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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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我儘狐の居候 6

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「おい、飯はまだか」


 寝台の上で気持ちよく寝ていたシャハラは、傲岸不遜な夫のようなセリフで起こされてイラっとした。

 上体を起こすと、胡坐をかいた姿勢で宙にぷかぷか浮かんでいる男――名前をユエ()と言うらしい――を睨みつける。


「修復終わったんでしょうね」

「あともうちょいだ」

「ぜーったいに、元に戻してよね‼ お母様の形見なんだから‼」


 昨夜、怒りのあまり黒水晶の数珠をユエに投げつけたシャハラだが、数珠の紐が切れてバラバラになったのを見て青ざめた。

 悲鳴を上げて、床に転がる数珠の珠を追いかけるシャハラを、ユエはあきれ顔で見ていたが、しばらくすると仕方がなさそうな顔で珠を拾うのを手伝ってくれた。

 珠を拾い集めて、どうしようと途方に暮れたシャハラに同情したのか、ユエは、一つの提案をしたのだ。


 ――それを直してやるから、俺様がここに住むことを認めろ。


 それは、苦渋の決断だった。

 シャハラは数珠の直し方を知らないのだ。

 数珠にはそれぞれ模様が彫ってあり、繋ぐ順番があるらしい。だけど、シャハラには彫られている模様――母が言うには文字だと言うのだが――が何なのか知らない。つなぎ合わせようにも順番がわからないため直すことができないのだ。


 悩んだシャハラは、一つの条件をつけて、ユエがこの部屋に居座るのを認めることにした。

 そう、もう悪戯に怪異を起こさないと言う約束だ。

 怪異さえ起きなければ、シャハラは役目を果たしたことになる。大手を振って食っちゃ寝生活に突入できるのだ。狐が一匹同居していようと、気にしなければ生活に支障はない、と思っていた。今の今までは。


(……思っていたのと違う)


 シャハラは寝台から起き上がる。

 ユエが「形見なら投げるなよ」ともっともらしいことを言っているが、それを無視して、着替えを持って浴室に向かうと手早く服を着替えた。


「ご飯取りに行って来る」

「おう。酒もな」

「朝からお酒なんてもらえるわけないでしょ!」


 狐の同居人なんて気にしなければいいと思っていたが、甘かった。こいつは朝から「飯をよこせ!」とシャハラを叩き起こしてくるろくでもない同居人だ。怠惰な平穏が遠ざかった。


(ああでも、怪異が起きなくなったってわかったら、この部屋にも女官がつけられるわよね? 食事を運んできてくれるわよね? そうしたらわたしがわざわざ取りに行かなくてもいいから、惰眠をむさぼれるわよね? というか、お風呂! 昨日はムカついて寝ちゃったからお風呂入り忘れた! 大浴場って何時からあいてるんだろう。お風呂入りたい……)


 シャハラはとぼとぼと厨房に向かうと朝食を受け取る。その際に少し無理を言って大盛にできる分は大盛にしてもらった。料理人から「どこに入るんだろう」と疑惑の目を向けられたが「大食漢なんです」で押し通す。少しでも量を確保しておかないと、ユエに半分取られたらシャハラの分が足りないのだ。

 配膳台を持って戻ると、ユエは寝台の上に胡坐をかいて座り、ちまちまと数珠を修復していた。眉間に皺が寄り、ぴくぴくと耳が動いている。


「おう、戻ったか」


 顔を上げずにユエが言った。


「言っておくけど、半分こだからね。ちゃんと全種類、半分こだから! 昨日みたいにお肉全部食べたら許さないわよ」

「わかったわかった。じゃあ先に食っていていいぞ。こっちがあと少しで終わるんだ。俺は終わってから食べる」


 約束通り数珠の修復をしてくれるあたり、ユエはそれほど悪い妖怪ではないのかもしれない。というか、妖怪であっているのだろうか。人型をした獣の妖怪なんてはじめて見た。

 シャハラは長椅子に腰かけて、朝食を食べる。


 料理は皿の上できちんと半分に分けた。

 大盛にしてもらったが、やはり半分だと満腹まではいかない。

 食事を終え、シャハラはお茶を淹れると、木箱の中からアブダラを言い含めて買ってもらったお菓子を取り出した。よし、バクラヴァにしよう。


 すると、数珠の修復をしていたユエがくんくんと鼻を動かして顔を上げる。


「おい、俺様のもくれ」

「お菓子はわたしのだって言ったでしょ?」

「けちけちすんな。ああ、茶もな」

「だから、わたしのものだってば!」

「それをくれたら、あとでいいところに連れていってやる」

「…………いいところ?」


 なにそれ、ちょっと気になる。

 面白そうな雰囲気につられて、シャハラは少し考えると、わかったと頷いた。


「今日だけよ。今日だけだからね。今日だけ特別に、わたしのお菓子を分けてあげる」


 今日だけを何度も強調しながら、シャハラはユエのための茶とお菓子を準備する。

 しばらくして、数珠を見事に元通りにしたユエが戻って来た。つなぐだけなのにやけに時間がかかったようだ。


「よし、手を貸せ」

「手?」

「おう」


 手なんてどうするんだろうと思いながら両手を差し出すと、ユエがシャハラの左手を取って、その手首に数珠を通した。と。


「え?」


 しゅるしゅると数珠が小さくなっていき、ぴたりとシャハラの手首に巻き付いたではないか!


「ちょっ!」


 ぴったりしたブレスレットみたいに手首に巻き付いた数珠に、シャハラは思わず立ち上がって叫んだ。


「何すんのよ! どうなってるのよこれ!」

「母親の形見なんだろう? だったら肌身離さず持っていたいと思ってな。ついでに細工もしておいた。これでお前は俺様の子分だ」

「は……はあ⁉」

「いやあ、久々に細かい術を使ったから疲れた疲れた。その珠一個一個に彫りを入れて術をかけていくなんてちまちました作業、もう五百年もしてなかったからな。思った以上に時間がかかったぜ。お、今日の朝飯は美味そうだな」

「美味そうだな、じゃないから! 子分ってどういうことよ⁉」

「そのままの意味だが? その数珠に俺様との契約を込めて置いた。契約内容は、死ぬまで俺様の衣食住の面倒を見ると言うことだ。ちなみに、ある一定距離以上は俺様と離れなくしてある。感謝しろよ」

「感謝できるわけないでしょ⁉ 何してくれてんの!」

「大丈夫だって。距離はそこそこ広めにとってある。そうだな、俺様がこの部屋にいるとして、ここからこの町の外に出ない限りは効果は発揮されない。問題ないだろう?」

「大ありよ! ちょっとこれ元に戻して! 外して‼」

「やだ」


 ユエがぺろっと舌を出し、朝食を食べはじめた。

 その頭をぶん殴ってやりたくなったが、ぐっとこらえる。まずはこの腹立たしい「契約」とやらの効果が気になる。ユエを殴って自分に何か跳ね返って来るとか、危険なものはついていないのだろうか。


「同居は認めてあげたけど、これは認めてないわよ! 騙したわねっ!」

「天狐様相手に気を許すお前が悪い。教訓になったろ?」


 ぺろりと朝食を完食したユエがバクラヴァに手を伸ばす。

 指先についたシロップをぺろりと舐めて、シャハラの入れた茶を口にしたユエは、目をすがめた。


「苦い。三十点」


 やっぱり、その頭を殴ってやろうか。

 それとも、そのふわふわの耳を引っ張ってやろうか。


 シャハラは拳を震わせてぎりぎりと歯ぎしりをした。




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