ユエの目的 5
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夜。
ユエは「何とかする」と言ったが、それでも日が傾くにつれてシャハラは不安になって来た。
釣鐘の形の窓の外は、ほとんど藍色に染まっている。あと三十分もしないうちに完全に宵闇色に染まるだろう。
カリムが来るのはそろそろだろうが、不思議と、まだ何の気配もなかった。
いくらハレムの中とは言え、王が一人でふらふらと歩き回るわけがないので、必ず宦官がともに行動するはずだ。
妃妾の部屋に王が訪れるのならば、事前に宦官や女官が報せに来るはずである。
報せがないのは、ユエのせいだろうか。それとも、アズラクの間が恐れられているからだろうか。
ユエは少し早い夕食を取ると「出て来る」と言って部屋から出て言ったが、今頃どこで何をしているのだろう。
(念のため、睡眠薬の準備だけしておこうかしら……)
夕食を取りに行った際に、今日のために葡萄酒ももらってきている。
部屋にもユエの酒瓶が大量に転がっているが、彼のものをカリムに飲ませたら怒りそうだから。あと、ユエは度数の強い蒸留酒ばかり飲んでいて、どれも透明度の高いものばかりなので、薬を混ぜたら気づかれそうだからである。その点、葡萄酒は赤いので睡眠薬を混ぜても気づかれないだろう。
(ちょっと味は変わるかもだけど……たぶん、大丈夫よね?)
シャハラは酒瓶に入っている葡萄酒の中にさらさらと睡眠薬を入れて軽くゆするようにして溶かした。それを寝台の横の棚の上に置いておく。
気は進まないが、一応、父アブダラが持たせた荷物の中にあった、露出の高い服を身に着けてみた。何がカリムの逆鱗に触れるかわからないので、一応「心をときめかせて待っていました」体の準備は必要だろうと思ったからだ。
顔が引きつらないようにマッサージもしたし、なんなら作り笑いの練習もした。
もうこうなれば、なるようになれと構えておくしかない。
(女は度胸! ああでも、ユエ、信じているわよ!)
怪異はだめだと言ったが、この際カリムがこの部屋に来ないのならばなんでもいい。頑張れユエ。心の底から応援している。
ベッドの縁に腰かけて、緊張しながら窓の外を見やった。
一瞬、桃源郷に逃げ込むことも考えたが、部屋を訪うと通達していたのにも関わらずその部屋を使っている女がいなければ、カリムは激怒するだろう。シャハラだって命は惜しい。
シャハラは緊張を紛らわせるため、まったく別のことを考えた。
ユエの知り合いの精霊ファイサルはどこに封印されているのだろうか。
単純に考えれば聖職者の暮らすモスクのいずれかだろうが、カディール国には十を超えるモスクがある。
(まずは精霊について調べた方がいいわよね。一番詳しそうなのは、聖職者か陛下だろうけど、聖職者はここにはいないし、陛下にはどうやって聞けばいいのかわからないし……)
聖職者は宦官ではない。この国では女性は巫女にはなれるが聖職者になれないため、ハレムに聖職者は立ち入れないのだ。そして巫女は、巫女になった時点で生涯をハレムの中で過ごす決まりである。つまり、よほどのことがない限り外には出られない。
(ハレムには書庫があったわよね? 案外、そこに情報がないかしら?)
たとえば、シャハラがカリムからもらったルビーの耳飾りのように、精霊に関するものがこの国には残されているかもしれない。その情報を記した書物が書庫に置いてあれば、それをたどって、何か手掛かりを得ることができるだろうか。
どちらにせよ、ハレムではユエの世話以外にすることがないので、書庫へは行ってみたいと思っていたのだ。食っちゃ寝生活を目標にはしているが、食べて寝るだけでは退屈すぎる。退屈を紛らわせるものは一つでも多い方がいい。
そんなことを考えていると、いつの間にか緊張がどこかへ消えていた。
すっかりリラックスしたシャハラはごろんと寝台の上に仰向けに横になる。
「うーん、明日にでも書庫に行ってみようかしら」
能天気につぶやいて、ふわりと欠伸を一つ。
寝台でごろごろしているうちに、気が付けばシャハラはくうくうと寝入っていた。
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