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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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したたか娘、嫁(ハレム)に行く 1

新連載開始します!

アラビアンナイト風物語です!

(あくまで「風」としています。宗教観念などもあるため、厳密な世界観の再現はしておりません。異世界版アラビアンナイト風物語だと思ってお読みいただけますと幸いです)


どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)

 それは、シャハラにとっては何の変哲もない、けれども決して幸福でもない、いつも通りの初春の朝だった。


 カディール国の首都アワティフ。

 王宮からほど近い場所にある、絢爛豪華な建物。


 カディール国の大臣の一人であるシャハラの父アブダラの邸である。

 白い壁に青や黄色の華やかな模様が付けられた大きな邸の隅っこも隅っこ。回廊で繋がれた小さな建物が、シャハラの暮らす部屋だった。


 アブダラには現在、七人の妻と十八人の子がいる。

 シャハラはその十一人目の子であり、そして、この家の爪はじきものだった。


 シャハラの今は亡き母は、アブダラの妾の一人だった。

 詩夏(シーシ)という名が示す通り異国人で、黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌を持った線が細く神秘的な美女だった。


 なんでも、アブダラが異国の地に仕事で赴いた際に気に入り、半ば強引に連れ帰って来たそうだ。

 アブダラは最初こそ詩夏に夢中になった。


 しかし、詩夏は異国で言うところの法師――この世ならざるものを見、調伏する、特別な力を持った女だった。ふとした瞬間に何もない虚空を見つめたり、そこにはいない何者かと話をしたりと、不思議な行動を取る女だった。

 そんな女に、アブダラはだんだんと薄気味悪いものを感じるようになり、邸の端の建物に生まれたばかりの娘シャハラともども押し込んだ。


 シャハラが十二歳の時に母、詩夏は亡くなったが、シャハラの生活は変わらなかった。

 法師として修業を受けたわけではないが、詩夏の血を引くシャハラもまた、この世ならざるものを目にすることができる変わった娘だったからだ。


 アブダラの七人の妻と異母兄弟、異母姉妹たちはシャハラを不気味なものとして扱った。

 シャハラを見ても口は利かないし、もちろん面倒も見ない。

 故意に食事を忘れられることもしばしばだった。


 だが、幸か不幸か、シャハラは母譲りの不思議な力により彼等から恐れられてもいたので、暴力を振るわれることはなかった。

 腹を空かせて厨房に行けば、怯えた料理人が半ば押し付けるように料理をくれるので、空腹にあえぐこともなかった。

 ただ――誰もシャハラを愛してくれない邸の中での生活は、幸せとは言い難かったけれど。


 今朝も、目を覚まして顔を洗ったシャハラは、朝食が運ばれてこないことを悟ると厨房へ向かった。


 大臣であるアブダラは大勢の使用人を雇っている。

 彼等はシャハラが回廊を歩いているのを見つけると、顔を引きつらせて蜘蛛の子を散らすように逃げた。だが、これもいつものことなので、シャハラは特に気にせずにまっすぐ厨房へ向かう。

 そうして、シャハラを見て怯えた料理人から食事を受け取り、部屋に戻ろうとしたときだった。


「あー、シャハラ。……でよいのだな?」


 奇妙な呼びかけに、シャハラは怪訝そうに眉を寄せて振り返った。

 この邸でシャハラに話しかけるものなどいない。母が他界してから六年。シャハラはそれから一度も、この家で名前を呼ばれたことはなかった。


 振り返った拍子に、母譲りの艶やかな黒髪が宙を舞う。


 そこに立っていたのは、そろそろ老年に差し掛かろうかという外見の男だった。赤みの強い茶色の髪には半分ほど白いものが混ざっている。褐色の肌に、顎には長く伸ばした髭。

 シャハラは、どこかで見たことがある顔だと首をひねった。しかし、誰なのかは思い出せない。


「そうですが、どなたでしょう?」


 すると、男はぎょっと目を剥いた。


「父親の顔を忘れたのか!」


 ああ、とシャハラは首を縦に振った。言われてみたら、長く見ていない父の顔はこんな感じだった気がする。

 父アブダラはシャハラの反応に気分を害したようだが、お互い様だ。アブダラだって、シャハラがシャハラであると確信を持っていないようだった。父親の顔を忘れる娘も大概だが、娘の顔を忘れている父親もまた大概である。


 アブダラは怒った顔をして大股で近づいてきた。

 怖いもの見たさなのか、使用人がちらほらと集まって来て、遠巻きにシャハラとアブダラを眺めている。


 父は大柄な男だ。いや、この国の人間は、男も女も大柄だ。

 異国の血が交ったシャハラはこの国では珍しいほど小柄で華奢で、しばしば子供に間違われる。

 アブダラはじろじろとシャハラを見た。頭のてっぺんからつま先まで舐めるように。いくら父親でも、いや、父親だからこそ、そんな目で見られると気分が悪い。


「あの、なんでしょうか?」

「そなた、本当に十八か? 十二の間違いではないのか?」

「十八です。十二の時にお母様が亡くなっています。六年前のことですが、お父様は六年分の記憶がなくなりましたか?」

「馬鹿を言うな。覚えている」


 嫌味を込めて言い返してやると、アブダラがむっと口を曲げる。母の死に目にも会いに来なかった父だ、忘れていてもおかしくないが、一応は覚えていのかもしれない。


「しかし、ううむ……。子供にしか見えんが、まあ、この際やむなしか」


(子供子供うるさいわね。悪かったわね、発育が遅れていて)


 シャハラに言わせれば、この国の女性は発育が早すぎるのだ。しかも、胸もお尻もうるさいくらいに主張している。シャハラは母親の血が濃いのか、胸もお尻もつつましやかだが、だからと言って子供のまま成長が止まっているわけではない。まあ、会いに来ない父親には、娘の成長などわからないだろうが。


 というか、胸とお尻がしっかり主張している女性が好みなら、父は何故母を攫うようにして連れ帰ったのか。神秘性というやつだろうか。よくわからない。


 母を妻にしただけあって、この家でアブダラだけはシャハラを恐れてはいないようだ。

 普通に会話するだけで驚きである。父の妻たちも異母兄弟姉妹たちも、シャハラを見れば悲鳴を凍らせて一目散に逃げるのに。


 アブダラは小さく嘆息すると、どこか投げやりに言った。


「まあ外見は仕方ない。儂も別にお前が陛下の寵を得られるとは思っとらんからな。シャハラよ、お前には明日からハレムに入ってもらう。一応、上級妃の扱いだ、文句は言わさんぞ」


 シャハラは驚きのあまり高速で瞬きを繰り返すと、こてんと首をひねった。


「はい?」






面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、

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