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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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したたか娘、嫁(ハレム)に行く 2

本日二回目の投稿です!

 ハレム(後宮)とはすなわち、(スルタン)の妃や妾などが暮らす女の園である。


 王宮内にあるハレムは男子禁制。そこへ入れる男は王のみで、ほかは女と、それから男性機能を奪われた宦官のみの入場しか許されない。

 ハレムに入る女は、妃であれ妾であれ女官であれ、すべてが王のものとみなされる。すなわち、そこにいる女の誰に王が手を出そうと、出された側は文句は言えない。ハレムに入った時点で割り切るしかないのだ。


 もちろん、女の頂点を極めたいものは大勢いる。野心を抱いてハレムに入る女も多く、それに伴い、ハレム内のいさかいも多い。何年かに一度、不審死すら出るほど殺伐とした場所だと聞いた。


 そこへ、シャハラが入ると?


 シャハラはアブダラとその家族にとって、いないも同然のものだった。

 母の血の影響から低身長で華奢なシャハラは、政略結婚の道具にもできないと、アブダラが縁談を持ってくることもなかった。

 ただ、邸の端っこで、ぽつんと一人ですごす。それがこの国でシャハラに許された生き方である。それなのにハレムに入るとはどういうことだろうか。


 訝しむシャハラを、アブダラは自身の書斎に連れて行った。どうやら内緒話が必要な様子だ。

 はじめて入る父の書斎は、大理石の白い床の上、部屋の中央に青と黄色の糸で織られた絨毯が敷かれていた。その奥に大きな机があり、さらにその奥の壁にはタペストリーが飾られている。


 書棚は一つで、巻物や本などが整然と並んでいる。

 ほかの家具と言えば長椅子とテーブルくらいで、部屋が広いわりに物が少ないので、なんとなく寂しい印象だ。


 座れと示されたので、シャハラは羅紗の布がかけられた木製の長椅子に腰を下ろす。

 テーブルを挟んで反対側にアブダラが座った。


「シャハラ、それはいつまで手に持っているつもりだ?」


 厨房からもらって来た朝食が乗った盆をいつまでも手に持っていると、アブダラが嫌そうに眉を寄せる。

 シャハラは肩をすくめた。


「いつまでって、食べるまでです。朝食ですから」

「どうして朝食を抱えて歩いている?」

「部屋に届かないから厨房まで取りに行ったからですけど?」


 すると、アブダラはギョッとした。


「食事が届かないだと⁉」

「今更ですか? もう何年も、それこそお母様が生きていた時からそうでしたけど?」

「そなたの世話係は何をしている!」

「世話係なんていたんですか? ついぞ見たことはありませんよ」


 アブダラは顎が外れるほど口を開けた。知らなかったらしい。家長が家の中のことを把握していないのはどうなのだろう――と思いかけて、家の中のことは基本、家長の正妻が管理するのだったと思い出す。


 アブダラはわなわなと震え出した。


「儂の娘を、放置していただと⁉ 馬鹿にしておるのか!」


 アブダラだってシャハラを放置していたくせにどの口が言うのだろうか。

 あきれたが、顔を真っ赤にしたアブダラが「そこで待っていろ!」と叫んで部屋から飛んで出て行ったので、シャハラは仕方なく手に持っていた朝食を食べつつ父の帰りを待つことにした。

 あの様子だと、正妻である義母が怒られるか、使用人が折檻されるかするだろう。まあ、シャハラには関係のないことだ。


 少し冷めた朝食を食べ終え、それでも時間があったので、大きな窓から庭園を眺める。

 大臣であるアブダラの邸は庭も広く、いろいろな植物が植えられている。近くに見えるのはアイリスだ。青や赤紫、白などの色の花々が春の朝日をいっぱいに浴びていた。


(それにしても、自分が放置するのはいいけど、他の人がわたしを放置するのはだめなのね。よくわからないわお父様って)


 自身の娘であるシャハラが軽く扱われるのは、自分が軽く扱われるのと同じように感じるのだろうか。つくづく、自分勝手な性格の父だ。

 しばらく庭を眺めていると、アブダラが戻って来た。その顔はまだ機嫌が悪そうだが、先ほどのように顔が真っ赤になるほど怒っているわけではない。


「待たせたな。ええっと、どこまで話したんだったか」

「まだ何も聞いていません。わたしがハレムに入ること以外は」

「ああ、そうだったか」


 シャハラが長椅子に座り直すと、アブダラはとんとんと指先で自分の膝を叩きながら言った。


「シャハラ、儂は別に、そなたに陛下を篭絡してもらおうと考えてハレムに入れと言っているわけではない。というか、どう考えても無理だろうからな」


 アブダラがシャハラの寂しい胸元を見てそっと息を吐く。

 シャハラはムッとしたが、シャハラとて他の妃妾たちと王の寵を取り合うなんて不可能だし、そもそも王に興味もないため、父がそれを期待していないのは大歓迎だ。しかし、それならば何故シャハラはハレムに入らなければならないのだろう。


