第十話 御影と自習と勉強会
七月。
教室の空気は死んでいた。
「終わった……」
「数Ⅱが読めん……」
「英語長文、暗号?」
期末テスト一週間前。
梅雨の湿気。
暑さ。
そして絶望。
二年三組は、
完全に追い込まれていた。
そんな中。
御影栞だけは、
いつも通りだった。
黙々とノートをまとめている。
姿勢が良い。
字が綺麗。
迷いがない。
陽介はその姿を見て笑った。
「今日も近寄りづらいな」
御影は顔も上げない。
「うるさい」
昼休み。
江口が机に突っ伏していた。
「赤点見えてきた……」
河野が苦笑する。
「まだ一週間あるじゃん」
「一週間しかないんだよ」
宮坂は元気だった。
「何とかなる!」
「お前はな」
即座に総ツッコミが飛ぶ。
放課後。
残った生徒達はさらに悲惨だった。
「無理だ……」
「補修だけは嫌だ……」
「夏休み潰れる……」
その言葉に。
陽介が反応した。
「それはダメだ」
みんなが見る。
陽介は真顔だった。
「夏休みは遊ぶ」
「知らん」
「補修で不参加とか認めん」
「何目線だよ」
陽介は教壇を指差した。
「御影」
御影は即答する。
「嫌」
「まだ何も言ってない」
「どうせ勉強会」
「正解」
御影は露骨に嫌そうな顔をした。
結果。
勉強会は始まった。
黒板。
問題集。
ノート。
御影の声。
「だからここは公式覚えるんじゃなくて」
「意味を理解するの」
江口が死にそうな顔をする。
「先生怖ぇ……」
「聞こえてる」
江口が黙った。
だが。
前より空気はずっと良かった。
「ここ分からん」
「それ前やったとこだろ」
「宮坂、静かにしろ」
「応援してるだけじゃん!」
「うるさい」
教室が少し笑う。
柳下が手を挙げる。
「ここってどうなるんだっけ」
御影が説明する。
大山が横から補足する。
「あ、そういうことか」
柳下が頷く。
河野がペットボトルを配る。
「休憩しなよ」
自然だった。
誰も頼んでいない。
でも。
気付けばそうなっていた。
陽介は教室の後ろから眺めていた。
御影が教えている。
江口が質問している。
宮坂が騒いでいる。
大山が補足している。
河野が飲み物を配っている。
西野はなぜか一番真面目にノートを取っていた。
陽介は少し笑う。
その時。
北見が言った。
「なんかさ」
みんなが見る。
北見は少し考えてから言った。
「キャンプん時みたい」
教室が少し静かになる。
「あー」
宮坂が頷く。
「分かる」
河野も笑った。
「みんなで何かやってる感じ?」
江口も頷く。
「結局あの時も全員働いてたしな」
大山が言う。
「山の中のがやる事シンプルだけど」
「マタギ基準で話すな」
笑いが起きた。
御影は黒板の前で、
その様子を見ていた。
少し前まで。
ただのクラスメイトだった。
でも今は違う。
誰かが分かれば。
皆で喜ぶ。
誰かが困れば。
自然に人が集まる。
そんな空気ができていた。
陽介がパンッと手を叩く。
「よし」
「何」
「全員補修回避したら」
「夏休み遊び倒すぞ」
教室が沸いた。
「おー!!」
「海!!」
「祭り!!」
「花火!!」
御影はため息をついた。
でも。
少しだけ笑っていた。
夕陽が教室を照らしていた。
騒がしい声。
開いた問題集。
黒板の数式。
夏休みまであと少し。
二年三組は、
今日もいつも通り全力だった。




