7話 声
俺は、骨羽の黒い塵となり、地面に落ちている姿を眺める。
(俺たちは死ぬとこうなるのか…。)
この世界で初めて死を目の当たりにして、俺は長めに息を吹き出した。
それはなんとなくの行動であった。
俺は、塵となった骨羽を右手で掬ってみた。
右手から塵がホロホロとこぼれ落ちていく。
その光景を眺めていると、骨羽の記憶が俺の頭へと流れてくる。
骨羽の生きてきた証のようなものが流れてくる、そんな感覚であった。
そんな中、俺の触れた塵は、地面に落ちた後、黒い光のようなものになって俺の身体へと流れてくる。
骨羽の記憶、それは全てではない断片的なものに過ぎなかったが、興味深いものであった。
数多くの異形の怪物達の光景が流れてくる。
その悲鳴も、死にゆく姿も。
骨羽のやったことは、本当に生を軽んじた愚かな行為だと、前世からの記憶が訴えかけてくる。
だが、同時にこんな世界では仕方がないと骨羽を擁護したくなる気持ちも芽生えていた。
俺は、地面に落ちた塵をどんどん右手で掬うと、それは次々に俺に黒い光となって入ってきた。
記憶もそれと同時に流れ込んでくる。
繰り返していると、俺は「ギョエッ」と声を上げることになる。
その記憶には、今の俺には信じられない光景が存在した。
(人!?人間!?どうみても人だ!!)
骨羽の記憶には、姿形が明らかに人と遜色のない者と交戦している記憶があった。
(信じられない…こんな世界に…人が?)
地獄のような世界だと思っていた中に、希望に近い感情が湧き上がってくる。
認識して程なくして、俺は喉からこぼれ落ちる声が我慢できなかった。
「ギョエエエエエエ!!」
と大声で叫ぶと、その喜びに身体を震わせた。
しかも、人と思わしき存在は強かった。
事実骨羽は、苦戦をした結果、二人組の人に逃げられている。
戦闘力も高いのだろうが、驚くべきはその巧みな逃走であった。
とはいえ、おそらく数は少ないのだろう。
骨羽の数十年は生きてきたであろう記憶の中で、人と出会ったのは、今のところたったの二人しか存在しなかったからだ。
最後の一欠片ともいえる記憶の中で、再び俺は希望のようなものを垣間見る。
(人?いや角が生えている…?)
骨羽の記憶の中に、人と遜色のない見た目にも関わらず2本の角の生えた者が存在した。
そして骨羽が、恐れその存在から逃げ出す姿も。
呼吸が、動悸が早くなるのを感じながら、一つの考えが浮かんでくる。
(もしかして俺たちが進化した姿?)
そんな考えが、いや妄想に近いものだ。
あまりに荒唐無稽な、そんな縋りたくなるような妄想を抱いてしまう。
その妄想が形となって俺の中で認識された時、声にならない声が漏れ出てくる。
骨羽の記憶の状況からいって、あの角の生えた人は、間違いなく上位存在。
プライドの高い骨羽が、一瞬で逃げることを選ぶほどの。
そんな存在が、角の生えた人のような姿をしているのだ。
そんな淡い妄想だって浮かんだって仕方ないだろう。
(俺だって可能ならばいつかは人に戻りたい…。)
この世界で転生して直ぐに、地獄を知り、諦めていた願いだ。
しかし、姿だけでも人に近づくことができるのならば…。
俺の感性は未だに前世のものだ。
怪物達を見て美しいなんて感性湧かないし、視界に映る自分の醜い腕や足を見て嫌悪感だって抱く。
そりゃ…こんな記憶を見れば、妄想くらいしてしまうだろうが。
(期待しすぎても仕方ない。あわよくば、くらいの気持ちでいよう。だが、まあ。新たな目標もできたな。)
呼吸と同期が落ち着いた先で、いったん俺は深呼吸をした。
はやる気持ちを落ち着けて、これからのことを考えることにする。
さてどうしたものだろうか。
どう動くべきか。先ずはこの洞窟内にいる俺と同様に拘束されていた怪物達をどうするか、だ。
俺の能力が戦闘面でかなり使えることは、確信に至ったが、まだこの世界を一人で生き抜く自信までは存在しない。
ようするに『仲間が欲しい。』
怪物のような姿をしていようがなんだろうが、彼等は俺と同じ苦しみを、文字通り俺と共有してきた者達だ。
彼等となら、俺は嫌悪感なく仲間にすることができるかもしれない。
