1話 転生
俺は、山本亮太。
俺は、自分で強く自覚している。
自分が【承認欲求の化け物】である、と。
日本で生まれ育ち、学生時代は、大した努力もしていなかった。
学業もスポーツも凡、特別できないほどではなかったため、別に努力もそれほどしていなかった。
なんなら大した努力もしていない割に、平均よりやや上の学力と運動神経を持っていたため、褒めてくれる人は褒めてくれていた。
自分より圧倒的に様々な分野で成績が上な者に対して、いや俺はやってないだけだから、と。
努力させすれば直ぐに追いつけるし、俺には才能だってある。
自分より下と認識している存在に対する優越感に浸りながら、そんな根拠のない自信を持って学生時代は過ごしていた。
本当に愚かだったのだ。
俺が自分が愚かだったと気付くことになったのは、社会に出てからだった。
社会に出てからは、実力主義だ。
努力の有無は関係ないし、社会はできないものに容赦がない。
なにより小さく愚かなプライドだけを膨らませていた俺は、社会に出てからはタチの悪い出来損ないになっていってるのを、肌で感じていた。
上司からの注意も、苦言も素直に受け取ることができない。
見返すための努力もまともにできない。
周りからは見放されつつある現実から目を逸らし、そんな中でも小さなプライドを守るために、自分よりできない後輩等に強く当たる。
そんな最低な、そして仕事もできない人間を社会は必要としなかった。
そんな俺は、人生最大の絶望感を味わうこともなった。
それは、リストラにあった時のことであった。
ただリストラされたという事実に打ちのめされる、仕事がなくなるという恐怖だけでは、現代社会は許してくれなかった…。
現代社会においての主たる情報ツールであるSNSという名の刃物は、容赦無く俺の心臓に刃を突き立てた。
様々なSNSで、俺に対する言葉が容赦なく降りかかった。
「何もできないくせにうざかったな。」
「やっと辞めてくれたよ、あのお荷物。いや辞めさせられた、かww」
「おもろすぎる、あんだけ偉ぶっててリストラとかw俺なら死にたくなるw」
「私、あの人に尻触られたことある…。」
「セクハラまでしてたのかよ、キモすぎるわ。」
等etcだ。
セクハラなどしていないが、悪口に関する噂というものには、尾ひれがつくものだ…。
私自信、下を作ることで小さなプライドを守っていたため、そういった存在がなぜ悪口に尾ひれをつけるのかは、容易に想像がつく。
結局のところ、できない者ほど下を作りたがるのだ。
周りから自然に敬わられるような、評価されることがない。
だから自ら下を作り出すことでしかプライドを守ることができないのだ。
今、思い浮かべることができた悪口なんて、可愛いものでしかない。
もっと悪辣な表現もたくさんあったはずだが、俺の心が拒絶していたからか、今では思い返すこともできない。
俺という【承認欲求の化け物】たる存在、小さなプライドを大事に両手で抱える小さき小さき化け物は、社会に居場所がなくなっていた。
俺はこのままで終わるという選択肢を、どうにも許容できなかった。
これまでの行いを反省し、新しい会社でまた雇われとして働き始める。
そんな道もあったかもしれないし、その道こそが、身の丈にあった、俺には正しい道だったのかもしれない。
けれどその選択肢を俺は放棄した。
結局のところ俺はここで初めて人生で本気の努力というものをやり始めた。
結論、俺は会社を立ち上げた。
決して社会のためなんかではなかった。
ただ俺という存在の価値を、俺を馬鹿にしていた人達に叩きつけたかっただけだ。
【金】という物差しだけで人を計ることなどできはしない。
しかし、【金】という評価基準は、当時の俺にとっての希望でもあった。
あの状況から、俺が周りを見返すことができるとしたら、【金】を稼ぐことでしかできはしない、俺はそう考えたのである。
結論から言おうと思う。
俺は、俺という今までの人生軸と比較すると成功した、と言っていいだろう。
自由に使える金も億を超え、いわゆる小金持ちと言われる領域にまでは達することができたと思う。
