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第一話 25歳の夏祭り


夏祭りだった。

人が多い。

屋台の灯り。

焼きそばの匂い。

遠くで聞こえる太鼓の音。


子供の頃は、

それだけで楽しかった。


高校の頃も、

結構好きだった気がする。


でも。


二十五歳になった今は。


「……暑ぃ」


参上陽介みかみようすけは、

人混みを歩いていた。


浴衣のカップル。

騒ぐ高校生。

子供を肩車する父親。


みんな楽しそうだった。


陽介は一人だった。


毎年そうだ。

別に約束している相手がいるわけでもない。

彼女がいるわけでもない。

友達と来るわけでもない。


ただ。


毎年なんとなく来る。


理由は分かっていた。

誰かに会える気がするからだ。


高校の同級生。

部活の仲間。

昔の知り合い。


誰か。

誰でもいい。


「あれ、陽介じゃん」


そう声を掛けられる気がして。

毎年来る。


でも。


誰もいない。


ここ数年は、

本当に誰もいなかった。


陽介は境内の石段を上る。

途中で、すれ違う顔を見る。


知らない。


知らない。


知らない。


知らない。


ふと。


「……名前、思い出せねぇな」


高校のクラスメイト。

何人覚えているだろう。


十人?


いや。

もっと少ないかもしれない。


顔は浮かぶ。

でも名前が出てこない。


名前は出る。

でも顔が浮かばない。


そんな奴ばかりだった。


「ひでぇな」


自分で笑う。

あんなに毎日会っていたのに。

卒業したら、ほとんど消えてしまった。


屋台の前を通る。


焼き鳥。

たこ焼き。

かき氷。


何も買わない。

毎年そうだった。


祭りに来る。

歩く。

帰る。

それだけ。


楽しいわけじゃない。

でも来てしまう。


境内へ着く。

人で溢れている。


賽銭箱の前。

陽介は立ち止まった。


いつもなら通り過ぎる。

神頼みなんてしない。


でも。


今年は少しだけ違った。

ポケットから小銭を取り出す。


百円玉。


投げる。


カラン。


小さな音が響いた。

手を合わせる。

何を願うか考える。


仕事。

金。

健康。


別に困っていない。


だから。


口から出たのは。


「……もう一回会いてぇな」


誰と。

自分でも分からない。


でも。


会いたかった。


名前も思い出せない誰かに。

笑い声だけ覚えている誰かに。

あの頃の馬鹿みたいな時間に。


陽介は少し笑った。


「何言ってんだ俺」


願い事をして。

階段を下りる。

祭りは続いている。


でも。

陽介だけが少し取り残されていた。



帰宅。

ワンルーム。


コンビニ弁当。

シャワー。

スマホ。


特に通知はない。


陽介はベッドへ倒れ込み、天井を見上げる。

静かだった。


「……つまんねぇな」


別に不幸じゃない。

仕事もある。

飯も食える。

生きていける。


でも。

何かが足りなかった。


昔はもっと。

毎日が面白かった気がする。


誰かがいて。

笑って。

馬鹿やって。


あっという間だった。


どこで間違えたんだろう。

陽介は目を閉じる。


眠気が来る。

意識が沈む。


最後に浮かんだのは。

祭りの灯りだった。



目が覚めた。

眩しい。


カーテンの隙間から、

春の日差しが差し込んでいる。


「……ん」


陽介は身体を起こした。


違和感。

夏じゃない…。


知らない天井。

いや。

知っている。


見覚えがある。


机。

本棚。

制服。

高校時代の部屋。


陽介は固まった。


数秒。


いや。

十秒くらい。


頭が止まる。


「……は?」


机の上のスマホを見る。


日付。

四月。

高校二年生。

始業式の日。


陽介はしばらく黙っていた。


それから。

ゆっくり天井を見上げる。


「……マジ?」


心臓が速い。

夢じゃない。

頬をつねる。


痛い。

本当に痛い。


しばらくして。

陽介は笑った。


小さく。

それから段々大きく。


「ははっ」


「マジかよ」


あり得ない。

意味が分からない。


でも。

一つだけ思った。


今年の夏祭りは。

一人じゃないかもしれない。


陽介は立ち上がる。


制服を掴む。

そして窓を開けた。


春の風が吹く。

空は高かった。


「……面白くなってきた」


そう言って。

参上陽介は高校二年生をもう一度始めることになった。


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