王の気まぐれ 6
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次の日も市を見て回ろうと南の広場に向けて回廊を歩いていたシャハラは、顔見知りの宦官に呼び止められた。シャハラがハレムに入った時、アズラクの間まで案内してくれた四人の宦官のうちの一人である。
「ああ、こちらにいらっしゃったのですね、よかった……!」
どうやらシャハラを探していたらしい。
アズラクの間を訪れようかと考えたそうだが、怪異騒ぎのあった部屋である。昨日シャハラはナジャーフに怪異が収まったことを報告したが、昨日の今日で認識が変わるわけでもあるまい。あまり近寄りたくなかったようだ。
(まあ、よかったかもしれないわね。だって今、部屋の中でユエが酒盛りしてるもの。うっかり扉を開けたら……怪異再びってやつね。あぶなっ!)
ユエの姿は見えなくとも、酒瓶が宙に浮いているのは見えるだろう。今度からユエには酒盛りする際は内鍵をかけておくように言っておいた方がよさそうだ。
「なにかございましたか?」
「はい、大至急お伝えしなければならないことが……! 実は今夜、陛下がハレムの酒宴場で宴会を開くと仰せで、シャハラ様は必ず出席するようにと言付かっております」
「え? ……ええ⁉」
「午後六時の鐘が鳴るまでには酒宴場にお越しください」
「わ、わかりました……」
王の命令であれば断れるはずがない。シャハラが顔を引きつらせて頷くと宦官は頭を下げてから去っていく。
カディール国はモスクに水時計が置かれていて、時間ごとに鐘を鳴らしてくれる。
首都アワティフにはいくつものモスクがあるが、水時計があるのはアワティフでもっとも大きなモスク【リシャーフ・マスジド】だ。リシャーフ・マスジドにある大きな鐘が、聖職者によって時間ごとに打ち鳴らされるのである。その音は大きく、アワティフの町全域に響き渡る。
午後六時の鐘まではまだまだ時間はあるが、どうしよう。
シャハラは自分の格好を見下ろして考える。
王の前に出るのならば、きちんと着飾らないと罰せられるだろか。でも、シャハラは化粧なんてろくにしたことがない。とりあえず着替えて髪を結い、紅だけ塗っておけばいいだろうか。
(あとはお父様が荷物に詰めていた宝石類を適当にじゃらじゃらさせておけば大丈夫かしらね?)
宝石類をじゃらじゃらさせていたら着飾っていることになるだろう。シャハラはそう決めつけ、だったら支度を急ぐ必要はないなと市へ足を向けた。
市は初日ほど盛況ではないが、今日もたくさんの妃妾、あるいは女官がいた。
珍しいものは初日で売り切れることが多く、それほど商品を持って来ていない店は早めに店じまいをすることもある。
だから市は、初日が一番人が集まり、翌日、そして最終日と、人の集まりは減っていくのだそうだ。
シャハラは昨日買わなかった茶葉をいくつか購入し、早めに部屋に戻った。
アズラクの間の扉を開けたシャハラは唖然とした。
宙に仰向けに寝転がって、ユエが高いびきをかいている。
床には空になった大きな酒瓶が一本転がっていた。度数が強いあの酒を一瓶全部飲み干したようだ。
(本当ならわたしが怠惰で平穏な毎日を送るはずだったのに、なんで居候がわたし以上に怠惰な生活を満喫してるのよ……)
ぷらぷらと揺れている尻尾を掴んで引っ張ってやりたい。
だが、気持ちよく寝ているところをそんな乱暴な起こし方をするのは可哀想で、シャハラは諦めると、酒宴に着ていく服の物色をはじめた。
「これは無理。これも無理。というかお父様ってば、わたしに露出の高い服が似合うと思っているのかしら? これなんてすっけすけじゃない。馬鹿にしてるわ」
アブダラはシャハラが王のお手付きになるはずがないと思っていたくせに、それにしては服のチョイスがひどい。これでは王を誘惑して来いと言っているようなものだろう。シャハラにそんな色気がないのはわかっていたはずなのに。
「ろくなもんがないわね。でもさすがに普段着るような服ではいけないし……そうだ!」
シャハラはアブダラが用意したすっけすけの服をぽーんと放り投げて、母の形見を入れていた箱を開けた。この中に母が来ていた異国の服があったはずである。
「あったあった。これなら珍しいし、刺繍も豪華だし、文句はないでしょ」
母がアブダラの妾になるときに持ってきた服だと聞いた。ユエが着ている服にどことなく雰囲気が似ているので、やはり母誌夏とユエは同じ国出身かもしれない。
母の服は三着ほどあったが、シャハラはその中から青いものを選んだ。部屋の名前がアズラクなのだ。青の衣をまとっておけば失礼にはならないだろう。
翼を広げた鳥の刺繍が金糸で入っている豪華な服である。きちんと虫干しして管理していたので虫食いもない。綺麗なままだ。
母とシャハラは体型が似ているので、服のサイズも問題ないだろう。
「服は決まったし、あとは適当に宝石類を身に着けるとして……あ。ユエの晩御飯どうしよう?」
酒宴が開かれると言うことは、シャハラの夕食はそちらでとることになるだろう。そうなるとユエのご飯がない。野菜料理なら桃源郷のユエの家で作れるが、彼は肉が好きで、肉をよこせとうるさいのだ。
(夜食ってことで、厨房に肉料理を頼んでいこうかしら?)
厨房の料理人の中では、シャハラはすでに大食漢と認識されている。夜食が欲しいと言ったところで訝しがられないだろう。
(まったく。たまには野菜だけで我慢してくれればいいのに)
仕方がないなあと、シャハラは高いびきを書いているユエを見上げて嘆息し、厨房に夜食のお願いをしに向かったのだった。
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