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6話 叛逆③

骨羽の鋭く伸びた爪が俺へと迫る中、俺は目を閉じる。

一瞬の集中の後、過去の記憶を呼び起こし、骨羽に対して感情を共有した。


俺が共有したものは、言わずもがな苦痛と恐怖、それもさまざまな感情の絡み合った大きな苦痛と恐怖だ。


その刹那の後、骨羽の悲鳴が鳴り響き、骨羽の爪による攻撃は、俺を外れて地面へと深く突き刺さった。


さらに、骨羽はその右腕を地面から引き抜くと、左腕で右腕を抑えながら、数歩後退りした。


(なんなのよ…。なんなのよ…これは…どうして私に痛みが来るの?何もされていないはずなのに!)


骨羽は、悪魔にしては知性があるとはいえ、深い知性は保有していない。


自分の身に何が起こっているのかを察するのは、骨羽にとっては難しいものだった。


(どうした?痛いか?お前のこれまでやってきたことだぞ?)


俺の思いが骨羽に届くと、骨羽は憤怒の表情を浮かべていた。


(ようやく分かった…。こいつは敵、なのね。少なくとも、方法はわからないけれど、私に痛いと思わせることができる…それだけは理解したわ。)


俺は骨羽の感情を読み取ると、薄く笑みを浮かべた。

この感情は、なんだろうか。

骨羽のことは本気で恨み続けてきたうえに、全く好きなどといった感情は存在しない。


にも関わらず、こいつが俺を敵だと認めたことが伝わって来た時、俺は自分の心が高揚するのを確かに感じた。


(ずっと強者だと思っていたものに認められて嬉しいってやつかね?そんなバトルジャンキーみたいな性格してなかったはずだが…)


俺は、この世界に来てからの自分の変化に気付くが、まあそんな場合でもないと切り替える。


骨羽の右腕は、引きちぎれるほどではなかったものの、腕半ばまで引きちぎられた後のような見た目になっていた。

黒い霧と血液のようなものが漏れ出ていた。


(おおう、それにしてもなんであいつ怪我まで負ってるんだ?)


俺は、骨羽の身に起きた変化に驚くも、好都合とばかりに、再び次は右目を握り潰された時の感情を骨羽へと送り込んだ。


骨羽の絶叫が、この空間を包み込む中で、俺は薄ら笑いが止まらなかった。


骨羽の右目は、右腕同様に、再び黒い霧が噴き出した。


(どうしたよ?ほら?俺を殺すんじゃなかったのか?)


骨羽は、右腕で左腕を抑え、右目は瞑り、右膝から崩れ落ちるように跪いた。


(こ、殺したいわよ。当たり前じゃないの!こいつの能力は一体なんなのよ!私に触れもせず、どころかこいつは動いてもいないじゃない!この私がこれほど傷を負うなんて、こいつは一体何をしたというの!?)


骨羽の心の驚愕と困惑が伝わってくるが、俺の感情は動かなかった。


苦痛と恐怖よりもまだ、動揺が、骨羽の1番の感情だと伝わってきたからだ。


(まだまだ足りないようだな。まあ俺の味わった数え切れないほどの苦痛の欠片程度しか与えていない。次はもっと濃縮してやるよ。)


骨羽の怯んでいる間に、俺は体の一部を傷つけられた時の感情ではなく、数時間に及ぶ1日分の拷問により傷つけられた時の感情を骨羽へとぶつける。


今回の骨羽の変化は、これまでとは比にならないほど大きなものであった。


千切れかけていた右腕は、本当に千切れて地面へと落ちた。

両目からは黒いガスが噴き出し、全身がズタズタに傷を負う。


「ギィィィィィァァァァァ!!」


長い長い絶叫。

絶叫しきると、骨羽は息も絶え絶えに、見えていないであろう両目で俺を見つめていた。

その骨羽の顔に張り付いた表情は、骨羽自身、気付いているか分からないが、これまで俺が浮かべていた表情そのものであった。


(痛い痛い!!苦しい!!痛い!!痛いわよ!!何も見えない!何が起きてるのよ!!なんなの?一体何をされているの?私は…。こんなはずじゃない!!こんなはずじゃないのよ!!これじゃ…まるで私がこいつの…玩具…のような…)


夥しいほどの骨羽の苦痛が俺へと伝わった後、驚愕と困惑から次第に俺に対する畏怖へと変わっていく感情が伝わってくる。


俺はその感情の変化を感じ取り、再び俺の中に強い悦びに近い感情が生まれているのを感じた。


(あはははは。ようやく面と向かってお前のその表情を見ることができたよ。ずっと見たかったんだ、俺を恐れるお前の顔を。)


(なんなの!私の邪魔をしないでよ!私は音を聴くの!またあの音を何度でも!私の心を踊らせるあの音を聴くのよ!!)


