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白砂のシャハラ~ハレムの千夜怪奇の物語~  作者: 狭山ひびき


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我儘狐の居候 5

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「出て行けと言われても、ここはわたしの部屋なんだけど」

「この部屋なら先住は俺だ。あとから来た分際で俺様を追い出そうなんぞ、百年早い」


(勝手に居座っているだけのくせに、偉そうね)


 だが、脅すだけで本気で食べようとして来ないので、人食いの妖怪ではないのだと思う。そうでなければシャハラはとっくに頭からかぶりつかれているだろう。


(ふふん、脅しならきかないわよ)


 シャハラは薄く笑い、その場にしゃがむと、彼の腕の下をくぐった。

 彼は壁に手をついたままの体勢で、不思議そうにシャハラのすることを見ている。

 シャハラは積み上げられた箱の中から、一番小さな箱を見つけると、その蓋をぱかりと開いた。

 中から出てきたのは、黒水晶を連ねた数珠である。これは法師だった母の形見の一つだ。


「出ていくのはそっちの方よ、狐さん。ここはわたしの部屋なんだから。とっとと出て行って、わたしの平穏で怠惰な日常の犠牲になってちょうだい!」


 数珠を片手に、シャハラは彼に向かって突進する。

 えいや、と数珠を彼の肩のあたりに押し付けた。

 確か母はこれで幽鬼を払ったことがあるのだ。シャハラは法師ではないが、きっと母の形見なら素晴らしい効果があるはず――と、思っていたのだが。


「ひんっ」


 ぴしっと狐からデコピンを食らったシャハラは情けない悲鳴を上げて額を押さえた。

 その隙に狐がシャハラから黒水晶の数珠を奪い取る。


「ちょ、返してよ!」

「お前、馬鹿だろう。確かに弱っちい妖怪ならこれで払えたかもしれないが、齢千年近い時を生きる天狐様に、こんなちゃちなもんが効くか。そもそも、これはただ押し付けるもんじゃなくて読経してだな……」


 なんで妖怪に妖怪の払い方を教えてもらっているのだろうか。


「うるさいわねっ! 返してよ! そして出て行って! わたしはここで、怠惰な食っちゃ寝生活を満喫する予定なんだからっ!」

「新参者のくせに何言ってんだ。ここで怠惰な食っちゃ寝生活をするのは俺だ。お前こそ出ていけ。なんで勝手に入り込んでるんだ。それに何だ、この荷物は。やたら甘いにおいもするし……って、おい、そこにあるのは飯か?」


 今ようやく気付いたのだろう。彼の目が木箱の上に置かれた配膳台に注がれる。

 シャハラはとっさに、その配膳台を置いた木箱を背中で隠した。


「これはわたしのご飯よ! あげないわよ、わたしだってお腹すいてるんだから!」

「全部とは言わないから半分よこせ。ちょうど厨房にでも盗みに行こうと思っていたところだ。ちょうどいい。ああ、酒はないのか?」

「だから、あげないってば!」

「それにこの甘いにおいは……菓子か。そっちの箱からだな」


 くんくんと形のいい鼻を動かした彼が、違う木箱の方にふらふらと歩いて行く。

 シャハラは先回りしてその木箱の前に立った。


「お菓子もあげないわよ! これはお父様を適当に言いくるめて買ってもらったわたしの戦利品なんだから!」

「ちょっとくらいいいじゃないか」

「駄目だったら! 厨房に盗みに行くんでしょ? 人のものを奪わずに自分の食い扶持は自分で――あー……」


 うっかり盗みを推奨しようとして、シャハラは口ごもった。

 そうだった。ここには怪異を解決するために来たのだ。自ら怪異の原因となる行動を推奨してどうする。きっと明日の朝はまた厨房が阿鼻叫喚の渦だ。それはまずい。


(どうしよう、困った……)


 シャハラは自分の食事もお菓子も目の前の男に提供したくない。

 だが、厨房へ盗みに行かせるわけにもいかないのだ。

 シャハラは顎の下に手を当てると、そのまま考え込んだ。

 そうしてしばらく考え込んだシャハラは、名案を思い付いてぽんっと手を打つ。


「よしわかった。ここから出て行ってくれたら、別のいい住処を教えてあげるわ。ここよりは劣るけど、なかなかいい場所よ。料理人の腕も悪くないから食事も美味しいわ。何より、そこの住人は臆病だから、ちょっと脅せば部屋を覗きに来ることはないはず――って、あんた何勝手に食べてるのよ‼」


 アブダラの邸の、自分が今朝まで暮らしていた部屋をおすすめしようとしたシャハラは、いつの間にか彼が配膳台に乗っている食事を食べているのに気づいて大声で叫んだ。


「ちょっと! 泥棒! それはわたしのだって言ったじゃない! 返しなさいよ! 返せーっ!」

「半分な、半分。まあ待て」

「待たないわよ! あーっ! 嘘つき! 何が半分よ! お肉全部食べちゃったじゃない!」

「代わりにこっちの野菜を進呈する」

「だからそれはわたしのものだってば!」


 シャハラが奪い返そうとすると、彼は配膳台を抱えて宙に浮かび上がった。天井が高いせいで、飛んでも跳ねても宙に浮かんでいる男の足先にすらかすりもしない。

 悔しくて地団太を踏むシャハラの目の前で、彼がばくばくと食事を続けた。

 そして、好きなものだけ食い散らかした後で、彼はシャハラに配膳台を返してくれた。野菜しか残ってない。むかつく。ちなみにシャハラから奪い取った数珠も配膳台の上に置いてあった。本当に効かなかったみたいで、思惑が外れたシャハラはがっくりと肩を落とす。


 ぶすっとしながら、シャハラは無言で残っている食事を胃に押し込んだ。早くしなければ残ったものも取られると思ったのだ。

 彼は、どこから取り出したのか、楊枝で歯の掃除をしながらじーっとお菓子の入った木箱を見ていた。奪われる危険を感じとって、食事を急いで胃に流し込んだシャハラは木箱の前に向かって前進でガードをする。


「うーん、気が変わった。よく考えてみれば、ここに人間の住人がいた方が食べ物にありつきやすい。女、この部屋に住むことを許してやるぞ。だからせいぜい、俺のために食事を運ぶんだ。ああ、もちろん酒もな。飛び切り強いやつを頼む」

「はあ⁉」

「じゃあよろしくな、同居人。ああ、同居祝いが必要だな。その箱の中の菓子を一通り、俺様に献上しろ、ほら」


 よこせ、と手のひらを差し出されて、シャハラの頭の中でぷちっと音がした。

 シャハラは手に持っていた黒水晶の数珠を大きく振りかぶり――


「ふざけんなーッ‼」


 勢いよく、男の顔にぶつけてやった。





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