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なんちゃって妃は怪異解決がお仕事です ~したたか娘と自堕落天狐の千夜主従物語~  作者: 狭山ひびき


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ユエの目的 1

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 今日は市の最終日だったが、シャハラは呑気に市を見て回る気力はなかった。


「どどど、どうしよう!」


 朝からシャハラは大混乱に陥っていた。

 ベッドの上に座って頭を抱えるシャハラに、ユエはしかつめらしい顔で頷いた。


「まずは俺の朝食を取りに行ってくればいいと思う」


 シャハラは無言でユエに向かって枕を投げた。

 それをひょいと眼前で受け止めて、ユエがため息をつく。


「機嫌が悪いな。今夜王が来るんだったか? そんなもん、追い返せばいいじゃねーか。何を悩む必要がある」

「追い返せるわけないでしょ! 相手は陛下よ! 不敬罪で首が飛ぶわ!」

「どこの国も王って言うのはそんなことで罰するのか。偉そうなこった」


 どの国もということは、ユエは他の国の王を知っているのか。いや、ちょっと気にはなるが、今はそれどころではない。今夜どうやってやり過ごすかを考えなければ。


(お父様を騙して用意させた睡眠薬はある。よし、あれをお酒に混ぜて飲ませれば……ああでも、どのくらい飲ませたらいいのかしら? 多めに飲ませた方がいいわよね? 睡眠薬って過剰摂取させてもいいものなのかしら?)


 大量の睡眠薬を飲ませて王であるカリムがそのまま……なんてことになったら、シャハラは間違いなく絞首台行だろう。でも、量が少なすぎると効果がないかもしれない。


(安直にいざってときは睡眠薬を盛ればいいなんて考えたけど、どのくらい盛るのが正解なのかわかんないわ! どうしたらいいの!)


 シャハラが頭を抱えて「あー」とか「うー」とか唸っていると、ユエが枕を元の位置に戻してシャハラのほっぺたをむにーっと摘まんだ。


「だから、飯!」

「そこのお菓子でも食べてりゃいいでしょ!」

「ふざけんな! 飯だ飯! 飯もってこい!」

「わたしは今それどころじゃないのよ! 夜にこの部屋に陛下が来るの! どうしろって言うのよ⁉」

「馬鹿か。ここは俺様の縄張りだ。他の男を入れるかよ」

「あんたこそ何言ってるの⁉ ハレムはすべて、陛下の持ち物よ!」

「違うな。ここはもう俺のもんだ。夜のことは夜考えりゃいいだろう。いいから飯。早く取りに行ってこい!」


 シャハラはイラっとしたが、今夜の問題はシャハラの問題で、ユエは関係ない。自分がいらないからユエも朝食を我慢しろというのは可哀想だ。

 仕方なくシャハラは身支度を整えて、厨房まで食事を取りに行くことにした。怪異が収まったと報告をしたのだから、そろそろ食事を届けてくれてもいいと思うのだけど、担当女官はいつつくんだろう。


(それにしても、何で陛下はわたしの部屋に来るなんて言ったのよ。わたしを八歳児と間違えたくせに。実はロリコンなの? いやでも、ナジャーフ様と親密そうよねえ?)


 珍しいから一回くらい手を出しておこうということだろうか。迷惑な。

 厨房で朝食を受け取り、シャハラは来た道をえっちらおっちらと戻る。この配膳台、なかなか重たいのだ。本当に早く担当女官がついてほしい。

 乗っている食事をこぼさないように注意しながら階段を上り終えたシャハラは、アズラクの間の扉の前で驚いて立ち止まった。


「……なにこれ」


 アズラクの間の扉の前が泥水で汚されていたのだ。

 茫然と立ち尽くすシャハラの耳に、くすくすと鈴を転がしたような笑い声が聞こえてくる。

 振り返れば、廊下の端に三人の女がいた。妃妾の誰かだろうと思われる。どうやら泥水の犯人は彼女たちのようだ。


(……あー、昨日の酒宴のせいかしらね)