骨羽の拷問、いや悲鳴に対する中毒は、大した領域に達していた。

骨羽の今味わったであろう濃密な苦痛と恐怖は、並の精神力なら耐えられないだろうことは容易に想像がつく。

それにも関わらず、その苦痛と恐怖すら、音に対する中毒により覆してみせた。


骨羽の身体に及んでいる傷は、致命傷に近いであろうほどである。


怪物である俺たちは、ある程度身体に再生力があるが、それでも不死ではない。

骨羽が殺さないよう細心の注意を払って傷付けてきたから、俺は死なずに済んだだけだ。


骨羽は、これ以上俺に傷付けられれば、容易にその命を散らすであろう。


強烈な痛み、苦しみ、そして死の恐怖すら、一瞬で覆す音に対する中毒。

それはもはや骨羽が完全に壊れている証とも言えるほどの加虐中毒者であった。


(たいしたイカれ野郎だ。けど、俺の望んでいた姿じゃないな…。おい、イカれ野郎。お前が俺の拘束を外すと言うのならば、命だけは助けてやるぞ?)


骨羽は、俺の気持ちが伝わってくるが、どこか違和感を覚えているようであった。


(拘束を外した後に殺すつもりなんだろう!今お前が伝えてきた気持ちには、嘘があるように感じたぞ!)


俺は、骨羽の気持ちを受け取ると、両目を深く瞑って、ため息を吐いた。


なるほどな…。

俺の感情が伝わると言うことは、嘘まである程度伝わってしまうということか。まあ、制御次第なのかもしれないが、少なくとも今の俺にはそれができないようだ。


俺は、一度頭を整理すると直ぐに骨羽に返答した。

(だがならばどうする?俺は動けなくてもお前を殺せるんだ。少なくともお前が拘束を外さなければ、俺はお前を殺すだけだぞ。しかし拘束を外せば殺すと決めていた気持ちも変わるかもしれない。)


俺の判断では、骨羽の知能は低い。

ある程度俺の感情に嘘があると伝わっても、化かし合いなら人間だった俺が負ける要素はないはずだ。


(本当に助けてくれるんでしょうね!?)


骨羽は、直ぐに俺の提案に心が揺らいだようだった。

それもまた、音を聴く、という下らない気持ちの延長線上で、なんとしても生きたいだけなんだろうが。


(約束はできないが、お前に選択肢などあると思うな。外さなければ今直ぐお前を殺すだけだ。)


実際のところ、この拘束を外してくれるまで殺す気などない。

今の俺にとって一番厄介なのは、骨羽が逃げ出すことだ。

逃すくらいならば、結局俺は能力で骨羽を殺す。

そうなれば、拘束から抜け出せない日々が続くことになる。

まあ、これだけ困惑しているのならばそれほど心配する必要もないだろう。


それにしても、何と滑稽な姿だろうか。

俺たちに拷問を繰り返す時、いや自分が上の立場だった時は、あれほどに調子に乗っていたのに。

自分が下になった瞬間、なんと無様なことか…。


気付けばあれだけ恐れていたはずの骨羽を俺は見下していた。

そして、その優越感に、見下ろす快感に心が支配されそうになる。


そして、その結果俺に気づきが生まれてくる。


そうか、俺はこいつにこんな風に見えていたのか。

地面に転がされ、世界に慣れる間もなく、痛みに震える日々。

こいつは、今の俺と同じ目で俺を見ていたのだろう。

なるほど…な。


これは麻薬だ。

他者を見下し、優越感に浸る。

たったこれだけのことが、生物をここまで壊すのだ。

感情とは、なんて恐ろしいものだろうか。


(わ、分かったわよ…。私はあなたを解放するわ…。けれど身体がある程度再生するまで待ってちょうだい!私なら直ぐに再生するから。)


(再生してから妙な動きをしたら直ぐに殺す。分かったな?)


(分かっているわよ!もうあなたに私が勝てないことは認めたわよ!)


