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なんちゃって妃は怪異解決がお仕事です ~したたか娘と自堕落天狐の千夜主従物語~  作者: 狭山ひびき


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砂に溺れた女 2

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 宦官たちがあちこちで寝こけていたのも、カリムが真っ裸で中庭で寝ていたのも、ついでに扉に触れるとビリッとしびれるのも、全部ユエの仕業だった。


 内容を聞いたシャハラは、あまりのことに脱力してしまった。

 ユエは、カリムと彼に同行していた宦官たち全員に「夢」を見せたのだそうだ。

 幸せな夢、怖い夢、暑い夢寒い夢、ありとあらゆる夢を、一晩中見せ続けたと言う。

 夢と言っても寝ている時に見る夢とは違い、カリムも宦官も、意識は現実に繋がれたまま。つまり、夢の内容が幻となって目の前に現れ、彼等はその幻覚相手に一晩中格闘していたというのだ。


 たとえばこうである。

 宦官の一人に、自分が宦官となる前の初恋の人の夢を見せた。その宦官は白い花が一面に咲く花畑で、想い出の初恋相手と追いかけっこをしたらしい。


 あるいはこうである。

 別の宦官に、巨大なコブラに追いかけられる夢を見せた。コブラの幻に、宦官は泣きじゃくりながらハレムの中を走り回ったそうだ。


 またはこうだ。

 カリムに、日中の砂漠を延々と歩く夢を見せた。カリムはオアシスを求めてさ迷い歩き、中庭にオアシスの幻影を見て服を脱ぐと、幻のオアシスに飛び込んだ。もちろんそこにはなにもない。


 とまあ、こういう具合である。

 彼等は一晩中夢に囚われて、そして朝になって夢が消えると、そのままその場で寝入ってしまった、というわけだ。


(幸せな夢はともかく、コブラに追いかけられる夢とかはえげつなさすぎない?)


 シャハラはその宦官に心の底から同情した。

 それを聞いたシャハラはユエに感謝していいのかどうか非常に悩んだが、彼がシャハラのためにやったのは間違いない。ひとまずその日は、食事の肉をすべてユエに献上した。ちなみに、扉のびりびり仕掛けは解除しておいてもらった。


 そして、その次の日のことだった。

 シャハラは適当に数日たったあたりでナジャーフに「陛下と宦官の件は怪異ではなかった」と報告しようと考えて、日中は適当に怪異を調べるふりをして廊下や中庭を歩き回ることにした。


 ぽてぽてと廊下を歩いていたシャハラは、ハレムの中に物々しい雰囲気が漂っていることに気が付いた。

 やけに宦官の姿が多く、皆、一様に険しい表情をしている。

 女官たちは青ざめ、せわしなく歩き回っていた。

 その女官が、能天気に廊下を歩いていたシャハラを見つけ、大きく目を見開く。


「シャハラ様! よかった、今からお部屋に伺おうと思っていたのです!」


 シャハラは嘘だな、と思った。女官が走って行こうとした方角は、シャハラに与えられたアズラクの部屋ではない。いまだにあの部屋を恐れて近づけないのだろう。


「どうかしたの?」

「はい! 陛下が、今すぐシャハラ様をお呼びしろと! 陛下は今、ナジャーフ様のお部屋にいらっしゃいます。ご案内しますわ!」

「あ、うん。じゃあお願いね?」


 シャハラはちらりと、陛下の前に出るのにこんな普段着でいいのだろうかと思ったが、女官の切羽詰まった様子に頷いた。よほど急ぐのだろう。

 ナジャーフの部屋はワルダ(薔薇)の間だ。扉に見事な薔薇の絵が描かれているからそう呼ばれている。

 女官に案内されてワルダの間に向かうと、部屋に入るなり不機嫌そうなカリムの声が飛んで来た。


「遅い!」

「申し訳ございません」


 シャハラは反射的に謝罪して、心の中で「呼ばれてすぐに来たわよ!」と言い訳した。シャハラが遅くなったと言うのならば、女官がアズラクの間を恐れて呼びに来なかったからだ。責めるなら女官の怠慢を責めろ。


 だが、シャハラを案内した女官はカリムに咎められるのを恐れてか、そそくさといなくなってしまったので文句も言えない。


 カリムはナジャーフと豪華な長椅子に腰かけていた。

 長椅子の前のテーブルには色とりどりの果物が並べられている。


「陛下、そう怒らないでくださいませ。急に呼びつけたのですもの」

「わかっている。シャハラ、来い」


 カリムがくいっと顎をしゃくる。

 ナジャーフ付きの女官がシャハラをカリムたちの対面に置かれている長椅子に案内してくれた。

 腰を下ろすと、女官がレモン水を出してくれる。だんだんと気温が高くなってきたので、さっぱりしたレモン水が美味しい。

 ナジャーフが果物をすすめてくれたので手を伸ばそうとすると、カリムにじろりと睨まれた。


「食べる前に話を聞け」

「……はい」


 不機嫌なカリムに、ナジャーフも肩をすくめている。

 カリムはずいとシャハラに向かって身を乗り出した。


「シャハラよ、そなた、怪異は解決したと言わなかったか?」


 もしかして、ユエがおかしな夢を見せた件だろうか。シャハラはひやりとしながら、けれども表面上は動揺を隠して答えた。


「はい、解決しました。わたしがハレムに入る前に起こっていた怪異の原因はなくなったはずです」


 残ってましたなんて言えば、虚偽報告だと責められて首が飛ぶ。この場合は、絶対に自分の非を認めてはならない。

 カリムはふむ、と顎に手を当てた。


「ならば、別の怪異か……」

「だから、そうだと申し上げたではないですか。だって、以前の怪異と違いますもの。以前の怪異は、このように残忍ではありませんでしたわ」


 ナジャーフがそっとカリムの腕に触れる。


(残忍?)


