4話 叛逆①
この地獄の時間が始まってどれくらいの月日が流れただろうか。
長い長いトンネルで、未だに出口の明かりは見える影すらなかった。
体感的には数年間は経ったのではないだろうか、と思っているが実際にそれが正しいかどうかも分からない。
苦しみの中で正確に時を把握するなど不可能だ。
単になんとなくの物差しでしかない。
それに俺の中で一つの結論が出た。
この身体は、頭が狂い、おかしくなることすら許してはくれないのだ、と。
前世の自分のことが頭をよぎる。
俺は、誹謗中傷に耐えきれず、プライドを捨てることができずに自死を選んだ。
こんな馬鹿げた地獄を耐え切れるほど俺は強かっただろうか。
いや、俺は本来ならとっくに狂っていてもおかしくないと思う。
にも関わらず、俺はこの地獄を耐えており、なんなら慣れのようなものも覚え始めている。
相変わらず痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。
けれども、前よりも容易に耐えきれてしまっている。
しかもどこかこの状況で冷静になってしまっている自分がいるのだ。
諦めといえば、説明は簡単だが、それだけではない気がする、これも感覚的なものではあるのだが。
今日も骨羽が近付いてくる。
俺は、俺を拷問するこのふざけた怪物のことを骨羽と名付けて心の中で呼んでいる。
骨羽は、近付いてくるなりいつも通りに拷問してくる。
俺は、この特に変わり映えのしないただ痛めつけるだけの拷問に慣れてきていたが、初めの頃と変わらないほど、努めて悲鳴を上げる。
「ギィィァァァ!!ァァァ」
(良いわねぇ。今日も良い音を出すわ、この玩具は。まだまだ使えるわねぇ。)
なんなら初めの頃よりも強く声を上げている。
なぜならこいつが、声を上げなくなった者を殺していることに気付いたからだ。
それは、周りの他の拷問されている連中で確認済みだ。
流れてくる感情から、俺は確信に至っている。
この痛みによるものの拷問に慣れるまでに時間はかかったが、それが良かった。
慣れてくる頃には、生への執着が生まれていたからだ。
もし生への執着が生まれる前に、俺が慣れてしまっていたらきっと死を選んでいただろう。
今では、この逃れられないと思い込んでいた地獄から、なんとか脱出できないかと考えるほどには、前向きになっていた。
しかし、この骨羽は本当に腹立たしいやつだ。
それぞれの怪物が苦しむ声を聞いて快楽を覚えてやがる。
その快楽の感情まで流れ込んでくるし、まるで自分が快楽をそれに覚えているかのような錯覚まで覚えさせられる。
本当に、本当に不愉快なやつだ。
俺の右腕が、骨羽の爪によって引き裂かれる。
「ギィィァァァ!」
俺は叫びながらも、骨羽のことを睨みつけていた。
(というか、感情を入れるだけじゃなくて、こいつに俺の感情を与えることはできないのか?)
本当に思いつきだった。
痛みに慣れ、自分のだけでない周囲の苦痛の感情にも慣れつつあったからこそ、思いつけたことだった。
こんな簡単なことすら思いつかないほどに、俺は冷静でなかったのだろう。
思いつきだが、自分の感情を骨羽に与えるようにイメージすることにした。
今まさに愉悦の表情を顔に貼り付けた骨羽が、次に俺の左腕を切り裂こうと右腕を振り上げていた。
その時、俺は骨羽に向けて、今感じている自分の強い感情を心の中で念じた。
すると俺の感情が、少しだけ骨羽へと向かったのが感覚で分かった。
骨羽は、ゆっくりと目を見開いて動きがピタリと止まった。
その後直ぐに骨羽は、俺の思いつきが成功したであろう明確な反応を指し示してくれることとなった。
「ガァァ!」
骨羽は、小さく悲鳴を上げ、右腕を抑えながら少し後方へと下がった。
(なんなのよ、今のは。急に右腕に強い痛みが、それによく分からない感情が…。)
骨羽の驚き、苦痛に歪む顔。そして骨羽の俺が共有した痛み、苦しみ、恐怖などの感情に戸惑う感情まで流れ込んでくる。
骨羽が俺の顔を見る目が鋭く睨むような視線に変わっていた。
(この玩具が何かした?いいえ、ありえないわよ。これまで何年も良い音を鳴らすだけの玩具だったんだもの!)