骨羽が俺を完全に上位の存在として認めた。

その瞬間俺の心が、この世界に来てから最も高揚しているのを感じた。


そうか、俺は俺を証明したかったのか。

こんなものじゃない、と。

俺は、こんな仕打ちを受けていい存在じゃないと。

こいつに俺の存在証明をしたかったんだ。

つまり前世からの承認欲、いや俺のプライドは、変わらず高いままであるということだ。


だが、俺はこいつのようには壊れない。

この世界でこそ、俺の存在証明を今度こそ果たしてみせる。


俺は、この時初めて、この世界での生きる意味を実感していた。

正直生まれ変わったとはいえ、こんな人でもない化け物の身体に、外は危険ばかりだろう。

生き伸びても価値などあるのだろうか、とすら思っていた。


骨羽に殺してもらうことすらできず、絶望し、骨羽に復讐することだけを誓って生きてきた。


しかし、どうやら俺はこの世界でも生きる気力も目的もできるようだ。


なぜなら俺は化け物相手にでも、認められれば喜ぶことができているのだから。


そんな俺の想いには骨羽は気付かないし、気付けない。


骨羽の身体中から、黒いオーラが漏れ出していき、みるみるうちに骨羽の身体が癒えていく。


これが骨羽が、自分なら直ぐに再生すると言っていた理由なのだろう。

おそらくこれが、骨羽本来の能力のようなものだ。


身体能力も高く、化け物にしては知性も高い。

さらにはこんな再生能力まで持っているのだ。

これまでは、さほど苦労することがなかったのだろう。

これだけ偉ぶるのも仕方ないというものだ。


骨羽は、俺の見つめる中あっという間に傷を再生してみせた。


骨羽が息を乱しながらも、ゆっくりと立ち上がる。


(拘束を外せば良いのよね?)


その骨羽の問いには、さまざまな感情がのっていた。

不安、疑念、恐怖、期待などのあらゆる感情が俺に伝わりながらも、その一言となって俺には伝わる。


(ああ、そうすれば生かしてやるよ。)


今度の俺の気持ちは嘘偽りのない感情であった。

骨羽は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべるも、直ぐに安堵した表情になった。


(ありがとう…。)


骨羽から俺に伝わってくる感情は、嘘偽りのない感謝の気持ちであった。


それがどうしようもなく、今の俺には気持ちの悪いものに感じられ、吐き気すら催した。


骨羽は、不意打ちなどすることなく、俺を拘束していた鎖のようなものを断ち切った。


拘束から解放された俺は、ゆっくりと立ち上がると骨羽を見つめた。


それに骨羽は、一瞬身体を硬直させると少し後退した。


(な、なによ…。これで良いんでしょう?生かしてくれるんでしょう?)


(ああ、これでやられる相手の気持ちが少しは理解できただろう?)


俺の問いに、骨羽は、本当に戸惑ったような表情を浮かべた。


(もしかして、私に音を鳴らすな、なんてことは言わないわよね?)


骨羽は、意外にもすんなりと俺の問いの意味を理解し、問い返してきた。


(鳴らすなって言ってんだよ。これからは普通に生きるんだな。)


俺は、意外にも骨羽に対する復讐心みたいなものが薄れてきているのを感じていた。


少なくともこれまでよりも、心は軽やかで少しだけ晴れている気すらしていたのだ。


しかし、骨羽には本当の意味では俺の気持ちなど伝わっていなかった。


(無理よ!私の一番の楽しみだもの!これが奪われたら生きている意味なんて私にはないのよ!)


