王の気まぐれ 5
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「くさい」
「はあ⁉」
アズラクの間に戻ったシャハラは、出迎えたユエに開口一番、信じられないくらい失礼なことを言われた。
「ちょっと今、くさいって言った⁉」
目を吊り上げたシャハラに、ユエは近づいてくると、くんくんと鼻を動かす。
「くさい。変な臭い付けやがって。風呂入ってこい。湯を入れてやるから」
「くさくないわよ!」
「いいや、くさい。お前、市に行って幽鬼か何かに遭遇したんじゃないのか。臭いがべったりこびりついていやがる」
「……幽鬼なんて会ってないけど」
というか、幽鬼の臭いってなんだろうかと、シャハラは酒瓶とお菓子の袋をテーブルに置いてくんくんと自分の服の臭いを嗅いでみた。変な臭いなんて感じられない。
「じゃあ、知らないうちにすれ違いでもしたんだろ。お前は幽鬼も人間も同じように見えるからな。人間のふりした幽鬼ならそうと気づかないかもしれない」
「そんなことは……」
ないと言い切れない。
何故ならユエも、耳と尻尾がなければ妖怪だなんて思わなかったかもしれないからだ。
(市はすごい人だったし、幽鬼も一人や二人、紛れていてもおかしくない……?)
よくわからないがそう言うことにしておこう。お風呂を入れてくれると言うのなら、ありがたく使わせてもらうだけだ。歩き回って重たい酒瓶を抱えて帰って来たから汗をかいたしちょうどいい――と。
「何よこれ⁉」
くさい発言にショックを受けて気づかなかったが、部屋に見たことのない荷物の山ができている。
部屋の隅に大きな袋が大量に並べられていた。甘いにおいも漂って来る。大きな酒瓶も、十本はあるだろうか。あんなもの、出かけるときには見なかった。
「おう、気づいたか。俺様の戦利品だ」
「戦利品って、まさか盗んできたの⁉ 怪異は起こさないでって言ったじゃない!」
「盗んでない。買った」
「買った⁉」
「ほら、これが残りだ。やる」
ユエがぽーんと放り投げたものを、シャハラは反射的に腕を伸ばして受け取った。
それは、女物の財布だった。中を開けてみたら、金貨や銀貨、銅貨が詰まっている。
シャハラは嫌な予感がした。
「ねえ、これ、どうしたの?」
「その辺の女から拝借した」
「盗んだんじゃない‼」
「だから、そこにあるものは盗んでない。盗まずに手に入れるために金が必要だっただけだ。お前が怪異を起こすなって言ったから、きちんと金で買って来たんだ。褒めてもいいんだぞ」
ユエがドヤ顔になるが、いったいどこに褒める要素があるだろうか。
「ねえ。この中に最初に何が入っていたか覚えてる?」
「ん? 金色の金が三枚入ってたぞ」
シャハラはテーブルの上に財布の中身をひっくり返した。金貨が一枚残っており、あとは銀貨と銅貨だけだ。つまり銀貨と銅貨はおつりだろう。
シャハラはため息をついて自分の財布から金貨を二枚取り出すと、ユエが渡して来た財布の中身をきちんと金貨三枚に戻しておく。
「誰から盗んだか覚えてる?」
「んなもん、覚えてるわけねーだろ」
「……わかったわ」
仕方がないので宦官にでも届けておこう。盗まれた女性は妃妾か、そのお使いの女官だろうから、財布がなくなれば報告しているだろう。
(落とし物ってことにしておこう……)
そもそも、市に興味を示していたユエにお金を渡しておかなかったシャハラの責任でもある。まさか誰かからお金を盗んで買い物をするとは思わなかったが、ユエなりに怪異を起こさないようにしようとした結果だろう。
シャハラは一度部屋を出ると、近くを歩いていた宦官に市で財布を拾ったと言って届けておいた。
部屋に戻るとテーブルに残っている銀貨と銅貨、それからシャハラの財布から金貨を一枚取り出す。
「ええっと、確かこの辺に……」
実家から運ばれて来た荷物の中には小物もあった。財布はないが、宝石が入っていた巾着袋があったはずだ。
シャハラは青い巾着袋にお金を入れると、ユエに差し出した。
「明後日まで市は立ってるし、また二か月後にも来るから、はい。お金、持っておくと便利でしょ?」
いつまでユエがここに居座るつもりなのかはわからないが、ユエだってほしいものはあるはずだ。巾着袋を渡すと、ユエは嬉しそうにそれを受け取った。
「そう言うことならもらってやらんこともない」
「その中身がなくなったら言うのよ? くれぐれも、他の人から盗まないでね」
「おう、わかった」
お金が嬉しいのか、それとも巾着袋が気に入ったのか、ユエが金色の目を細めて笑う。
「それで、何を買ったの?」
「酒と菓子だ! あと、これだな。ほら、やる」
ユエ本人がお酒とお菓子を大量買いするのなら、シャハラが買う必要はなかったなと思いながら、彼が差し出して来た包みを受け取る。
「なに、これ?」
袋を開けてたシャハラは、そこに入っていた象牙の櫛に目を瞬かせた。細かい花の細工が施してある、すごく可愛らしい櫛だ。
「……くれるの?」
「ああ。大事に使えよ」
自然と、シャハラの口元が緩む。
誰かに何かを買ってもらうのは、母がいた頃以来だ。ハレムに入るときの荷物はシャハラのことを思ってではなく、アブダラの自尊心を満たすためだけのものだったので、あれは別に嬉しくもなんともなかった。
でもこれは、ユエがわざわざシャハラのために買ってくれたものである。まあ、お金の出どころは置いておくとして。
「うん。ありがとう」
この狐、意外と可愛いところがあるかもしれない。
櫛を抱えて、ユエが準備してくれた風呂に向かう。せっかくだし、今日から使いたかった。
たっぷりの湯が張られた風呂に、シャハラは薔薇の香油を少し垂らす。ユエがくさいと言ったのが気になったわけでは断じてない。
ふわりと薔薇の香り漂う湯に肩までつかり、シャハラはうーんと大きく伸びをした。
風呂から上がったら、ユエのために桃でも剥いてあげよう。
なんだか今日は、そんな気分だった。
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