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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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王の気まぐれ 4

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 シャハラは酒瓶を抱えて買い物を続けていた。

 この酒瓶、地味に重い。

 そこそこ大きいし陶器の酒瓶なので当然だが、先に部屋まで持って帰ればよかった。


 先ほど親切な宦官が部屋まで持って帰ろうかと訊ねてくれたが、アズラクの間だと言えば顔を引きつらせたのでやめておいた。怪異は収まったと先ほどナジャーフに伝えたが、王に報告されていないのであの部屋にはまだ怪異が起きると思われている。いまだに誰も近寄りたがらないのだ。


「すみません、そこの焼き菓子を下さい。……それにしても、盛況ですね? もうほとんどお菓子がないみたい」

「そうなんだよ。さっき美人だが風変わりなお妃様がいらっしゃってね。三種類ほどのお菓子を全部欲しいと言って豪快に買って行かれたよ」

「へえ、その方、お菓子が好きなんですかね」

「どうだろうねえ。酒の瓶も大量に抱えていたから、甘いもの好きの酒飲みなのかもしれないな。いやあ、それにしても、ずいぶん力持ちなお妃様だったよ。こーんなに荷物を抱えていてね」


(……甘いもの好きの酒飲みで、力持ち。まさかね?)


 一瞬嫌な予感がしたが、ユエは男だ。お妃様に間違えられることはないだろう。

 シャハラは気を取り直して、店主にお金を渡すと、購入した焼き菓子を受け取る。


「ありがとうね。お嬢ちゃんは可愛いからおまけしておいたよ」

「わ! 嬉しい! ありがとうございます」

「いやいや、お使い頑張ってね」

「お使い……は、はは。はい……」


 ここでも子供に間違えられているようだ。恐らくだが、どこかの妃妾のお付きの使用人と思われている気がする。


(酒瓶は重いし、今日はこのくらいでいいかしら?)


 結局、ユエのお土産のお酒と、それからお菓子しか買えなかった。このお菓子も半分はユエの胃に収まるだろう。つまりはほとんどユエのための買い物である。何をやっているのか自分……。


(まあいいわ。市は明日も明後日も立っているもの)


 シャハラは気を取り直して、買ったお酒とお菓子を抱えて歩き出す。そのときだった。


「っと」

「わわっ!」


 重たいものを抱えて歩いていたせいで、つい、前方不注意になってしまった。

 うっかり前を歩く誰かにぶつかってしまい、シャハラはバランスを崩す。この国では小柄のシャハラである。ここにいるのは男だろうと女だろうと、シャハラよりずっと体格がいい。

 重たい酒瓶を抱えていたこともあって、後ろに倒れそうになったシャハラはぎゅっと目をつむった。


 しかし、転ぶ前に誰かがシャハラの腰に腕を回してぐっと引き寄せる。

 その力強い腕に驚いて目を開けたシャハラは、視界に飛び込んできた迫力のある美女に息を呑んだ。


 黒い髪に赤い瞳、そして真っ赤な唇。

 ナジャーフに負けず劣らずの素晴らしく妖艶な体つき。

 ふわりと立ち上る香りは甘さの中にスパイスが混ざっているような刺激があった。


「うふふ、大丈夫?」


 ねっとりと絡みつくような声だった。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 妃や妾はお付きの女官を連れていることが多いが、目の前の美女は一人だった。

 にんまりと赤い双眸を細めて、しなやかな指先でシャハラの頬をつ、と撫でる。


「あら、美味しそうな子」


 シャハラの背筋がぞくりとした。

 思わず後ろに一歩下がると、美女がくすりと笑う。


「あらあらごめんなさいね。怖がらせちゃったかしら?」

「い、いえ……」

「重たいものを持っているときは気をつけなくちゃだめよ」

「すみません。ありがとうございます……」


 なんだろう。本当に背筋がぞくぞくする。

 露出の多く派手な着衣に、じゃらじゃらと宝石をぶら下げているから、恐らく彼女も妃妾の一人だろう。女官は連れていないが下級妃ではないと思う。下級妃にしては装いが豪華だからだ。

 だけど、上級妃が一人で出歩くのはおかしいと、シャハラは自分のことを棚に上げて訝しんだ。

 そんなシャハラの顔を美女は面白そうに眺めて、また笑う。


「あたくしはアドナナ。お嬢さん、お名前は?」


 アドナナと名乗った彼女にも、シャハラはやはり子供に見えるらしい。


(比較するのもおこがましいほどの差だけど、子供じゃないもんっ)


 胸の大きさで年齢が決まるわけではないと、シャハラはツンと顎を上げた。


「シャハラです。大臣のアドルフの娘で、二週間ほどまえにアズラクの間をいただきました。どうぞよろしくお願いいたします」


 いわく付きの部屋ではあるが、アズラクの間は上級妃の部屋だ。部屋の名前を出せばシャハラが子供でもお付きの女官でもないとわかるはずである。

 アドナナはきょとんと目を丸くしてから、「あらあら」と楽しそうに口端を持ち上げた。


「いいわぁ。あの部屋に入ったのは、あなただったの。そう。……だから美味しそうなのかしら」

「え?」

「じゃあね、シャハラちゃん。今度は前をしっかり見て歩くのよ?」


 アドナナは爪を赤く塗った手をひらひらとさせて歩いて行く。


 シャハラは首を傾げつつ、まあいいかと、今度は誰にもぶつからないように慎重に周囲を確認して歩き出した。





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