第四話 ヤンキー西野と柳下麟太郎
放課後だった。
パリーン!
教室に大きな音が響く。
一瞬。
全員が固まった。
窓ガラスが粉々に割れている。
誰かが蹴ったボールが、
勢いよく窓ガラスを貫通した?
静寂。
「やっべ……」
誰かが呟く。
教室の空気が凍った。
床にはガラス片。
転がるボール。
そして。
教室の端。
柳下麟太郎の顔が、
真っ青になっていた。
数分後。
担任がやって来た。
割れた窓を見る。
床を見る。
そしてため息を吐いた。
「誰だー?」
軽い声だった。
だが。
誰も答えない。
すると。
一番後ろの席から椅子が鳴った。
西野だった。
ゆっくり立ち上がる。
「……俺」
教室が静まる。
担任は西野を見る。
それから深いため息を一つ。
「お前ほんと不器用だな」
怒鳴らない。
でも少し呆れていた。
「校長室行くぞ」
「……うぃ」
西野はポケットに手を突っ込んだまま歩き出す。
誰も何も言わない。
担任も後を追う。
教室に沈黙だけが残った。
翌日。
西野は普通に登校してきた。
いつも通り。
眠そうな顔。
だるそうな態度。
昨日のことなんて、
何もなかったみたいだった。
でも。
柳下だけは違った。
顔色が悪い。
ずっと俯いている。
陽介はその様子を見ていた。
昼休み。
教室が少し騒がしくなった頃。
陽介は立ち上がった。
そして。
柳下の席へ向かう。
「なぁ」
柳下の肩が跳ねる。
「っ!」
陽介は椅子に腰掛けた。
「昨日から顔死んでるぞ」
柳下は答えない。
陽介も急かさない。
やがて。
小さな声が漏れた。
「……ごめん」
陽介は頷く。
やっぱりなと思った。
「お前だったのか」
柳下は俯く。
「ごめん……」
「西野が勝手に……」
そこで言葉が止まる。
陽介は後ろを見た。
西野は窓際で寝ていた。
放課後。
陽介は西野の席へ向かった。
「なぁ」
西野が片目を開ける。
「何」
「昨日」
「何が」
「柳下のやつ」
西野は視線を逸らした。
「別に」
陽介は少し笑う。
「お前、そういうの下手だな」
「は?」
「隠すの」
西野は面倒臭そうに舌打ちした。
しばらくして。
小さく言う。
「……昔、家近かったんだよ」
陽介は黙って聞く。
「母ちゃん仕事でいねぇ時」
「よくあいつん家いた」
窓の外を見る。
グラウンド。
部活の声。
夕方の空。
「カレーとか」
「唐揚げとか」
「馬鹿みてぇに出してくんだよ」
少し笑った。
「麟太郎の母ちゃん」
陽介は少し驚いた。
初めて名前で呼んだからだ。
西野は続ける。
「途中から俺グレたし」
「今あんま喋んねぇけど」
それから。
「……泣かすと後味悪ぃんだよ」
陽介は黙った。
それは本音だった。
「でもさ」
陽介が言う。
西野が見る。
「それでいいのか?」
「何が」
「柳下」
西野は眉をひそめる。
陽介は続けた。
「お前が怒られて終わり」
「丸く収まる」
「確かにそうかもしれない」
「でも」
「……」
「柳下は何も変わらないだろ」
教室が静かだった。
西野は何も言わない。
陽介は窓の外を見る。
「失敗したら怒られる」
「当たり前だ」
「でも」
「逃げたら次も同じだろ」
西野は黙っていた。
陽介は続ける。
「お前さ」
「責任感強いんだよ」
「……」
「だから被った」
「でも」
少し笑う。
「他人の成長の機会まで被るな」
西野が顔をしかめる。
「何だよその言い方」
「分かりやすいだろ」
「全然」
少しだけ。
二人とも笑った。
翌日の昼休み。
柳下が立ち上がった。
教室中が見る。
顔は真っ青だった。
でも。
逃げなかった。
「先生」
担任が振り返る。
柳下は頭を下げた。
「昨日の窓」
「俺です」
静まり返る教室。
担任は数秒黙った。
それから。
「ああ」
とだけ言った。
「放課後話そうか」
柳下は頷く。
少しだけ。
肩の力が抜けていた。
放課後。
夕陽が教室を染める。
窓際。
西野がジュースを飲んでいた。
陽介が隣に座る。
しばらく沈黙が続く。
それから。
西野が言う。
「……面倒なことしやがって」
陽介は笑う。
「褒め言葉だな」
西野は鼻で笑った。
「違ぇよ」
でも。
少しだけ機嫌は良さそうだった。
陽介は窓の外を見る。
面白そうな奴が。
また一人増えた気がした。




