王の気まぐれ 8
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カディール国の王カリム。
年は二十六歳の男盛りで、赤茶色の髪に青い瞳の、長身の美丈夫だ。
身分の高い男は髭を生やしている人が多いのだが、カリムは髭を嫌うのか、きちんと剃っている。
眉はきりりとしていて、眼光は鋭い。
なるほど、身分も高くて顔もいいとなれば、妃妾たちが入れ上げるのもわかる。
カリムがぐっと杯の酒を煽れば、酒宴のはじまりだ。
シャハラはできるだけカリムと視線を合わさないように下を向きつつ、出された料理に口をつける。
厨房に頼んでおいた夜食は早めに受け取っておいたから、ユエも今頃ご飯を食べていることだろう。また酒を浴びるように飲んで、シャハラが帰るころにはいびきをかいていそうだ。
黙々と食事を取っていると、上座から「シャハラ」と呼ぶ声がした。顔を上げると、ナジャーフがちょいちょいと手招いている。
呼ばれたら行くしかあるまい。シャハラは内心で嘆息しつつ立ち上がった。
ナジャーフが自分の隣に座るように言ったので、シャハラは「失礼します」と彼女の横に腰を下ろした。
カリムが面白そうに目を瞬きながらシャハラに視線を向けた。
「見ない衣装だ」
カリムはシャハラの纏っている服に興味を覚えたようだ。
「母の形見です。異国の衣でして」
「なるほど。だから見ないのか」
「ナジャーフ様が纏われているような衣は、わたしには似合いませんので」
「確かにな。それでは無理だろう」
それ、と言ったカリムの視線がシャハラの胸元に注がれた。カチンときたが、相手は王。言い返してはだめだ。
「あら、可愛らしくてよろしいではありませんか」
ナジャーフがころころと笑った。
「可愛いかどうかはともかく、シャハラよ。そなたは本当に十八か? 八歳の間違いではないのか?」
(八歳⁉)
アブダラに言われた十二歳よりひどい。
目を見開き固まると、ナジャーフが「ひどいですわよ、陛下」とシャハラの肩を引き寄せた。
「幼く見えても年頃の女性です。そして何より、怪異を解決したのですもの。素晴らしいと思いませんか?」
「ああ、そうだったな。シャハラ、よくやった。褒美を取らせよう。何がいい?」
褒美と言われてもピン来ない。というかここで素直に欲しいものを述べるのは失礼に当たらないだろうか。余計なことを言って罪に問われたくないので、シャハラは微笑んで答えた。
「陛下のお役に立てることこそが何よりの褒美です」
「うまいな!」
この返し方はカリムの琴線に触れたらしい。
膝を叩いて笑ったカリムが「よし!」と顔を上げ、宦官を呼びつけた。
「宝物庫からあれを持ってこい。母上が気に入っていた耳飾りだ。まだあっただろう?」
すると、ざわりと酒宴場にどよめきが走った。ナジャーフも目を丸くしている。カリムの言った「あれ」とはよほど価値のあるものなのだろうか。
ナジャーフが拗ねたように赤い唇を尖らせた。
「まあ、陛下、ひどいですわ。わたくしが欲しいと言ったときにはダメとおっしゃったのに」
「その頃はまだ母上は生きていたし、何よりあれは、特別な褒美にしようと思っていたのだ。皆を悩ませていた怪異を解決したのだから、ふさわしい褒美だろう?」
ナジャーフは困ったように首を傾げて「そう言われてしまったら怒れませんわ」と笑う。
「よかったわね、シャハラ。あの耳飾りは特別なものなのよ。なにせ、その昔この国にいたと言われる女の精霊が身に着けていたと言われているの。大きなルビーで、とても綺麗なのよ」
「そ、そうなんですか?」
シャハラの声が裏返った。それほど特別な宝石をもらったとなったら、ハレムの女たちの嫉妬の対象になってしまう。できれば断りたかったが、王の心遣いを断ればそれはそれで角が立つだろう。
下座の女たちから鋭い視線を浴びせかけられたシャハラは、だらだらと冷や汗をかいた。
「その、女の精霊の持ち物であるのなら、お返しした方がいいのでは……?」
「それが、その女の精霊は、どこかへいなくなってしまったそうなのよ。一説によれば、モスクのいずれかの地下のランプか壺に封印されているとか、どこか遠い異国に消えてしまったとか言われているけれど、本当のところはわからないわ」
「悪さをした精霊は聖職者によって封じられるからな。案外、その女の精霊は何かをしでかしたのかもしれん。この国で確認されている精霊の封印は三つあるが、もしかしたらそのうちのどれかに入っているのかもな。まあ、私の治世に精霊なんぞ必要ない。精霊の力を借りて国を治めていたのなんて、それこそ百年以上も前の話だ。そのような前時代的な力など、私には不要だ」
カリムが自身ありげにいうが、その自信はいったいどこからきているのだろう。
シャハラは精霊に直接で会ったことはないけれど、似たような存在だと言うユエを見ていたらわかる。あの力は人智の及ばないものだ。精霊が力を貸してくれるに越したことはないだろうに。
「それにしても、その服は露出がほどんどない割にはそそる作りだな。ナジャーフ、ああいうのもいいと思わないか?」
「あら、陛下がプレゼントしてくださるのでしたら、わたくしは喜んで身にまといますわ」
「よし、今度作らせて贈ってやろう。シャハラよ、すまないが後日でいい、その服を貸してくれ。針子に確認させて似たものを作らせる」
「わかりました」
ナジャーフはなかなか甘え上手だ。だから気に入られるのだろう。年齢的に考えて、もしかしたらカリムが娶った最初の妻なのかもしれない。仲睦まじいことで大変結構だ。そのままカリムの心を鷲掴みにして、間違ってもこちらに興味が向かないようにしてほしい。
なんて余計なことを考えたのが悪かったのだろうか。
宦官が持って来たルビーの耳飾りを受け取ったカリムが、シャハラに近くに寄るように言う。
近寄れば、シャハラが耳に付けていた耳飾りが外され、カリムの手でルビーの耳飾りが付けられた。
カリムがふっと笑い「似合うな」と言ったあとで耳朶に口を寄せて来る。
「明日の晩、そなたの部屋へ行く。わかったな」
シャハラは、さーっと青ざめた。
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