第二話 二年三組 北見葵
春。
新しいクラス表の前は、
人で溢れていた。
「マジかよ同じクラスじゃん!」
「終わった、知り合い少ねぇ……」
「担任あいつかよ」
笑い声。
ため息。
スマホのシャッター音。
期待と不安が、
廊下いっぱいに混ざっていた。
参上陽介は、
少し離れた場所からクラス表を見上げる。
二年三組。
そこに並ぶ名前。
知らない。
……いや。
知っているはずなのに、
ほとんど思い出せなかった。
西野。
御影。
安西。
北見。
江口。
名前だけが並んでいる。
陽介は少しだけ眉をひそめた。
「二年三組か」
なんとなく覚えている。
でも。
それだけだった。
「どうした?」
隣の男子が聞く。
陽介は首を振った。
「いや」
少し考えてから笑う。
「楽しみだなって」
「気が早ぇよ」
それはそうだった。
教室。
新しい席。
新しい担任。
新しい空気。
まだ誰も、この教室に居場所を作れていない。
机を整える音。
プリントをめくる音。
遠慮がちな笑い声。
窓際には、
ノートPCを開いている男子。
前の席には、
もう教科書を読んでいる女子。
後ろでは、
ギャルグループが盛り上がっている。
一番後ろの窓側。
ガラの悪そうな男子が、
机に突っ伏していた。
そして教室中央。
陽介だけが、
やたらキョロキョロしていた。
「……何してんの?」
隣の男子が聞く。
陽介は小声で答えた。
「観察」
「怖ぇよ」
「ほら」
陽介は窓際を見る。
「あのパソコンのやつ」
「陰キャじゃん」
「何か隠してる」
「は?」
「絶対面白い」
意味が分からない。
次に前を見る。
「あのガリ勉」
「怖そう」
「声通るな」
「は?」
「教えるの上手そう」
「知らねぇよ」
後ろを見る。
「あのギャル」
「うるさいだけだろ」
「盛り上げようとしてる」
「どこ見てんだお前」
最後に。
一番後ろ。
突っ伏したヤンキー。
「あいつ声デカそう」
「寝てるぞ」
「良い声してそう」
「判断基準どうなってんだよ」
陽介は本気だった。
本気で人を見ていた。
その時
後ろから声がした。
「……あんたが一番変」
陽介が振り返る。
黒髪の女子。
眠そうな目。
机の上にはノート。
何かを描いている。
陽介が覗き込む。
「ん?」
女子は少し嫌そうな顔をした。
「勝手に見るな」
「気になるだろ」
「変なやつ」
そう言いながら、
女子はノートをこちらへ向けた。
そこには教室の落書き。
ギャル。
ガリ勉。
パソコン男子。
寝てるヤンキー。
そして中央。
やたらキョロキョロしている陽介。
一番変な顔で描かれていた。
陽介は数秒黙る。
それから吹き出した。
「似てる」
隣の男子も見る。
「めっちゃ似てる」
「変なとこだけ」
女子は少しだけ笑った。
それからシャーペンを回しながら言う。
「北見葵」
「ん?」
「名前」
少し間。
「北見だよ。よろしくね」
陽介は少し目を丸くした。
それから笑う。
「参上陽介」
「知ってる」
「まだ名乗ってないぞ」
「席表見たし」
「ちゃんと見てるな」
北見は肩をすくめた。
「人のこと言えないでしょ」
陽介は吹き出した。
確かにそうだった。
ホームルーム。
担任が教室へ入ってくる。
「席着けー」
ざわつきが収まる。
担任は出席簿を開いた。
「高校二年生は今しかないからな」
教室が静かになる。
「ちゃんと楽しめよ」
陽介は少しだけ笑った。
担任も面白そうだった。
「じゃあ自己紹介するか」
一気に空気が重くなる。
誰もこういうの得意じゃない。
前から順番。
名前。
部活。
好きなこと。
拍手も小さい。
窓際の男子の番。
少し緊張しながら立ち上がる。
「江口です……」
少し間。
「ゲーム好きです」
それだけ。
座る。
微妙な空気。
だが。
陽介だけは頷いていた。
「良い」
「何が」
「好きなものあるやつ好き」
「ハードル低すぎんだろ」
次。
御影栞
「勉強は嫌いじゃないです」
声が通る。
教室が少し静かになる。
隙がない。
姿勢も綺麗。
陽介が呟く。
「やっぱ声良いな」
「どこ見てんだよ」
次。
安西ひまり。
「ネイル好きでーす」
急に空気が明るくなる。
後ろで友達が笑う。
教室も少し笑う。
陽介が嬉しそうだった。
「ほら」
「何が」
「空気変わった」
「分かんねぇよ」
次。
北見葵。
「漫画描いてます」
それだけ。
座る。
陽介が振り返る。
北見も振り返る。
少しだけ笑う。
最後。
一番後ろ。
担任が呼ぶ。
「西野」
ゆっくり顔が上がる。
教室が少し静かになる。
怖い。
デカい。
目つき悪い。
西野は立ち上がった。
「……西野だ」
それだけ。
座る。
終了。
空気が凍る。
だが。
陽介だけが笑っていた。
「声デカいなぁ」
「そこ?」
「才能だろ」
意味不明だった。
ホームルーム終了。
休み時間。
少しずつグループが出来始める。
知り合い同士。
部活同士。
近い奴同士。
そんな中。
陽介だけが教室を見回していた。
江口。
御影。
安西。
北見。
西野。
さっきまで名前だけだった奴らに、
少しずつ輪郭が出来ている。
ゲーム好き。
勉強好き。
ネイル好き。
漫画好き。
怖いヤンキー。
全然バラバラだった。
陽介は思わず笑った。
「うわぁ」
隣の男子が振り向く。
「何だよ」
陽介は頭を掻いた。
「もったいねぇ」
「は?」
陽介は教室を見回した。
「こんな面白そうなクラスに」
「俺いたんだなって」
隣の男子は首を傾げる。
「意味分かんねぇ」
「俺も」
陽介は笑った。
でも。
少しだけ本気だった。
その時だった。
パタン。
教室の隅で、
ノートPCが閉じられる音。
周囲が少しざわつく。
「……今のって」
「え?」
「もしかして」
小さな笑い声。
ヒソヒソ声。
窓際の江口の顔が、
みるみる赤くなっていく。
陽介は振り返った。
そして。
少しだけ笑う。
「……何のゲーム?」
江口が固まる。
教室も固まる。
長い沈黙。
やがて。
消えそうな声で答えた。
「……ぬるぬるスクールパラダイス2」
静寂。
数秒後。
陽介が言った。
「絶対面白い」
江口の顔は、
さらに真っ赤になった。