骨羽と俺の視線が交わると、お互いに思考の渦に入っており、冷ややかな空気が流れていた。
(これが、使い方か、なかなか使えるじゃないか。ただ感覚的にはもっと痛みを恐怖を与えることができるはずだ。俺は、まだこの力を使いこなせてるとは言えないな。)
骨羽の視線が、睨むような視線から、俺を訝しむような視線へと変わる。
(罰が悪いわね、別の玩具で今日は遊ぼうかしらね…。)
骨羽が俺を君悪がっている感情が、そして考えが言葉としてイメージが伝わってくる。
それに俺は少しだけ安堵していた。
(まだ力をうまく使いこなせない。ここで俺がやったと確信されてたら殺されていただろうからな。)
骨羽は、俺への拷問を止め離れていく。
俺はその姿を蔑んだ目で眺めていた。
(それにしても、この程度で引くのか。普段あれだけのことをやっているにも関わらず。もし気付かず拷問を継続していたら、俺は今日のところは我慢しているつもりだったんだがな。)
俺はこれからのことを思考立て始めていた。
(まずこの力を攻撃に使えるようにもっと制御をコントロールしないとな。その上でじっくりとお前を追い詰めてやる。お前が俺にやったように恐怖に狂わせてやるよ。精々俺の手のひらで踊りやがれ。)
この世界に来て、初めてだったかもしれない。
自然と俺の口角が僅かに上がっていることに気付く。
(なんだ、俺も楽しんでしまってるじゃないか。まあ良い、あいつに関してだけは、絶対に許さない。必ず、殺す…。)
俺にとって、殺す、と本当に殺すつもりで明確な殺意を持ったのは、前世も含めても初めてのことだった。
だが、そこに何の抵抗も躊躇もなく、その未来を想像するだけで自然と笑みが溢れてくるほどであった。
これからのことを想像していると、再び別の場所から悲鳴が聞こえてくる。
そして悲鳴と共にその者の苦痛と恐怖が俺の中に入ってきた。
(この俺へと共有された別の者の感情も、他者に与えることができるのか?)
再び俺の中に一つの閃きが訪れた。
もう俺は、答えに近付いている、そんな全能的な感覚に支配されそうな愉悦すら覚える。
俺は、直ぐに実行に移すため、今流れ込んできた感情を骨羽へと流すイメージを浮かべる。
するとまた俺の中の感情が離れた場所へ飛んでいく感覚が訪れた。
それと同時に、骨羽の「ガァァ!」という小さな悲鳴と感情もまた俺の元へと届く。
(なんなのよ!今日は!何で私が痛いのよ!)
俺は、他者の共有された感情も与えることができると確信した。
そこで、骨羽の感情を共有した瞬間、またその感情を骨羽へと戻すイメージを浮かべる。
「ガァァ!」
(痛い!なんでよ!私がこの城の主人なのよ!私が何で痛いと感じてるのよ!)