力強い骨羽の返答を聞いて、あるゆる骨羽の想いが俺へと伝わってくる。

そうして俺は、自分の中での矛盾に気付くことになる。


骨羽の行為に対するこれまでの恐怖や、憎しみが消えたわけではない。


それなのにこいつのこれほどまでに、音に執着する気持ちが多少なりとも理解できてしまう自分がいる矛盾。

決して理解などしたくないのに、理解できてしまう。


そこまで頭を整理することができて、ようやく気付いた。

ああ、そうか…こいつは、前世の俺に近い存在なんだ。


こんな世界で、意思疎通の方法もまともにない。

それなのに知性だけは多少あり、他者よりも能力が高い。

そして、それがこいつを天狗にしたのだろう。

こいつは、前世の俺同様に他者に自分の凄さを認めさせたかったのか。


だからこそ、他者に対して拷問という方法で、自分の下に置き、無理矢理にでも自分の強さを誇示し、自分という存在を高い存在に押し上げようとしたのだろう。


だけど、今だからこそ分かる。

前世での失敗を通じて、前世の自分が間違っていたことは、痛いほど理解したつもりだった。

けれども、俺の欠点は、他者の気持ちを理解できないこと、などではなかったんだ。


俺が他者の気持ちを理解しようとすらしていなかった、それだけの話だったのだろう。


文明が発展し、法に守られた社会が存在するあの世界では、俺はこいつほど過激な方法を取ることができなかっただけだ。


世界が違えば、俺のような歪んだ存在は、こいつと同じような方法で自分の承認欲を満たそうとしていたかもしれない。


その事実に気付いてゾッとするとともに、骨羽に対する憐れみのような気持ちも出てきた。


そして、ようやく答えが見えた気がする。


前世からずっと正解することができなかった答えが。

結局のところ、前世の俺は答えを見つけることができなかったために、自死という道を選んでしまった。


しかし、俺は自分の中で抽象的だが答えを得た。

『他者を落とすのではない、自分を高くするだけ』という答えだ。


他者を落として生まれる感情は、きっと妬みや憎しみばかりなんだ。

自分を高めていくうちに、自然と認められるしかない。


そんな誰もが知っているような答えを、ようやく俺は、身を持った経験として、自分の中で再認識することができた。

承認欲とは、能動ではなく、受動で満たすものであるということを。


受動で満たすために、他者から凄いと思われる存在にならなくてはならないし、なろうと努力をしなければならなかったのだ。


俺は、骨羽の目をじっと見つめた。

骨羽は、俺を見て訝しげな表情を浮かべていた。


俺はゆっくりと自分の感情を骨羽へと送った。


(お前は、やはり生きていてはならないな。)


様々な感情を、想いを込めた言葉であった。

能力である以上、ある程度俺の想いが骨羽へと届いているはずだ。


しかし、それでもやはり骨羽は、変わらない。

(ふざけないでよ!言うこと聞いたでしょう!!早く私の城から出て行ってよ!)


骨羽は、前世の俺と同じような存在だ。

骨羽の気持ちが俺は多少なりとも、理解できたし、今でも理解できる。


ただ、これは俺の過去への精算でもある。


過去の自分を断ち切るためにも、俺は骨羽を殺す、骨羽という自分の過去から目を逸らさないために。


(さよならの時だ。)


俺は、いろいろな想いをのせて、骨羽へと言葉を投げかけた。

骨羽の表情は、すぐさま怒りに満たされた。


(ふざけないで!私はまたあの音を聴くの!あの快感に酔いしれるのよ!!)


そう、どれだけ語ってもこいつは止まらないだろう。

既に承認欲を満たす中毒に陥っているのだから。

ここまでこいつが壊れる前に、こいつを止めてくれる者がこの世界には、存在しなかった。


骨羽という存在が生きていた時に、どれほどの悪意をこの世界に撒き散らすのか。

そして、その悪意がまたどれほど膨大な新たな悪意を引き起こすのか、ということまで、俺には、分かってしまうから。


それは俺が前世で経験したことでもあるが、この世界ではそれがより暴力的に、加速度的に進んでしまうことだろう。


ここで、前世の俺を止めてやらなくてはならない。


骨羽が、俺から背を向けて走り出した。

逃走の意思を明確に示し、プライドの塊とすら言えるであろう骨羽が、歯向かう意思すら示さなかった。


俺の存在が認められた証ともいえるのだろうが、先ほどまでとは違い、それほど大きく俺の感情は揺れ動かなかった。


もう今の俺は、押し付けるだけの存在証明が間違っていることに気付いたから。

いや、骨羽が気付かせてくれたから、だ。


俺の過去の拷問されていた時の感情、骨羽の城という名前の洞窟内で拷問されていた者たちの感情。

あらゆる武器になるであろう苦痛や恐怖といった感情を骨羽へと向けた。


走り出していた骨羽は、すぐさま悲鳴を上げて動きを止めることとなった。


全身から黒いガスを噴き出し、悲鳴と苦痛の声を撒き散らす骨羽を前にしながらも、俺の心は穏やかであった。


『精算』という言葉に尽きる。

俺は過去の自分を振り切るため、そして過去の自分の被害者をこの世界でまで出さないため、力の限りを使って骨羽を殺していく。


洞窟中に悲鳴が響き、骨羽の身体からも止まることのない黒いガスが噴き出す。


程なくして、骨羽の身体は全て黒いガスとなり、塵となって、孤独な支配地の中で消え去っていった。


ポツリポツリと洞窟内に黒い塵が舞い落ちる中、吹くはずのない風が俺を通り抜けた気がした。


俺は、骨羽の消えゆく姿を見て、少しだけ感傷に浸るのだった。

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