 昨夜の酒宴で、シャハラは他の妃妾を差し置いて上座が用意され、さらにカリムから非常に価値のあるものをプレゼントされてしまった。

 その後もカリムとナジャーフの側にいるように言われて、酒宴が終わるまでその場にとどまった。ものすごく目立ったし、嫉妬の視線もびしばしと向けられたのを覚えている。王の寵がほしい妃妾にとっては、さぞや目障りな事だったろう。


「身の程をわきまえないからそうなるのよ」


 そんな言葉を最後に、笑い声が遠ざかっていく。

 シャハラはきゅっと唇を噛んだ。

 シャハラは望んでハレムに入ったわけではないし、カリムの寵なんて欲していない。

 昨日のことだって完全に不可抗力だ。

 なのに何故、こんな仕打ちを受けるのだろう。


(悔しい……!)


 カリムが今夜部屋に来るなんて言うから、昨夜はちっとも寝付けなかった。寝不足の苛立ちもあって、シャハラはむしゃくしゃして扉を靴の爪先で蹴っ飛ばす。

 ガンッと大きな音がして、その後で扉が自然と開いた。きっとユエの仕業だろう。

 シャハラが泥水を踏まないように注意しながら部屋に入ると、ユエが不思議そうな顔をした。


「鬼みたいな顔になってんぞ。目も真っ赤だ。どうした?」

「うるさい!」


 完全に八つ当たりだ。だが、感情のはけ口がなくて反射的に叫んでしまった。

 叫んだ後で罪悪感に駆られたシャハラの手から、ユエが配膳台を奪い取り、それをテーブルの上に乗せる。ふにっと頬を軽くつままれて、顔を覗き込まれた。


「何があった?」


 ユエのしなやかな指が、シャハラの目じりに触れる。どうやら悔しくて涙がにじんでいたようだ。

 シャハラは無言で扉を振り返った。

 ユエがそちらを向き、眉を寄せる。


「おーおー、やってくれんじゃねえの」


 扉と廊下の一部を汚す泥水に、ユエが険悪に目を細めた。にやりと歪めた唇から犬歯が覗く。


「おいシャハラ。誰にやられた」

「わかんない。ただ、三人いた。妃妾たちだと思う。女官のお仕着せを着てなかったし」

「そうかそうか」


 ユエはシャハラの頭にぽんと手を乗せて、扉に近づいた。くんくんと鼻を動かす。


「汚すだけじゃ飽き足らずマーキングまでしてやがる。香水の匂いがプンプンしやがるぜ。おいシャハラ、先に飯食ってな。俺様はちょっと五分ばかし出て来る」

「ご飯より、そこを片付けなきゃ」

「んなもん、こうだ」


 ぱちりとユエが指を鳴らした。すると、泥水で汚されていた廊下と扉が一瞬でピカピカになる。

シャハラはぱちぱちと目をしばたたいた。睫毛に残っていた涙がその動きで散る。


「ユエって……便利よね」

「便利とはなんだ便利とは。そこはすごいと褒めるところだ」

「うん、すごい」


 掃除をしなくてはと憂鬱な気分になっていたシャハラは、あまりにもあっけなく元通りにされてつい噴き出してしまった。

 ユエがふっと笑い、もう一度シャハラの頭に手を乗せる。


「んじゃ、飯でも食って機嫌直しとけ」

「どこ行くの?」

「野暮用。なぁに、他の連中の前には姿を見せねえから安心しときな」


 それならいいか。ユエだってたまには散歩くらいしたいだろう。


 シャハラが頷くと、ユエはひらひらと手を振って部屋から出ていった。





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一方、バークレイ男爵家の三男マーティンの冤罪を晴らしたこともあり、男爵一家にすっかり気に入られてしまったエリカ。今度は婚約者役に、男爵家での昼食会! ふたりの関係にも進展がありそうで……?


ASIN : B0H4YVMN4R

出版社 : 夢中文庫 (夢中文庫アレッタ)


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