骨羽の小さな悲鳴と感情がまた聞こえてくる。
そこに俺は、喜びや愉悦といった感情を覚えながら、深く笑みを作る。
(これなら無限に与える練習ができそうだ、もっと深く深く俺の感情を骨羽に与えられるように、精度を高めていく。とことんまで追い詰めてやるよ。)
そこからの生活は、楽しいものであった。
当然俺に拷問にくる骨羽に対して、悲鳴を上げ、苦痛を味わされた。
その際俺が、骨羽に苦痛や恐怖などの感情を与えている存在だとバレないよう能力は使わない。
そのため、これまで通りに長時間の拷問を受けることになるが、これまでの何の仕返しもできていなかった時間とは感じ方が違った。
苦痛は感じつつも、この苦痛を直ぐに骨羽にも与えることができる。
そう思えば、もっとやるならやれ、とさえ思えたほどだった。
痛みを共有する際は、拷問されている相手のタイミングを逐一変えた。
妙な疑いをそれぞれにかけられないためだ。
疑いをかけた者が殺されても、感情の共有が終わらなければ、他の者を疑うだろう。
しかし、どの相手がそれを行なっているのか分からないのであれば、骨羽は自分の玩具を無作為に殺し回ることはできないだろうと判断してのことだった。
結果として、直近で捕縛され拷問を受けていた者が殺されることとなるのだが、俺の知ったことではなかった。
申し訳なさがないわけではないが、優先順位の問題であった。
自分の命と骨羽に対する復讐、これ以上の優先順位など俺には存在しなかったからだ。
とにもかくにも俺はそれからの日々というもの、感情共有の力を磨いていくことに心血を注いだ。
なるべくダイレクトに深く痛みを、苦しみを、憎しみを、恐怖を、とそれぞれの感情を伝えられるようにスキルアップを計っていたのだ。
その結果、日に日に俺の感情共有の力は増していくのを感じていた。
そしてその途中で新たな発見もあった。
ある程度強力な感情共有を繰り返して、骨羽の苦痛な叫びを聞きながら遊んでいると、突然感情共有ができなくなるタイミングがあったのだ。
時間と共にまた感情共有できるようになるのだが、一度使えなくなると数時間は再使用できなかった。
考察でしかないが、俺はこの能力を使う際には、いわゆるテンプレ的な魔力のようなエネルギーを使用しているのではないか、と考えている。
だからこそ、途中で急に使用不可になるのだ。
それに途中で気付いたことだが、俺が感情共有をする際に、俺の身体を包む光のようなものが出ているのだ。
まるで、骨羽が俺に黒い弾丸を撃った際の光のように、俺のも黒い光であった。
俺は、あれをこの世界での魔力のようなエネルギーだと思っている。
感情共有や怪物が存在する世界だ、今更摩訶不思議であろうが、疑うよりも目の前の現象に重点をおいた方が余程合理的だという判断だ。
また感情共有を使っている際に、一つ疑問に思っていたことがあった。
これまでに俺が感じた、そして共有されてきた過去の感情を与えることができないのか、という疑問だ。
実際試してみて、本当に驚いた。
昔の感情も使用することができた。
そしてその際に嫌な事実に一つ気づく。
俺の記憶力がとても優れている、ということであった。
メリットでもあるが、この拷問されてきた記憶をいつでも思い出そうとすれば感情ごと思い出せてしまうのだ。
これも感情共有の能力の一種なのかもしれないが、昔の感情を引き出そうとするのはなかなかに辛いものだった。
特に自分の味わった初期の苦しみの感情だ。
他者から流れてくる断片的な苦痛や恐怖の感情とは違う。
痛みに対する慣れもなく、純粋に死を望むほどの苦痛を味わっていた自分の感情を正確に思い出せてしまうのだ。
それは、今拷問を受けることよりも遥かに自分の精神へとダメージを与えた。
昔の記憶を呼び出そうとする際に感じる苦痛により、今の俺ですら演技ではない本気の呻き声が出るほどだった。
しかしこれもまた、骨羽に復讐する際には有効だと思う。
様々な検証を重ねていく中で、俺は感情共有で骨羽を殺せる未来が見えてきていた。
最近の骨羽は、相変わらず拷問に勤しんでいるが、どこか懐疑的だ。
いつ襲ってくるか分からない自分への苦痛や恐怖などの感情に怯えながら拷問している。
(そろそろだな…。)
俺は骨羽に対する復讐を近々決行することを決意する。
これまでの探り探りのスキル探りではない。
とことんまで骨羽を痛めつけ、狂わせることを誓う。
魔力量の足りなさは、技量で補える。
何度もいろんな感情を共有しようとするから魔力の消費が激しいのだ。
俺が最も辛かった時期のダイレクトな痛みと恐怖の感情だけいくつか制御して瞬間的に与える。
俺が長時間に渡って味わってきた拷問の時間を濃縮してぶつけられるのだ。
何故かは分からないけど、失敗する気だけはしなかった。
これまでの苦労の積み重ねで、精神的に強くなったのだろうか。
根拠のない自信だが、この感覚に俺は身を委ねようと思う。
骨羽が、俺の味わった苦しみの一片でも味わって死んでいってくれることを祈る。
(精々、良い音を響かせろよ、骨羽…。)
その未来を想像して、俺は不気味な笑みを浮かべ、口角が鋭く上がるのだった。