 アブダラはずいとシャハラの方に上体を倒し、声を落とした。


「実はな、ハレムには、出るのだ」

「何がですか?」

「だから、出る、のだ」

「だから、何がですか?」

「ええい! 察しの悪い娘だな!」


 なんで怒られるのだろう。解せない。


「いいか、一度しか言わんからよく聞け! ハレムにはな、怪異を起こす異形のものが住み着いているのだ!」

「はあ」

「なにが、はあ、だ」

「いや、それの何が不思議なのかと思いまして」


 シャハラはついと横に視線を向ける。アブダラには見えていないようだが、部屋の隅には白く透ける女の幽鬼が立っていた。使用人のお仕着せを着ているので、昔この邸で働いていた使用人の女だろうか。何か悪さでもしてアブダラが処罰したのかもしれない。アブダラを恨めしそうな目で見ているから。


「そんなもの、どこにでもいるじゃないですか」


 アブダラはシャハラの視線を追うように横を向き、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。見えていないが、シャハラの視線からそこに何かがいると察したのだろう。


「シャハラ! なにかおるのならどうにかしろ!」

「無理ですよ。わたしはお母様と違って、見えるだけですから。何がいるのかは教えて差し上げられますけど、知りたいですか?」

「い、いい、いらん!」

「そうですか」


 シャハラは視線を戻した。今のところあの女の幽鬼はただ睨んでいるだけだろう。あまり力はなさそうだ。父を死に追いやることはないと思う。まあ、ずっと放置していれば多少の不調は出るかもしれないが。


(お父様が処刑でもしたのかしらね? 恨みは強そうだから、案外、冤罪だったりして。だとしたらお父様の自業自得ね)


 シャハラはアブダラに対して親子の情を持ち合わせていない。母と共にずっと放置されて来たのだ。愛情など芽生えるはずもない。


「で? ハレムに怪異の原因となる何かが出るのはわかりましたけど、それでどうしてわたしがハレムに入ることになるんでしょうか?」

「本当に察しの悪い娘だな! 怪異が起きるからだ! いいか、よく聞け! 怪異は繰り返し起きるが、誰も、その犯人を見たもとはいないのだ! 見えないのだから対処のしようがない。その点そなたは見えるんだから、ハレムに入って何とかして来い!」


 無茶苦茶である。

 先ほども言ったが、シャハラはただ「見える」だけなのだ。母のように修業をした法師ではない。見えただけでどうしろというのか。「ここに怪異の原因がいますよ」と教えてあげればいいのだろうか。教えたところで、教えた相手がどうにかできるとは思えないのだが。何せ、他の人間は見ることすらできないみたいなので。


「わたしはお母様ではないので、見るしかできませんけど、妃妾たちにここに異形のものがいますよって教えてあげればいいんですか?」

「馬鹿なことを申すな! そんなことをすれば妃殿下たちが、恐慌状態に陥るわ! いいか、絶対にそのようなことはするなよ? わかったな!」

「じゃあどうしろと?」

「だから、そなたがハレムで怪異を起こす原因を退治するのだ! お前の母親はそれを生業にしていたのだから、その血を引くそなたも同じことができるはずだろう!」


(それほど年には見えないけど、お父様ってついに耄碌したのかしら?)


 馬鹿はお前だとシャハラは言いたかった。

 しかし、この国において家長の命令は絶対。シャハラが何を言おうと、シャハラがハレムに入る未来は覆らない。


(異形ねえ……)


 まあ、この邸で生活し続けるのとハレムに入るのと、どちらがましかと言われたらどっちもどっちな気がする。


 アブダラいわく、十二歳に見えるらしいこの華奢な体では、王の食指も動くまい。案外、この邸で暮らすより快適である可能性すらあった。


「わかりました。でも明日なんて、ずいぶん急なんですね?」


 アブダラは難しい顔で腕を組んだ。


「それだけ、ハレムで暮らす者たちが怪異に悩まされていると言うことだ」





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