外伝 安西ひまりと宮坂陸(前編)
卒業して数年。
安西ひまりはモデルを目指しながら、アクセサリー工房へ足を運んでいた。
モデルだけでは、まだ食べていけない。
だからといって夢を諦めるつもりもない。
もう一つの夢も、本気で追いかける。
そう決めていた。
工房の扉を開ける。
金属を磨く音が静かに響いていた。
「先輩、私にアクセサリー作り教えてください。」
作業していた先輩が手を止める。
「ひまり、久しぶり。」
「モデル目指してなかったっけ?」
ひまりは笑顔で頷いた。
「はい。モデルになりたいです。」
少し照れくさそうに笑う。
「でもまだ食べていけなくて。」
工房に並ぶ作品を見渡した。
どれも丁寧で、温かみがある。
「かわいいもの作りたいです。」
先輩はしばらく黙っていた。
そして静かに口を開く。
「働くのは良いけど。」
ひまりは姿勢を正す。
「ひまりが作った物は店には並べないよ。」
ひまりは少し笑う。
「そうですよね。」
「素人の作品を店に並べるわけには行かないですもんね。」
すると先輩は首を横に振った。
「勘違いすんな。」
ひまりが顔を上げる。
「モデルになるんだろ。」
「その時に自分のブランドを立ち上げろ。」
「そういう意味。」
ひまりは目を丸くした。
先輩は続ける。
「立ち上げたけど、商品ありませんじゃ笑えない。」
「販路も仕入れも技術も全て教えるつもり。」
真っ直ぐひまりを見る。
「私の弟子になるからには徹底的にやるよ。」
その言葉に迷いはなかった。
ひまりも真っ直ぐ頷く。
覚悟を決める。
モデルをしながらアクセサリー制作。
かなりしんどい。
表舞台と裏舞台。
両方やるということ。
だが、ひまりは楽しそうだ。
毎日が新しい発見だった。
撮影現場ではポーズを学ぶ。
工房では工具の名前を覚える。
モデルとして笑顔を作り。
職人として黙々と手を動かす。
疲れる。
でも楽しい。
そんな日々が続いた。
休憩中。
工房の隅に置かれたテレビを何気なく見る。
Jリーグ。
宮坂がスタメンにいる。
「先輩!」
「この宮坂って私友達なんです!」
「凄い!」
「テレビ出てる!」
先輩は思わず笑った。
「彼氏か?」
ひまりはすぐに首を横へ振る。
「違います。」
少し笑いながら答える。
「昔からただのスポーツバカです。」
そして少し誇らしそうに続けた。
「でも、みんなの自慢なヤツです。」
ひまりが笑う。
先輩はテレビの宮坂を見ながら頷いた。
「凄いな。」
その言葉に、ひまりもテレビを見る。
「私も早く活躍出来るようにならないと。」
先輩は作業台へ戻る。
「今は制作な。」
ひまりも笑う。
「はい。」
その時だった。
テレビ画面がニュースへ切り替わる。
『ニュース速報です。』
『Jリーグの宮坂陸選手がワールドカップの日本代表に選ばれました。』
『その時の様子です。』
画面にはインタビューを受ける宮坂が映る。
「嬉しいです。」
「全力で楽しんできます。」
その顔には不安がなかった。
高校時代と変わらない。
楽しそうな笑顔だった。
先輩が工具を置く。
「試合の日は休みでいいから。」
「応援してあげな。」
ひまりは嬉しそうに笑う。
「わかりました。」
少しだけ考えてから続けた。
「それ以外は全部勤務でお願いします。」
先輩も笑った。
「よし。」
それからも修行は続いた。
ある日。
ひまりに雑誌の仕事がきた。
自分の作ったアクセサリーを付けて、モデルをやる。
初めての仕事。
撮影中も何度もアクセサリーへ目が行く。
自分の作品。
それを身に着けてカメラの前へ立つ。
楽しい以外あり得ない。
それに明日は、宮坂の代表デビュー。
最高だった。
都会に仕事に来ているひまり。
雑誌の仕事は終わったが、そのままホテルに泊まる。
家へ帰ることもできる。
でも帰らなかった。
一人で大画面で見たい。
明日は宮坂デビュー。
準備は万端。
翌日。
テレビの前に座る。
飲み物も用意した。
スマホも充電した。
開始時間まで何度も時計を見る。
やがて選手入場。
試合が始まる。
宮坂のニヤニヤした顔が画面いっぱいに映る。
ひまりは思わず吹き出した。
「ウケる。」
高校の頃と何も変わっていない。
緊張している様子もない。
楽しそうだった。
前半。
先制は日本。
開始十分。
宮坂、デビュー戦で初得点。
「うわぁー!」
ホテルの部屋にひまりの声が響く。
思わず立ち上がる。
一人なのに拍手していた。
「やった!」
「やっぱり陸すごい!」
嬉しくてたまらない。
前半四十分。
追加点。
またもや宮坂。
「えぇ!?」
笑いながら頭を抱える。
止まらない。
解説も興奮している。
「ハットトリックに希望が持てそうですね。」
スタジアムは大歓声。
日本中が盛り上がる。
テレビの前で、ひまりは静かに笑った。
とても誇らしかった。
後半開始五分。
ゴール前。
宮坂がボールを持つ。
一瞬の勝負。
相手選手と激しく接触。
宮坂はその場へ倒れ込んだ。
足を抱えて動けない。
スタジアムがざわつく。
両チームの選手が集まり始める。
互いに声を荒げる。
乱闘が始まりそうになる。
その時。
倒れたまま宮坂が叫んだ。
「ストップ!」
周りの選手が動きを止める。
宮坂は苦しそうに息をしながら、それでも声を振り絞った。
「サッカーしましょう。」
静まり返るピッチ。
そのまま宮坂はタンカへ乗せられる。
ベンチではなく。
ロッカールームへ運ばれていった。
コーチが静かに首を振る。
交代。
ホテルの部屋は、さっきまでの熱気が嘘のように静かになっていた。
(後編へ続く)