とはいえ、仲間という概念を理解し、俺についてきてくれるかどうかは分からない。
幸い俺には相手の感情を読む事ができるため、不意打ちのような裏切りを受けることは防げると思う。
まあ、仲間になってくれるよう訴えかけてみるしかないか。
俺は、感情共有能力を全開で引き出してみる。
どのくらいの範囲で届くか、どのくらいの人数にまで届くかは分からない。
まだ骨羽以外の者に感情共有を試したことがないから。
感覚的な問題では、距離的には結構遠くまでいける気がしている。
骨羽に感情共有する際、洞窟内の大まかな位置を感覚的に理解することができていた。
おそらくファンタジーでよくある魔力的な何かを感じることができるのか、知っている人物ならどこにいるか近ければ感覚的に意識すれば認識することができる。
そのうえで、洞窟内でそこそこ離れた位置にいる骨羽にも感情共有できていたことから、距離は数百メートルはいけそうだ。
あとは、一人ずつ勧誘するべきか否か。
可能であれば同時にやりたいが…。
俺は、一旦試しにやってみることにする。
この周辺にいる生命反応の及ぶところに、感情を届ける。
俺の気持ちを全てのせるつもりで、俺の感情を飛ばした。
(聞いてくれ。君らに知性があるかは分からない。だが、君たちは今まで苦しんできたはずだ。)
俺は、そこで一度ゆっくりと目を閉じて、これまでの自分が骨羽にやられてきたことを思い出し、共有する。
(その気持ちは、俺にも分かる。今俺の感情が、記憶が届いているものには、分かるだろう?俺も君らと同じ、絶望を経験した者だ。苦しかっただろう?骨羽が憎かっただろう?諦めてしまっていた者達もいるだろう?)
そこで俺は、ゆっくりと目を開けると、矢継ぎ早に感情をのせて言葉で表現する。
それは日本語だが、きっと俺の言葉の意味がわからなくても、理解してくれるだろう。
骨羽の感情が、言葉として理解でき、会話できていた時点で、きっと伝わってくれる。
(けれども、絶望を経験した者達よ、もう一度立ち上がる勇気はあるか?勇気がある者は、俺の仲間になってくれ、頼む。こんな世界で個が生き残るのは難しいんだ。)
俺の右腕に力が込められる。
眉間に皺が寄り、全身が強張るのが分かる。
こんな身体になっても、俺の感情によって肉体はしっかりと反応を示していた。
ここで、怪物達が何の反応も示さないならば、俺がどんなに言葉を投げかけようと…。
俺が相手の反応を待ち、不安を覚えていると、一つの反応が返ってくる。
(あれがいる限り、何を言っても無理だよ。拘束だって外せないし、逃げ出すこともできないよ。)
寂しげな、全てを諦めたような感情が届く。
あれという言葉で届くが、骨羽を浮かべた映像が俺の脳裏を通り抜けていく。
俺は、ふっと小さく笑みを溢した。
(骨羽は、俺が倒した。もう死んだんだ。何も怖がる必要はない。後はもう一度君たちが立ち上がることができるのかどうか。それだけだよ。)
すると直ぐに多くの者から反応が返ってくることとなる。
(なんだって!?あいつが死んだ!?)
(もう拷問されないの!?)
(嘘はやめて欲しい…。期待をもたせないで。)
反応は様々であったが、どの反応にも隠しきれない動揺と安堵の感情が紛れていた。
俺は、その反応に彼らの強さを垣間見る。
(嘘なんてついていない。後で俺の仲間になってくれる者の拘束は外しに行く。そこで判断してくれても良い。聞きたいのは、俺の仲間になる気があるのか!?ないのか!?それだけだ!)
俺は、言い切ると再び目を瞑り、彼らの反応を待つ。
一瞬の静寂だった。
静寂が過ぎ去った瞬間、膨大な量の感情が流れてくる。
俺の信憑性、自分の選択肢、骨羽の存在などのあらゆる情報をそれぞれが考えている思考が流れてくる。
くっ…。
なんだこの情報量は…。
普段はこんなに相手の感情が、考えが何でも伝わってくるわけじゃないのに。
俺は、あまりの情報量にふらつき、片膝をついた。
右腕で顔を覆い、目を瞑り、情報過多による脳のダメージに耐えていると、一つの反応が返ってきた。
(俺は仲間になるぞ!!)
