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2話 悪魔

転生した事実に、本来なら喜ぶべきなのだろうが、まさか異形の怪物に生まれ変わることになろうとは…。


新しく人生をやり直せるという喜ばしい事実に本当なら歓喜に打ち震えるべきところが…もはや人生ですら無くなってしまった。


「クキャキャ…。」


ハハハッ…と乾いた笑いが漏れ出た感覚にも関わらず、自分の発する言葉は耳障りの悪い気色の悪い声だ。


正直信じられない現実に打ちのめされそうだ。


まあ、何はともあれ現状把握に努めるしかないだろうな。


何となく、自分の見た目からしても、この世界が安全なものとは思えない。


俺のような存在がそこら中にいるのなら、弱肉強食の世界なのかもしれないからな。

突然俺を襲ってくるものもいるかもしれないし。


まずは、安全な場所というか隠れる場所の確保と、自分の新しい身体でできることの確認をしなくてはならない。


俺はとりあえず、妙な身体に鞭を打って歩き出した。

足取りは重い。

現実の辛さもそうだが、慣れない身体を動かすこと、そして危険な場所かもしれないという緊張感が、俺の足取りを重くしているのだ。


気合いを入れるしかないのだが、どうにも上手くいかない。


「カァ〜…。」


長いため息を吐き出すと共に、不安や心配事も一緒に吐き出す。


俺はゆっくりとその場から、行くあてもなき歩みを始めたのだった。



荒野を歩くこと10分くらいで直ぐに、異形の怪物を発見する。


体全体が細長い影のように黒く、地面を這いずるように動いている。

頭部からは蛇のように複数の触手が生えており、目は小さいが光を吸い込むように暗く、表情は読めない。

動くたびに不気味な音が地面に反響しており、俺に対してとんでもない不快感を与えていた。


(き、きもちわるっ!!)


今直ぐにでも逃げ出したかったが、物音を立てれば気付かれるかもしれない。


幸いにも相手は、俺のいる場所と逆方向にうねうねと動いており、俺に気付いている様子はない。


岩陰からこっそりとその異形の怪物を覗いていると、耳に後方からの足跡が響いた。


バッと俺は後ろを振り返ると、そこにはまた異形の怪物が立っていた。


背中には透けた骨だけの翼が生えており、動かすたびに骨同士がきしむ音を立てていた。

皮膚は灰色で薄く、筋肉や血管が浮き出て見える。

顔の両側には小さな角が並び、口の端は裂けていて低い咆哮が絶えず漏れ出ている。

指先は尖り、爪は鋭利なナイフのようで、俺の恐怖を駆り立ててくる。


(最悪だ!見つかっている…交戦的かどうか…。)


俺が相手を見つめながら固まっていると、異形の怪物は僅かに声を出した。


「クキャキャ。人型だわぁ。良い音を鳴らす存在、私の好物だわぁ。人型は美味いのよぉ。」


(はっ!?こいつ喋れるのか!?いや、聞き取れない発音なのに、何故か思ってることが伝わってきてる感じだ…。)


そんなことよりも、拷問って交戦的以外のなにものでもないじゃないか。


早く逃げないと、最悪の事態になる。


俺はすぐさまその場から逃げるために、震えそうになる足に力を込めて駆け始める。


俺のその様子を見て、骨の翼の生えた怪物は、ニヤリと笑うと俺を追い始めていた。


俺は、この身体の許す限りの力を振り絞って全速力で逃げていた。

とても前世の自分では出せないような速度で走っているにも関わらず、後ろの異形の怪物とは全く距離が離れない。


「クキャ!!」(くそっ!!)


後ろを振り返ると、笑みを浮かべた怪物が付かず離れずの距離を保ちながら追いかけてきていた。


(こいつ遊んでやがるのか。いつでも捕まえられるのに、この状況を楽しんでやがる。ふざけやがって。)


怒りに身が震えるが、立ち止まることも対抗することもできない。

俺にはどうしても後ろの怪物に勝てるイメージなんて持てなかった。


当たり前だ、前世の人間同士でもまともに喧嘩なんてしたことがないんだ。

あんな化け物相手に立ち向かう度胸なんてあるわけないだろうが。


後方を確認しながら、走っていると異形の怪物は、俺と目を合わせるとさらに笑みを深くし、右手の人差し指をこちらに向けてきた。


(何かする気か?)


すると俺の目には、怪物の人差し指に黒い光が集まるのが映る。


直後怪物の人差し指から、黒い弾丸のようなものが俺へと向けて発射された。


(よくあるエネルギー弾みたいなものか!?ふざけんな!)