 夢を見せたことのどこが残忍だったろうかとシャハラは首をひねった。まあ確かに、巨大コブラに追いかけられる夢はあんまりだとは思ったが。


「もしかしたら精霊(ジン)の仕業かもしれませんわ」

「精霊……悪魔(シャイターン)か」

「あの、何があったんですか?」


 ユエが夢を見せた件には残忍性はないと判断して、シャハラは訊ねた。きっと他に何かが起きたのだ。精霊ではなく「悪魔」と言ったことから、よほどのことが起こったのだと思われる。

 精霊も小さな悪戯はするが、それが悪質なものになればその精霊は「悪魔」と呼ばれる。少なくとも、ナジャーフが残忍と言い、カリムが悪魔という言葉を口にしただけのことが起きたのだ。


「なんだ、まだ知らなかったのか。朝からあれほど騒ぎになっていたというのに」


 カリムが驚いたように目を丸くした。

 シャハラは肩をすくめた。


「わたしの部屋には、その、誰も近づきたがらないので」

「ああ、そういうことか。お前の部屋には報告がなかったんだな」


 カリムが眉間を寄せて、大きく息を吐き出した。


「死んだのだ」

「死んだ?」

「ああ。下級妃の一人がな。ラーイダという名の下級妃だ」

「陛下の最近のお気に入りだったのよ」


 ナジャーフが説明を追加する。カリムがじろりとナジャーフを睨んだ。


「それは関係ないだろう」

「あら、そうとも言えませんわ。これが怪異でないのなら他に犯人がいるのですもの。陛下のお気に入りであれば……ねえ?」


 なるほど、嫉妬に駆られた妃の誰かが、そのラーイダという下級妃を害した可能性があるわけだ。

 シャハラが頷くと、カリムは嫌そうに顔をしかめた。


「そうなれば、そなたも容疑者の一人になるな」

「あら、そんなことはございませんわ。だってわたくしは、他の妃に通うことをお勧めしているではありませんか。わたくしでは……陛下のお役に立てませんものね」


 ナジャーフがそっと自分の腹を押さえて薄い微笑を浮かべた。その顔はどこか悲しそうで、シャハラが不思議がっていると、ナジャーフが口に人差し指をあてて言う。


「わたくし、子が産めないの。以前流れた時に、ね。そういう体になってしまったのよ」


 シャハラは息を呑んだ。

 カリムがじろりとシャハラを睨む。


「口外はするな。ナジャーフの立場が悪くなるからな」

「も、もちろんです……」


 つまりカリムは、ナジャーフに子が望めないのがわかっていて寵愛していると言うことだろう。それだけ大切なのだ。だが、カリムは王。次の王になる子が必要だ。だから、ナジャーフ以外の女性の元にも通わなくてはならない。


 シャハラはカリムの印象が少しだけ変わった。

 大勢の女性をハレムに抱える王は案外、情の深い人なのかもしれない。


「でも陛下? 五年前……わたくしの時と、同じかもしれませんわよ?」

「お前の場合は毒だった。だが今回は……」

「ええ。不可解ではありますが」


 シャハラはまた驚いた。ナジャーフが流産したのは、毒によるものだったのだ。やはりハレムは恐ろしいところである。たった一人の男の特別と、そして次の王の母の座を、誰もが虎視眈々と狙っているのだ。


「シャハラ。今朝ね、見つかったラーイダだけど、すごく不思議な亡くなり方をしていたの。口から砂を吐いて、まるでミイラのように干からびて亡くなっていたのよ。まだ医官が調べている途中だけど、お腹の中も砂が詰まっていそうだと言っていたわ」

「砂ですか⁉」

「怪異だ。それしか考えられないだろう。人の手によるものであれば、どうやってラーイダの腹に砂を詰めるのだ」


 その通りだ。口に砂を詰めることは可能でも、腹いっぱいに砂を詰めるのは人の手では不可能だろう。さらにはミイラのように干からびていたと来た。

 カリムが鋭い目をシャハラに向けた。


「調べろ。そなたはそのためにハレムに入ったはずだ。怪異担当妃。そうだろう?」


 怪異担当妃なんてはじめて呼ばれたが、ハレムに入ることになったのは怪異を解決するためだったので否定はできない。ただ、新しく怪異が起こるなんて聞いていなかったが!


「か、かしこまりました」

「ああ。……それにしても精霊、か。念のため、聖職者に精霊の封印を調べさせた方がよさそうだ」


 シャハラはハッとした。


「精霊の封印が解かれたかもしれないと言うことですか?」

「それはわからん。だが……一番近くにある封印はリシャーフ・マスジドだな。近いうちに問い合わせておこう。詳しくわかれば教えてやるから、そなたはそなたで調査を進めるように。わかったな」

「はい……」


 思わぬところで精霊の封印場所がわかった。

 リシャーフ・マスジド――カディール国にある最大のモスクである。場所も首都アワティフと近い。これはすぐにユエに教えてやらねば。

 ついでに怪異のことも相談してみようと決め、シャハラは立ち上がって礼を取る。


 部屋を出ていく間際、シャハラはちらりとナジャーフを見た。

 子が産めないということは、ナジャーフが王の正妻――王妃になる未来はこない。どれだけ愛されていようと。

 いずれ、カリムの子を産んだ女の誰かがその座に就くだろう。次の王の母が。


 ナジャーフは自分以外の誰かがカリムの一番(王妃)になったとき、傷つくだろうか。

 シャハラはなんとなく、ナジャーフが傷つく顔を見たくないなと、思った。





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