プロローグ
ちょこちょこ訂正しながらのんびり投稿していくつもりです。よろしくお願いします。
一目見た瞬間、感じた。
『格』が違う、と。
それは理屈ではなく、反射であった。
呼吸より先に理解が追いつく前に、心が勝手に結論を出していた。
あれには…「勝てない」と。
目に映っている者が悪魔だと認識するよりも前に、圧倒されていた。
数千年を生き抜いたとされる、本物の上位存在。
紅の髪は炎のようでありながら、揺らめくことはない。
真紅の瞳は、何者にも興味がなさげで、しかしながら力強い瞳。
その視線の中に入った瞬間、自分という存在の輪郭が霞んでいくのを感じていた。
人間だった頃の価値観が、音を立てて崩れ落ちていく。
美しい、と喉元まで出かけて止まった。
美という概念では足りない。
これは、俺の言葉では表現できない何かだ。
生物としての到達点を、見せつけられている。
細身の身体は無駄がなく、しかし脆さは一切ない。
削ぎ落とされた全てが、ただ力として成立している。
彼女が一歩動くたびに、世界が遅れて追従しているようだった。
身体の震えが止まらない。
それが自分の恐れからくるものなのか、感動からくるものなのか、俺には分からなかった。
そして、息をしていないことに、ようやく気付いた瞬間だった。
その時、彼女がこちらを見て、視線が合った。
それだけで、世界が止まり、心臓が遅れて跳ね上がる。
見られたのではない、おそらく測られた。
ほんの僅かだが、彼女の眉が動いた。
ほんの一瞬、表情と呼べるほどの変化ではなかった。
わずかに知らないものを認識したような、本当に微妙な揺れであった。
あの完成品は、生きている…。
俺にとっては、それだけで十分だった。
俺の胸の奥に、説明できない衝動が生まれた。
恐怖でも、羨望でもない。
彼女が生物であるのならば、俺が彼女に届く可能性が、ゼロではないのか?自分の心にそう問わずにはいられなかった。
しかし、そんなはずはない、と理性が即座に否定する。
その瞬間だった。
俺の中にあった前世の記憶が、瞬間的に整理された。
他者に認められたかった。
そのために歪み、間違え、最後には何も残らなかった人生を振り返った瞬間、俺と彼女の間に明確な線が引かれた。
彼女は間違っても認められる側ではない。
認める側である、と確信した。
だからこそ…俺は彼女に認められたい。
いや、彼女も俺が支配したい。
その瞬間、俺の中での漠然とした目標が、個である目標としても形を持った。
世界を支配する。
あの声の中で、俺が立てた目標。
その群の中に、個が一つ生まれるだけで、これ程に、更に焦がれるものなのか。
「ふははっ。」
俺の生の彩りが、さらに鮮やかさを増していくのを感じる。
彼女は何も言わない。
ただそこにいるだけで、すべてを支配している。
そして俺は、自然と心の中で呟いた。
(これは出会いではない、始まりだ。)
強い想いであった。
俺の様々な感情が、彼女へと伝わってしまうのを感じた。
俺は、共有するつもりなどなかった。
けれども、衝動的な何かが俺の理性すら破壊し、無意識に能力を使わせていた。
彼女は、チラリとこちらを向くと、
(…ふっ。潰れるなよ。)
と心の中で呟いていた。
俺の心がどうしようもなく高鳴った。
俺は、固く決意した。
俺は彼女と対等になってみせる、いや超えてみせる、と。
遠い遠い目標だが、俺はあの存在に届くまでは終われない。
理性は、今燃え上がっている羨望と執着が誤った判断だと叫んでいる。
あれだけは、目標から外すべきだ!と。
けれども、あれを見てしまった時点できっともう遅い。
止まることなど…俺には選べない…。
認められたい、たったそれだけのためにどれだけ…。
だが、それでもいい。
間違っていようと、どれだけ苦しもうと、俺はあれに届きたい。
理性という自身を守る防波堤を飛び越えて、迷いなく決意している自分に笑いさえ込み上げてきそうだった。
そう、俺は彼女に恋を…。
いや…違うな…もっと質の悪い何かだ…。
俺は、手放せなくなったんだ…。
※※※※※
彼女は、視線を滑らせる。
彼女の目に映る景色は、灰色であった。
数千年を生きてきた結果、私に勝るものなど存在しない。
今ではそう確信に至っている。
そんな中、一体の下級から中級になりかけ程度の悪魔が視界に映る。
私の視線が一度止まった。
そのことに自分自身で違和感を覚えた。
どう見ても、脆い、身体に内包する力はあまりに弱い。
特別、観測する必要もない。
どう見ても塵芥の一体にすぎない。
なぜ私は、あれに一度視線が止まったのだろうか。
思考は一瞬…違和感の正体は直ぐに答えが出た。
あの下級悪魔は、私から視線を逸らさない。
たったそれだけのことだったが、私にとっては違和感であったのだ。
逃げるでも、怯えるでもない。
ただこちらを興味深く見ているであろう下級悪魔に、少しだけ違和感を覚えたのだろう。
…どうでもいい…。
私の視界と認識からは直ぐに下級悪魔の存在は消えた。
その時、私に何かの感情が届いた。
(…ふっ。潰れるなよ。)
一瞬自分の頬が緩むのを感じるが、直ぐに視界は灰色に染まった。
あれが壊れるか、残るか。
まあ、私にとってはどうでも良いことだ。
彼女は、ゆったりと歩き出す。
歩き出した彼女は、もう一度も下級悪魔を振り返ることはなかった。