俺は身を捩り、黒い弾丸を顔に掠らせながら、躱してみせた。


(熱っ!痛えなこの野郎!)


後方からの何度も発射される黒い弾丸を躱しながら、走り続けていると、前方に先ほどの顔から複数の触手の生えた怪物が視界に映った。


(使えるか?いや、この状況ならなんとか利用するしかねえ。)


俺は、触手の怪物に向かって全力で走ると、触手の怪物は俺と後方の怪物の存在に気付き、逃げるように動き始めた。


(おい!逃げんなっ!待て!)


思っていたよりも数倍速い速度で逃げる触手の怪物に焦りが生じる。


なんとか近付こうと触手の怪物に集中していると、俺の右足に強烈な衝撃と強い熱を感じた。


(あっつ!!)


何が起きた!?

俺の視界に、なぜか地面が近づいているのに気付いた。


俺は、顔面からザザザッという音を立てながら地面を滑る。


直ぐに熱を感じた右足を確認すると、右足が吹き飛んでいた。


自分の視界に状況を映し込むと、なおのこと痛みが襲いかかってきた。


「クキキキキキィィィァァ!」


俺は、耳に響く不気味な叫びの声が、自分のものだと把握することすらできずにいた。

当然、後方からの怪物の黒い弾丸によって足が吹き飛んだという事実も、認識できていなかった。


「良い音を鳴らすわねぇ。」


倒れている俺の首を掴まれた。

そのまま持ち上げられながら、俺に怪物の思っていることが伝わってきていた。


「クキャッ…。」(くっそっ…。)

(生まれ変わったと思ったらもう終わりかよ…最低だわ…。何なんだよ、この世界は…。)


「クキャキャ。」


引き摺られる俺の足が、荒地の砂をジャリジャリと削る音が鳴り響く。

その音が、どこまでも言いようのない不安を俺に与え、ガチガチガチッと途切れることのない謎の音も聞こえていた。


「良い音を響かせてるわぁ。玩具が一つ増えちゃった。ふふふ。」


(何を言ってるんだよ…こいつは…大体何でこいつの言葉の意味が俺には分かるんだよ。何なんだよ、これ…。)


そこで俺はようやく気付くことになる。

先ほどからずっと鳴り響いている音が、自分の震えによって鋭い歯が擦れて、強烈に音を響かせていることに。


(これは素晴らしい玩具を手に入れたわね。どんなことしてあげましょうかしらねぇ。)


俺の首を持つこいつの考えが、何故かは分からないが感情のようなものが、嫌というほど流れ込んでくる。

一切の不純物のない悪意、そんな感情だった。

これから俺に起こるであろうことに一切の躊躇いも救いもないだろうことを、何故か予測できる。

それほどの悪意をぶつけられているような、そんな気分であった。


(怖い…怖い怖い怖い怖い怖い…)


そこからの俺の行動に特別深い感情はなかった。

ただただ、無意識にこの現実から逃げ出そうとしていた。


意識することなく、自然と動いた右腕の爪が、自分の頭に向けて思い切り突き刺そうと動かされていた。


バシッという音が鳴り響くと、俺の右腕が掴まれていることに気付く。


(ほらほらぁ。ダメじゃないのっ。うふふふっ。しかしまあこれもまた随分と期待させてくれるじゃないのっ自決しようとするなんてねっ。)


(私の城では、そんなことできないようにしっかり拘束しないといけないわねぇ。うふふふふっ。)


ダイレクトに感情が伝わってくる感覚が、とにかく気持ち悪い。

自分に対する純粋な悪意がこれほどに恐ろしいものだったなんて…。

そこに、嫉妬心や恨みなんていう、俺への悪意など存在しない。

ただただ悪意の塊が俺にぶつけられている。

そのことが言いようのない不快感と恐怖を俺に与えていた。


(ああああっ…。嫌だ嫌だ嫌だ…こんなことなら生まれ変わったりしなくて良かったのに…)


俺は、生まれ変わって直ぐに、状況を理解する間もなく、この世界の不条理に打ちのめされる。


(いや、これが本来の弱肉強食の世界なのか…人の世界というのが、あらゆる面で守られていたんだ。元の世界で人は強者だったから…。本来は、弱者は搾取されるのみ…優しさなんてかけらもない。これがこの世界での常識なんだ。)


生まれ変わった種族の、そして世界の不条理を受け止め、震える身体が止まる。

全てに諦め、これからのことにも覚悟が決まった、そんな勘違いをしてしまうほどに、俺の感情は停止していた。


直ぐにまた呼び起こされることになるとも知らずに、俺はジャリジャリと音を立てながら、怪物に引き摺られて行くのだった。

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