外伝 天野紬と江口真叶(後編)
部屋の中は静まり返っていた。
正座する江口。
その隣には雫。
二人とも神妙な顔をしている。
紬は腕を組み、完成した衣装を手に取った。
細かい装飾。
縫製。
仕上がり。
どこを見ても丁寧だった。
「私は。」
「こんなエロい衣装。」
「着ません。」
きっぱりと言い切る。
「はい……。」
江口も雫も素直に返事をした。
せっかく完成した衣装。
それでも着る人がいない。
部屋が静かになる。
江口がぽつりと呟く。
「もったいないなぁ……。」
雫も衣装を見つめる。
時間をかけて作った。
細かな飾りまでこだわった。
少しだけ残念そうに笑う。
「そうですね……。」
江口は腕を組み、少し考える。
そして何か思いついたように顔を上げた。
「それなら。」
「雫。」
「着てみようよ。」
雫は一瞬だけ衣装を見る。
口元が少し緩んだ。
「私ですか?」
江口を見る。
「似合うかな?」
二人とも。
ほんの少しだけ悪い笑みを浮かべていた。
その瞬間。
部屋の空気が凍る。
「……真叶。」
低い声だった。
江口の背筋が伸びる。
「はい。」
紬はゆっくり二人を見る。
「妹に。」
「変な提案するな。」
「はい。」
反論はできない。
雫も小さく肩をすくめた。
「雫。」
「はい。」
「外出て。」
「はーい。」
少し笑いを堪えながら部屋を出る。
パタン。
静かにドアが閉まった。
部屋には二人だけ。
紬はゆっくり椅子へ腰掛ける。
「さて。」
「真叶。」
「少し話そうか。」
江口は悟った。
今日は長い。
そこから。
紬の説教が始まった。
「私は忙しいって言ったよね?」
「はい。」
「だからって。」
「雫を巻き込む?」
「……はい。」
「しかも。」
「あんな衣装。」
「妹に着せようとする?」
「……すみません。」
紬は何度もため息をつく。
江口は最後まで一度も言い返さなかった。
どれくらい時間が経っただろう。
ようやく説教が終わる。
江口は正座したまま、ぐったりしていた。
「真叶。」
「はい……。」
「今後。」
「雫にコスの試着は絶対勧めないで。」
「はい。」
今度は迷わず返事をする。
紬は満足そうに頷いた。
ふと。
ベッドの上の衣装へ目を向ける。
完成度は高い。
雫らしい、とても丁寧な仕事だった。
衣装を手に取る。
じっと眺める。
少し笑う。
「ほんと。」
「エッチな衣装だよね。」
江口は黙っていた。
ここで余計なことを言えば、また説教が始まる。
それくらいは学習している。
しばらく衣装を見つめていた紬は、小さく息を吐いた。
「一回だけだからね。」
江口がゆっくり顔を上げる。
「この部屋で」
「写真はダメ」
「二人だけの時に」
少し照れたように視線を逸らす。
「……わかった?」
その言葉を聞いた瞬間。
江口の顔が一気に明るくなる。
「ツムツム。」
「ありがとう。」
「好き。」
紬は呆れたように笑った。
「はい、うるさい。」
その頃。
部屋の外。
雫は壁にもたれながら、小さく笑っていた。
「結局。」
「お姉ちゃんは衣装着るんだよね。」
最初から。
わかっていた。
お姉ちゃんは、なんだかんだ言って優しい。
でも。
それだけじゃないことも。
妹だから、分かっていた。
思い出し笑いをしながら階段を降りる。
「まな兄。」
「また怒られたなぁ。」
笑いが止まらない。
そんな日常を。
天野家では時々繰り返していた。
部屋の隅には、少しずつ増えていくコスプレ衣装。
ゲーム用。
イベント用。
試作品。
気が付けば収納箱がいっぱいになっている。
その山を眺めながら、江口がぽつりと呟く。
「よし。」
「コスプレ衣装の貸し出しやろうぜ!」
紬は間髪入れずに答えた。
「やらない。」
雫が吹き出す。
三人の笑い声が部屋いっぱいに響いた。
それが。
天野家の、いつもの日常だった。
終わり