たったの一体、決断の声が俺に届く。
しかし、その後にはなかなか続かなかった。
懐疑心が拭えず決断できない者、骨羽の恐怖に未だ怯える者、俺のことをホラ吹きだと考え怒り出す者などの感情が好き放題に送られてくる。
俺は、多少の苛立ちを覚えた。
(あーーもう!うるせえ!!信じられない者がいるのも仕方ない!けど、これ以上待つつもりはない!今決断しろ!仲間になるか!ならないか!仲間になる者は助ける!仲間にならない者は助けない!それだけだ!俺の仲間になる者は、声を上げろ!これが最後の機会だ!!もうここで立ち上がらない者は、置いていく!)
情報過多による頭痛にも耐え、こちらは我慢しているというのに、ネチネチとした感情が送られてくることにムカついてきていた。
俺は情報過多がきつく、一旦感情を送るのをやめた。
その瞬間、それまで届いていた様々な感情が突然途切れた。
「ガァガァ…。」
俺は、息を乱しながら両手を地面についてしまう。
そこで俺は、自分の能力についての仮説が一つ思い浮かぶが、思考の端に飛ばした。
今はそんなことはどうでもいいんだ。
そんなことより、一思いに自分の感情をぶつけてしまったが、良かっただろうか。
俺が不安に駆られていると、一体の怪物の叫び声が洞窟内に響き渡った。
「グオオオオオォォォオオ!!」
長く、大きい、くぐもった声であった。
それと同時に伝わってくる感情は、恐怖ではない。
(俺は行くぞ!!立ち上がる!!声の主よ!ありがとう!俺に立ち上がる機会を!この地獄から助けてくれて!!)
紛れもない、奮起と感謝の声であった。
俺はその歓喜の声に、安堵する。
少なくとも一体は俺の仲間になってくれる。
それがこの世界でどれほどにありがたいことか。
俺は、リンクを切った場合に、強い感情のみが俺に届いている状況を再確認し、先ほど思いついた仮説が正しいことを確信する。
叫び声が洞窟内に響き渡った後、数秒間の静寂。
結局のところ声は一つのみ、か。
俺は、早々に諦め声の聞こえた方へ歩き出そうとした時、また新たな叫び声が聞こえてくる。
「ブオオオオオォォォ!!!」
何とも下品で醜い叫び声だった。
前世の自分が聞けば、気味の悪さで身震いしていたところだろう。
しかし今の俺には…全く別の感情が芽生えていた。
再度その叫び声の者から、強い感情が流れ込んでくる。
(俺もやるぞ!!そしてこの怒りを…ぶつけようのなかった憎しみを燃やす機会をくれた者よ、ありがとう!!)
この世界に対する憤怒と感謝の声であった。
二体目の叫びの直後、三体目の声が洞窟内に響き始める。
そして、まだ三体目の声が鳴り止まぬ中、四体目、五体目…とどんどんと洞窟内に様々な叫び声が鳴り響き出していた。
元人の感性である俺には、絶対に美しい声に聞こえるはずがない、醜いはずの多くの叫び声が洞窟内を包む。
地響きすら起こり始める中、俺には彼らの叫び声を聞きながら、美しいとすら思っていた。
奮起、憤怒、生への執着、感謝などの種類は様々だが、俺に対する肯定的な感情を包んだ叫び声は、俺にとっては心地の良いものであった。
まるでオーケストラを聴いているかのような、そんな心地よさを覚えるなかで、俺は気付く。
自分の口角が、これ以上ないほどに歪んでいることに。
(これだ…。俺に対する純粋な肯定、称賛。やはり俺は、自分を認めてくれる者を求めている。それにどうしようもなく気持ちよさを感じてしまう。)
声の波及は、しばらく止まることはなかった。
新たな声の連鎖が止まらぬ中、一度叫び終わった者が再度叫ぶという連鎖まで起き、洞窟内は尋常ならざる熱気を帯びていた。
「グギャギャギャギャ!!」
俺は、大声で笑った。
怪物として転生してから、声を出すたびに自分の声に嫌悪感を感じていた。
けれども、今だけは何も感じない。
それどころか、彼らの声に近い自分の声に初めて愛着を覚えた。
(ああ、悪くないな…。)
この声、感情、熱、洞窟内を包むあらゆる情報が俺を肯定している。
俺を肯定する仲間たちと共に、この声達を導く者として、どこまでも強く…。
俺は、この地獄を強く、強かに生きてやる。
彼らは、下級悪魔。
だが、ただの下級悪魔ではない。
骨羽が集めたのは、知性と感情の芽生えていた者達。
この洞窟は、骨羽の歪んだ欲望の末の偶然。
だが、その偶然がやがて魔界を揺るがす存在になる。
骨羽は知る故もない。
自分が何を遺してしまったのかを…。