けれども俺は、また間違えていた。
金を得た俺は、慢心し、傲慢になり、鼻高々に自慢した。
それが、どれほど人から醜く見られ、嫌われることかにも気付かずに…。
いや、心の奥底では己の行いの醜さに気付いていたと思う、今考えれば、だが。
だが、それでも俺はその醜さから目を背け、己の価値を周囲に叩きつけるという快楽に溺れてしまった。
結果俺は、騙され、会社は奪われ、地位も名誉もなくし、次はもっと多くの誹謗中傷を受けることになるのだが、振り返りたくもない、な。
世間に認められ、承認欲求を満たす、そのこと自体が悪いことなのではないのだろう。
どんな理由であれ、やる気を出し、社会に貢献することは悪ではないと今でも思っているからだ。
大事なのは、人の気持ちの分かる人間であること、その上で周りから自然と認められることこそが大事だった。
人間性も含めて、尊敬されてこそ俺の承認欲求が満たされる人生という、唯一の成功する道だったのだろう。
まあ、もう本当にどうでもいいことだ。
結局のところ、俺が自殺するという決断をすることに繋がったという事実でしかないのだから。
元社長であった俺が持っていたオフィスの屋上で、世間を見渡しながら俺はこれまでのことを少しばかり振り返っていた。
「もう、疲れた…。」
来世があるというのなら、次はもっと人の気持ちの分かる人間に…。
あらゆる面で尊敬され、自分だけ満たされるのではなく、みんなで幸せになれるような、そんな道を探していきたい…。
屋上の端から、床を力強く蹴って俺は空中へと飛び出した。
落下のGが頬を引っ張り、ジェットコースターに乗っているような不思議な感覚を味わいながらも、俺の心は冷ややかだった。
走馬灯を見ることもなく、自由落下に従い、瞬く間に地面へと頭から接触した俺は……。
※※※※※※※
ハッと目を覚ました俺は、妙なところにいた。
上を見上げると、空は赤く、謎の黒い稲光のようなものが飛び散っている。
下を見下ろすと、荒れ果て、ひび割れた大地に、赤黒い地面。
周囲を見渡そうとすると、いくつものどでかい岩岩が連なっており、周囲を見渡すのも難しい。
また、時折謎の奇声や、爆発音も聞こえてくる。
「※※※※※※※」
なんだここは?と発しようとしたら言葉が出てこず、妙な奇声だけが静かにその場に響いた。
「※※※※※」
何の声だ?と発そうとして、ようやく気付いた。
その奇妙な声が、自分が発している言葉であるということに。
喉が潰れてるのか?
というよりよくよく考えたら、俺は自殺しようとしていたはずだ。
もしかして生き延びてしまったのか?
俺は、自分の身体の状態を確認しようとしたところ、奇妙な体を目にすることとなる。
黒く筋張った繊維状の体が、俺の視界の端で蠢いていた。
手を動かそうとすると、関節は無数にねじれ、爪の先が異様に伸びて、空気を裂くような感触が手に伝わる。
「…俺の手?」
声を出そうとしても、人間の言葉にはならず、ただ奇怪な低音のうなり声だけが喉から漏れる。
その声が耳に響き、体中が震える。
まるで自分自身の鼓動と呼吸が、別の生命体に奪われたかのようだ。
視界を下に向けると、地面と接触する感覚がおかしい。
足先に重力が絡みつく感覚と、同時に浮くような軽さが入り混じる。
皮膚の感覚は失われ、触れる空気は、冷たくも熱くもない、得体の知れない感触だった。
すべてが現実ではない、と理解を拒もうとする自分を感じるが、目で見えるものが、音が、感触が、匂いが、五感の感じ取るあらゆる情報が、妙に生々しい感触の現実が、それを許してくれない。
俺の身体が、これまでと完全に異質な存在になっていた。
俺は今、人間ではない。
この体、この世界、この感覚。
すべてが俺という存在の常識を壊し、否応なく認識させてくる。
「転生…。」
頭に思い浮かんだ言葉を発したが、やはり言葉は出てこなかった。
少しずつ事態を飲み込みつつもあり、理解を拒めなくなりつつもあった。
俺は転生し、ファンタジーものによく出てくる悪魔のような化物になってしまっていた。




