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第七話 キャンプ 河野優


キャンプ場へ戻ると。

空気は完全に崩壊していた。


「火強っ!!」


「肉焦げた!!」


「皿どこ!?」


「鍋あふれる!!」


カオスだった。

江口は説明書を片手にコンロと睨み合っている。

西野は倒れたテーブルを無言で直していた。

安西達は野菜と格闘している。


誰も悪くない。


でも。

誰も全体を見ていなかった。



その中で。

一人だけ。

妙に落ち着いている女子がいた。


河野優こうのゆう


クラスでもあまり目立たない。

静かな女子だった。


河野は黙々と野菜を切っている。


速い。

しかも。

無駄がない。

包丁が止まらない。


安西が目を丸くした。


「え、もう終わったの!?」


河野は手を止めない。


「まだ途中」


「いや速っ」


周囲がざわつく。

だが。

河野は気にしない。


切り終わった野菜を置く。

鍋を見る。

火加減を見る。

空いた皿を並べる。

足りない場所へ自然に入る。


誰かに指示されたわけじゃない。


ただ。

そうした方が良いからやっているだけだった。



焦げそうな鍋を見て。

河野が言った。


「火強すぎる」


安西が慌てる。


「あ、ごめん!」


「先に野菜炒めて」


「肉は後」


「了解!」


誰も逆らわない。

というより。

自然と従ってしまう。


河野は別に偉そうじゃない。


ただ。

言っていることが正しい。

それだけだった。


陽介は少し離れた場所から見ていた。


「……何者?」


江口が笑う。


「今日それ何回目?」


陽介は真顔だった。


「だって普通に凄くないか?」


「料理できる人なんじゃね?」


「違う」


陽介は首を振った。


「料理だけじゃない」


「は?」


陽介は河野を見る。


鍋。

皿。

人数。

食材。


全部見ている。


「回してる」


「何を?」


「全部」


江口は意味が分からない顔をした。



その時。

安西が聞いた。


「優って料理好きなの?」


河野は少し考えた。


「別に」


「え?」


「弟と妹多いから」


サラッと言う。

周囲が止まる。


「兄弟何人?」


「五人」


数秒。

そして。


「お母さんじゃん」


爆笑だった。

河野が眉をひそめる。


「違うし」


「絶対長女じゃん」


「長女だけど」


「やっぱり!」


また笑いが起きる。

河野は少しだけ困った顔をした。


その時だった。

追加でヤマメを取っていた大山達が戻ってきた。

袋の中には山菜。


そして。

ヤマメ。


「うおっ!?」


「マジで取ったの!?」


「本当にいたんだ!」


クラスがざわつく。

大山は困ったように頭を掻いた。


「川魚だけど」


「“川魚だけど”で魚取れたら全員漁師なんだよ」


陽介が即座に突っ込む。

笑いが起きる。


大山が袋を置く。

河野が何気なく覗き込んだ。


「あ、タラの芽」


大山が顔を上げる。


「ん?」


「あとウド」


河野は普通に言った。

本当に普通に。

クラスが止まる。


「え?」


「分かるの?」


河野は逆に首を傾げた。


「見れば分かるでしょ」


「分からん」


即答だった。

河野は少し考える。


「そう?」


本気で不思議そうだった。


大山が言う。


「山菜、天ぷらにすると美味い」


河野は頷いた。


「香り強いからね」


二人とも普通の顔。


だが。

周囲だけが付いていけない。


「何の会話?」


「分かる奴同士で喋るな」


江口が呟いた。


「専門家会議だ……」


大山がヤマメを取り出す。

河野が見る。


「あ、ヤマメだ」


「……分かるの?」


今度は大山が聞いた。

河野は頷く。


「魚くらいなら」


クラスが静まる。

そして。


「魚くらいなら!?」


ギャルが叫んだ。

河野が少しだけ後ずさる。


「え?」


何故驚かれているのか。

本気で分かっていない顔だった。


大山が言う。


「俺、自分でやるけど」


河野はキョトンとした。


「知ってる」


「……」


「でも、せっかくだし」


河野はヤマメを見た。

それから。

鍋を見る。

人数を見る。

食材を見る。


「美味しく食べたいし」


自然だった。

まるで当然みたいに。


大山は少し黙る。

誰かと並んで料理することに。

あまり慣れていない顔だった。


河野は袖をまくる。

包丁を手に取る。

ヤマメをまな板へ置く。

安西が後ろへ下がった。


「待って」


「何?」


「できるの?」


河野は少し考えた。


「魚くらいなら」


またそれだった。

クラスがざわつく。

陽介は頭を抱える。


「このクラス」


皆が見る。

陽介は河野を見る。

大山を見る。

それから笑った。


「“くらい”の基準がおかしい奴多すぎるだろ」


河野は意味が分からない顔をしていた。

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