外伝 天野紬と江口真叶(中編)
数日後。
休日。
雫の部屋には、色とりどりの生地が広げられていた。
机の上には江口から預かった資料。
ゲームの設定資料。
キャラクターデザイン。
立ち絵。
細かな装飾まで描き込まれたデザイン画。
雫は一枚ずつ丁寧に目を通す。
「まな兄。」
「本気だなぁ。」
思わず笑みがこぼれる。
呉服店で育った雫にとって、服作りは特別なことではない。
それでも。
ゲームの世界の衣装を形にするのは新鮮だった。
生地を選ぶ。
型紙を描く。
布を裁つ。
ミシンを動かす。
少しずつ。
少しずつ。
キャラクターの衣装が形になっていく。
雫は作業の手を止め、出来上がり始めた衣装を眺めた。
「これ……。」
頭の中に浮かぶのは姉の姿。
「お姉ちゃんが着たら……。」
少し想像する。
そして。
「エロいよね。」
思わず一人で吹き出した。
「ふふっ。」
「絶対怒る。」
そう言いながらも、また針を動かし始める。
細かなレース。
飾り紐。
装飾の位置。
「ここはもう少し。」
「こっちの方が綺麗かな。」
作り始めると止まらない。
気付けば時間はあっという間に過ぎていた。
その夜。
江口のスマホが震える。
送り主は雫。
『ここまで出来ました。』
写真が一枚添付されていた。
江口はすぐに画像を開く。
「おぉ……。」
思わず声が漏れる。
想像以上の完成度だった。
『最高。』
『天才。』
すぐに返信する。
雫から返事が届く。
『ありがとうございます。』
『でも、お姉ちゃんにはまだ秘密です。』
江口はニヤリと笑う。
『もちろん。』
『作戦続行。』
メッセージを送り終えたあと、一人で笑ってしまう。
ゲームを作っている時とも違う。
締め切りに追われている時とも違う。
まるで子どもの頃、秘密基地を作っていた時のようなワクワクだった。
「なんか……。」
「楽しくなってきた。」
完全に変なスイッチが入っていた。
さらに数日後。
衣装は完成した。
雫は最後の糸を切る。
「できた。」
思わず笑顔になる。
丁寧に畳み、部屋へ運ぼうとした、その時だった。
「雫。」
背後から声がした。
紬だった。
「あ、お姉ちゃん。」
紬はベッドの上に置かれた衣装を見る。
視線が止まる。
「……。」
何も言わない。
ゆっくり近付く。
衣装を持ち上げる。
前から見る。
後ろから見る。
数秒の沈黙。
雫は冷や汗が止まらなかった。
「雫。」
「はい。」
「これ。」
「何?」
「えっと……。」
言葉が出ない。
紬は静かに衣装を畳み携帯を手にする。
「真叶、すぐに家に来なさい」
その声は驚くほど落ち着いていた。
「今すぐ!」
30分後。
紬の部屋。
江口と雫は並んで正座していた。
まるで職員室に呼び出された生徒だった。
紬は腕を組み、二人を見下ろす。
江口が恐る恐る口を開く。
「これはですね……。」
「真叶。」
「はい。」
一言で止められる。
江口は背筋を伸ばした。
雫も隣で小さくなる。
紬は完成した衣装を持ち上げた。
「私は。」
「こんなエロい衣装。」
「着ません。」
きっぱりと言い切る。
「はい……。」
二人の返事は綺麗に重なった。
その様子を見て紬は小さくため息をつく。
まったく反省しているのか。
していないのか。
そんなことを考えながら、二人を見下ろしていた。
(後編へ続く)




