしかつめらしく語る怪異の内容に、シャハラは正直、馬鹿馬鹿しくなってきた。
確かに、怪異と言えば怪異かもしれない。だがそれで誰かの命が脅かされたりするのだろうか。幽鬼か妖怪の誰かがちょっと悪戯をしてるだけだろう。
(誰かが呪われたわけでもないでしょうに)
妖怪の悪戯なら、シャハラは幼い頃から何度も見ていた。
母が生きていた頃からだ。
母詩夏なんて、小さな子猫の妖怪がアブダラの髪の毛を引っ張っているのを見た時は笑って放置していたくらいである。母は「害がないのなら放っておけばいいのよ。飽きたら勝手にいなくなるんだから」とも言っていた。
確かにその子猫の妖怪は、三日三晩アブダラの髪を引っ張り続け、頭頂部分を少し薄くすると、満足したようにどこかへ消えた。アブダラは鏡を見て泣いていたが、あれはちょっと面白かった。ちなみに、アブダラ本人はただ髪が抜けただけだと思っていた。
シャハラには、ハレムで起きている怪異も、これと似たもののように感じる。
まあ、料理を盗まれるのは困るが、逆にその上級妃の部屋の前に食事や酒を備えておけばそれで満足するだろう。
(でも、そのくらいの悪戯しかしない幽鬼か妖怪なら、話が通じるかもしれないわね)
シャハラは法師ではないので怪異の現況を退治することはできないが。話が通じるのならばやりようがあるだろうか。
アブダラはシャハラが怯えると思っていたようで、平然と話を聞く娘に怪訝そうな顔になったが、こほんと気を取り直したように咳ばらいをした。
「とまあ、こういうわけだ。恐ろしい怪異だ、しっかりと務めを果たすように」
何が恐ろしいのかさっぱりわからないが、アブダラの相手をするのも面倒になって来たシャハラは、こくりと小さく頷いて言った。
「わかりました。ハレムに入るのですから、服とか小物とかお茶とかその他もろもろ、お父様の身分に恥じないだけの準備をお願いしますね?」
これまで放置されていてろくにものも与えられていなかったのだ。これ幸いと要求すると、アブダラはハレムに入る支度のことをすっかり失念していたのか、血相を変えて使用人を呼びつけた。
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