第三話 ぬるぬるスクールパラダイス2
パタン。
教室の隅で、
ノートPCが閉じられる音。
周囲が少しざわつく。
「……今のって」
「え」
「もしかして」
小さな笑い声。
ヒソヒソ声。
窓際の江口の顔が、
みるみる赤くなっていく。
陽介は振り返った。
そして。
少しだけ笑う。
「……何のゲーム?」
江口が固まる。
教室も固まる。
長い沈黙後、消えそうな声で答えた。
「……ぬるぬるスクールパラダイス2」
静寂。
数秒後。
誰かが吹き出した。
「タイトル終わってるだろ」
教室に笑いが広がる。
江口は俯いた。
終わった。
そんな顔だった。
だが。
陽介は首を傾げる。
「2ってことは1があるんだな」
「そこ?」
隣の男子が突っ込む。
陽介は気にしない。
「面白いの?」
江口は答えない。
代わりに。
後ろから声がした。
「評判良いらしいよ」
北見だった。
ノートに落書きをしながら言う。
「お兄ちゃんがやってた」
江口が勢いよく振り返る。
「知ってるの?」
「タイトルだけ」
北見は肩をすくめる。
「2は良いって」
少し間。
「1は駄作だったらしいけど」
江口の顔が変わった。
「違う」
教室が静かになる。
「駄作じゃない」
「普通だったんだよ」
「普通?」
陽介が聞く。
江口は頷いた。
「よくある恋愛シミュレーション」
「ヒロイン攻略して終わり」
「それが1」
少しずつ。
声が大きくなる。
「でも2で全部変わった」
陽介が笑う。
「その前に」
「ん?」
「どんな話なんだよ」
江口は少し迷った。
それから口を開く。
「メイド養成学校の話」
教室が静かになる。
「未来のご主人様に尽くす理想のメイドを育てる学校」
「ほう」
「そこに女風科がある」
「女風科?」
「メイドの男子コースみたいなもの」
教室が吹き出した。
「意味分かんねぇ」
「もう怪しい」
「絶対ヤバいだろ」
笑いが起きる。
だが江口は気にしない。
もう話し始めていた。
「主人公はそこに入学した男子」
「そこでメイドを目指す女の子と出会う」
「恋愛するのか」
「夢を応援するのか」
「そういう話」
陽介が言う。
「普通に青春じゃん」
江口は少しだけ嬉しそうだった。
「だろ」
「ヒロインもみんな夢あるし」
「恋愛だけじゃないんだよ」
教室の空気が少し変わる。
タイトルほど馬鹿な話ではないらしい。
そんな空気だった。
江口は続ける。
「で」
「2で全部変わった」
「何が?」
「リアルタイム恋愛シミュレーション」
教室が静まる。
陽介が首を傾げた。
「何それ」
「携帯」
「ん?」
「ヒロインからメール来るんだよ」
一瞬。
教室が止まった。
そして。
笑いが起きる。
「何それ」
「怖ぇよ」
「やば」
江口は少しムッとした。
「いや違うんだって」
「本当に来るんだよ」
「授業終わりとか」
「放課後とか」
「イベント終わった後とか」
「急に相談とか来るし」
陽介が聞く。
「メール返せるの?」
「返せる」
「へぇ」
「返信内容で好感度変わる」
「おぉ」
「返すタイミングでも変わる」
陽介が少し驚く。
「マジで?」
「マジ」
江口は完全にスイッチが入っていた。
「だから気になるんだよ」
「気になる?」
「向こうで生活してる感じがするんだ」
教室が少し静かになる。
「ゲームやってる感じじゃなくて」
「本当にいる感じ」
「メール待っちゃうんだよ」
「来てるかもしれないし」
「イベント起きてるかもしれないし」
「だから学校でも開いちゃう」
陽介は笑った。
「それは見ちゃうな」
「だろ?」
初めて。
江口が笑った。
「どんなメール来るんだよ」
誰かが聞く。
江口は少し考えた。
「色々」
「例えば?」
「今から洗体実習です♡」
教室が吹き出した。
「何だそれ!」
「終わってる!」
「やっぱエロゲじゃねぇか!」
笑い声。
だが。
陽介だけは真顔だった。
数秒考えて。
机を叩く。
「それ超絶ジェラシーだろ」
教室が静かになる。
江口も止まる。
陽介は続けた。
「今から他の男に触りますって連絡だろ?」
「そう!」
江口が即答した。
「そうなんだよ!」
「嫌だろ!?」
「嫌なんだよ!」
「でも実習だから仕方ないんだろ!?」
「そうなんだよ!」
二人だけ異様に盛り上がる。
教室が少し笑う。
何だこいつら。
でも。
少し面白い。
そんな空気だった。
「他にも来るのか?」
陽介が聞く。
江口は頷く。
「失敗したとか」
「相談とか」
「今日こんなことあったとか」
「だから気付くと待っちゃうんだよ」
「なるほどなぁ」
陽介は本気で感心していた。
「それ考えたやつ天才じゃん」
江口は少し嬉しそうだった。
その時。
後ろから声が飛んだ。
「キャラ見せてよ」
安西ひまりだった。
江口が固まる。
「え」
「気になる」
「いや」
「今さら?」
ギャルグループが笑う。
教室も少し笑う。
江口は数秒迷った。
だが。
ゆっくりノートPCを開く。
画面にヒロインが映る。
少し沈黙。
そして。
安西が言った。
「え〜、めっかわじゃん♡」
隣の女子も覗き込む。
「ほんとだ」
「絵うまくない?」
「思ったより好きかも」
北見もちらりと見る。
「アニメ化するらしいしね」
「そうなんだよ!」
江口が反応する。
「今度やるんだよ!」
教室の空気が少しだけ変わる。
もう誰も。
最初みたいな顔はしていなかった。
変なやつなのは変わらない。
でも。
ただの変なやつではなかった。
放課後。
教室には数人しか残っていない。
陽介は窓際へ向かった。
江口はノートPCを開いている。
「またぬるスク?」
「違う」
画面を見る。
文字だらけだった。
キャラ設定。
分岐構成。
イベント案。
演出メモ。
メール文案。
びっしり書かれている。
陽介は目を丸くした。
「うわ」
江口が慌てて画面を隠す。
「見るな!」
「何これ」
「別に」
「ゲーム作ってんの?」
「違う」
即答だった。
だが。
少し間を置いて。
「……真似してるだけ」
と呟く。
陽介は笑った。
「十分すげぇだろ」
江口は黙る。
陽介は画面を見る。
好きじゃなきゃ無理だ。
ここまで掘れない。
ここまで考えない。
陽介は本気でそう思った。
「お前さ」
江口が顔を上げる。
「好きなものの話してる時だけ目ぇ輝いてるぞ」
「……うるさい」
「良いことじゃん」
陽介は笑った。
「好きをそこまで掘れる奴って」
「普通にかっこいいと思う」
江口は固まった。
そんなことを言われたことがなかった。
しばらく黙っていたが。
やがて小さく言う。
「……変なやつ」
陽介は笑う。
「褒め言葉だな」
夕陽が教室へ差し込む。
窓の外では、
運動部の声が聞こえていた。
陽介は窓際の席に腰掛ける。
面白そうな奴が。
また一人見つかった気がした。




