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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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我儘狐の居候 7

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 腑に落ちないと思いながらもお菓子を食べ終えると、ユエが「ほら、いいところに連れて行ってやろう」と言った。本当にどこかに連れて行ってくれるらしい。


「待って。配膳台を廊下に出しておくから」


 シャハラは廊下に配膳台を出しに向かうと、ちょうど一人の女官が歩いているのを発見した。

配膳台の回収をお願いすると、女官はびくびくしながら部屋の前までやって来て、「失礼します」と配膳台をシャハラから受け取ると逃げるように去っていく。本当にこの部屋は恐れられているようだ。


「それで、どこに行くの? わたしは一応、王の妃ってことになっているから、ハレムの外には行けないわよ。見つかったら不義密通を疑われて処罰されちゃうわ」

「俺と同じ部屋で暮らす時点でいまさらじゃないのか」

「あんたが出て行ってくれないんでしょ!」


 ユエはシャハラの文句をさらりと流して、こいこいとシャハラを手招きする。


「俺様がすごいものを見せてやろう。これでお前も、俺のすごさがわかるはずだ」


 そう言って、ユエが立ったのはバルコニーに通じている掃き出し窓だった。


「なに? いいところってバルコニーのこと?」

「そんなわけはない。ほら、いいからそのガラス戸を開けて見ろ」


 開けて見ろと言われても、この先に何があるのかはガラス戸を通して見えている。

 シャハラは訝しがりながら掃き出し窓に手をかける。

 戸を開いたからなんだと言うのだろうと、掃き出し窓を開けたシャハラは、瞠目して固まった。


「……へ?」


 口から、間抜けな声が出る。

 ぱちぱちと目をしばたたいたシャハラは、一度大きく深呼吸をすると、掃き出し窓を閉めた。


「おい、何で閉める」

「いやいやいや、目がおかしくなった……」

「おかしいわけあるか。ほら」


 ユエが掃き出し窓を全開にした。

 その先に広がるのは、バルコニー――のはずだった。だが違う。

 本来バルコニーがあるはずの場所は、とても広い草原と呼んでいいのか、そのような場所だった。

 勾配のほとんどないだだっ広い土地に、色とりどりの草花が揺れ、ぽつんぽつんと木々が生えている。


 どの木にも何かしらの果物がなっていた。

 見たことのない果物もある。

 花から花へ蝶が飛び、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 どこかに水が流れているのか、さわさわと水のせせらぎの音もした。

 遠くにこの国では見ないような作りの、朱色の屋根の家が見える。

 その前には畑もあり、何故か様々な野菜が収穫時期を迎えていた。意味不明だ。


 目をごしごしとこすっているシャハラの横をユエが通り過ぎる。


「ほら、行くぞ」


 手を差し出されて、シャハラはおそるおそるユエの手を掴んだ。ユエの手は少しだけひんやりとした。


「こ、ここ、どこ?」

「俺様の桃源郷だ」

「とうげん……なに?」

「そうだな。言い換えるなら楽園かな」

「楽園……」


 確かに、その呼び方がふさわしいほど見事なところだった。

 自然豊かで穏やかで、暑くもなく寒くもない。

 でも、バルコニーはどこに行ったのだろう。

 シャハラはユエと繋いでいない方の手でほっぺたをつねる。痛い。夢ではないのだろうか。


「あの家は俺の家だ」

「自分の家があるんならそっちで暮らしなさいよ……」

「ここはまあまあいいところだが、何もない。あと、果物と野菜は取れるが肉がない。俺は肉が食いたい」


 我儘な狐である。

 家に向かって歩いていると、途中で小さな泉があった。オアシスほど大きくないが、そこそこ広い。


「あれがお湯ならいいのにね」

「湯がなんだって?」

「お風呂に入りたいなーって思っただけ。ユエのせいで、女官があの部屋に寄りつかないのよ。だからお風呂のお湯も頼めないの」


 大浴場もさすがに朝からは開いていない。あくまで我慢だが、昨日ハレムの中を歩き回ったせいで少し汗をかいているのだ。早くお風呂に入りたい。


「なんだ、そんなことか。湯なら俺が用意できるぞ。部屋に戻ったら風呂でも何でも入ればいい」

「できるの⁉」

「俺様を何だと思っているんだ。千年を生きる天狐様だぞ」

「ああ、その天狐って何?」


 ぴたり、とユエの足が止まった。


「知らないのか⁉」

「知るわけないでしょ。はじめて聞いたわよ。天狐って何? 狐の妖怪をそう呼ぶの? お母様みたいに詳しいわけじゃないからわかんないのよね」

「妖怪……」


 ひくっとユエの頬が引きつる。


「おい、俺様をその辺の妖怪と一緒にするな! 俺様は仙格を得て仙になったんだ! ただの妖怪じゃない。というか妖怪じゃない! 仙だ!」

「なに、その仙って」

「お前、俺の国の血を引いていそうなのに知らないのか⁉」

「知らない。だって、生まれも育ちもこの国だし」


 ユエはがしがしと頭をかいた。耳がぴくぴくと震えている。尻尾がしょんぼりと垂れた。


「仙……そうだな。ちょっと違うが、まあ、この国で言えば精霊(ジン)(ジン)と同じようなものだと思ってくれていい」

「へえ」

「なんだ、へえって」

「ええっと、ごめん。わたし、精霊に知り合いいないからよくわかんないわ。幽鬼とか妖怪とかは見たことはあるんだけどね」


 でも、どうやらすごいらしいというのはわかった。わかったところで、シャハラにとってユエは傍若無人な同居人以外の何ものでもないが。


「もういい。お前に『ははー!』みたいな反応を求めても無駄だろうからな」

「なに、ははーって」

「だから、もういい!」


 何かがユエの勘に触ったらしい。

 ユエがずんずんと大股で歩き出したので、シャハラは自然と小走りになった。

 家までたどり着くと、ユエが玄関を開いた。結構広い。部屋が数部屋あり、広い厨房もある。


「ここで料理ができそうね」

「できなくはない。だが、俺は肉がいい」

「……誰もあんたに作ってあげるなんて言ってないでしょうが」


 だが、これは嬉しい発見だ。食事をユエと半分こするから、どうしてもお腹が満たされない。小腹がすけばここで作ればいいのである。幸いにして、材料は畑にもその辺の木々にもなっているのだから。


「料理は得意ってわけじゃないけど、お母様に教わったから簡単なものなら作れるわ。調味料も……ある! 見たことないやつもあるけど、まあいいわ。試行錯誤すれば食べられるものが作れるようになるわよね」

「好きにしろ。ここにあるものはとっても勝手にまた生えてくるから、どれだけ使っても構わない」

「すごいじゃない!」

「そうだ! 俺様はすごいんだ!」


 いや、すごいと言ったのはユエではなくこの桃源郷とかいう場所のことなのだが、余計なことを言うと拗ねそうなので黙っておこう。


「今日のところは、美味しそうな果物をいくつかいただくわ。お風呂に入りたいから、料理はまた今度にするわね。ねえ、何がおすすめ?」


 ユエは少し機嫌を直したようで、そうだなと考えてから言った。


「あっちの桃と、あっちの柘榴がおすすめだ」




面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、

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