第九勇
御者は走った。
エイルが馬車の中に投げ込んだブーメランには手紙が括り付けられていた。
『最後尾で山賊と交戦中。おそらく先頭も似た状況で逃げ場がない。
魔法封印の罠により魔法学校の生徒たちは戦力にならない。
その罠が仕掛けられている場所は2つの戦場の中心、
中央の馬車付近にある可能性が高い。黒幕は教頭。』
エイルはこれだけの情報を敵に見つからずに書き記し、
名前も知らない影の薄い御者に運命を委ねた。
彼はただの一般人ではあるが、立ち去った者よりは覚悟があった。
怪我した護衛から盾を借り、頭上から放たれる矢を防ぎながら
中央の馬車を目指して走り続けた。
そして、4番目の馬車に辿り着いた時に異変が起きた。
敵の攻撃が止んだのだ。矢が切れたわけでも優しさに目覚めたのでもない。
山賊の目的は身代金であり、人質を傷付ける行為は禁止されていたのだ。
それならば生徒に伝令の役目を引き継がせるという選択肢もあったが、
万が一の事態があれば親御さんが悲しむだろうと思い至り、
やはり自分が走るべきだと決意を固めた。
馬車から飛び出した御者は魔法学校の制服に着替えていた。
顔を見ればヒゲ面のおっさんだと丸わかりだが、盾で隠せば上からは見えない。
その作戦が功を奏し、中央の馬車まで牽制目的の矢以外は飛んでこなかった。
そして彼は成し遂げた。
目的の馬車へ駆け込んだ彼はとりあえず近くにいた生徒に手紙を渡し、
極度のストレスから解放された反動で笑い泣きしながらその場にへたり込んだ。
ひとしきり安心した後にじわじわと全身に痛みが込み上げて来た。
よく見れば制服のあちこちに血が滲んでおり、それは矢の擦り傷だった。
サクラはすり潰した薬草を患部に塗り込み、痛み止めを与えて彼を休ませた。
「──あの教頭、前々から嫌な奴だとは思ってたけど
まさかアタシたちを山賊なんかに売り渡すとはね……」
手紙を読んだミズキが呆れて呟く。
他の生徒たちも同調し、教頭憎しの空気になって陰口トークで盛り上がった。
彼らはそれでいい。しかし優等生のミズキにはやることがあった。
ミズキはサクラとヴィオを手招きし、小声で相談を持ち掛けた。
魔法封印の罠を解除できれば戦況を変えられるかもしれない。
しかしこの近くに罠があるというのは推測でしかなく、
そもそもここには戦力外のメンバーしかいない。
仮にも勇者とその同行者なら何か解決策を思いつくかもしれない。
「いや、解決策って言われても……
わたしはただの村娘だし、勇者の実感とかないんだよね
今回もきっと兄さんがどうにかしてくれるだろうし、
下手に動けば足を引っ張るだけだから何もしない方がいいよ」
「ぼくはカニさんだよ!
チョッキィ〜ン!チョッキィ〜〜ン!!」
2人はゴミだった。
こいつらは状況を理解していない。
こちらの魔法を封じて有利になるということは、
敵が魔法の力を恐れている何よりの証拠だ。
前方のロゼ、後方のアッシュの力量は巨大イカとの戦いで把握しているが、
人数や地形の不利で防戦に徹するしかない状況に追い込まれているはずだ。
流れを変えられる可能性があるのは今この場にいる誰かだ。
陰口で盛り上がる同級生たち、他人任せな勇者、薬物依存の変人……。
頼れるのは自分だけだ。ミズキは覚悟を決めて馬車を飛び出した。
かと言って彼女に戦う力はなく、できることは小細工だけだ。
積荷の中から湿った薪を取り出し、火を起こす。
燃焼状態の悪い薪からは白煙が立ち昇ったが、
高所にいる敵の視界を塞ぐには至らなかった。
しかし彼女の狙いは他にあった。
燃やしている物は薪だけではない。
ヴィオから分けてもらった謎の粉だ。
それを投入した途端に煙の色が濃くなり、
絶対に吸わないよう細心の注意を払って経過を見守った。
数分後、人が降ってきた。
山賊がどんな幻覚を見たのかは知らないが、その死に顔は安らかだった。
生徒たちは初めて見る死体に戦慄し、数人が悲鳴を上げた。
なにも殺すつもりは無かったミズキも叫びたくなったが、
生きるためには必要なことだったと割り切って我慢した。
悲鳴を聞きつけた山賊が下の様子を伺おうと崖に近づき、
幻覚作用のある煙を吸って錯乱状態に陥り滑落する。
このパターンで5人の山賊が絶命した。
煙を直接吸い込まなかった山賊も徐々に空気感染してゆき、
中央馬車の上にいた敵はほぼ壊滅状態となった。
「なんだこいつら、みんな頭がおかしくなってやがる
この症状はまさか…… ヴィオの葉っぱか?
だとしたらこれ以上近づいたらオレもやべえな」
エイルは隙を見て高所へ移動し、奪った弓で敵を始末して回っていた。
彼は裏切ったフリをしただけで最初から味方だった。
できれば出発地点のアッシュを援護したかったが、
山賊の首領から圧倒的強者の匂いを感じ取って後回しにした。
アッシュなら持ち堪えられる。そう信じての行動だった。
ブーメラン使いのエイルは弓の扱いにも長けていた。
ましてや標的は薬物で錯乱している状態で、狙いをつけるのは容易だった。
残った山賊を数秒で片付け、白煙の発生源に向かって手紙付きの石を投げた。
『今いる中央馬車と4番馬車の敵は全滅した。
罠を識別・解除するには専門知識のある人間が必要だ。
結界に詳しいワイトを連れてくるから、そこで待て。』
手紙にはそう書かれていた。
そしてミズキには知識があった。
魔力が低くとも人一倍努力して身につけた魔法知識だ。
今問題となっている魔法封印の罠も原理は知っている。
ここにいるメンバーで解除できるのは自分しかいない。
彼女は決意を固め、急斜面を登り始めた。
2番馬車の高所には3人しか敵がいなかった。
エイルは彼らを難なく始末し、最終地点へと急いだ。
先頭馬車の高所には20人以上の弓兵が集結していた。
たった1人の斧使いに手こずり、矢が尽きて補充された者たちだった。
敵に見つからないように下を覗くと、そこには無傷のロゼが立っていた。
改めて山賊たちを見ると彼らは焦燥しており、恐怖に顔を歪めていた。
「……なんなんだよアイツはぁぁ!?
なんで当たらないんだよぉぉ!?
アイツ本当に人間かぁぁ!?」
その意見にはエイルも内心頷いた。
蟹やイカの時もそうだが、ロゼの強さは異常だった。
妹を守るという絶対的な理由があるにせよ
ただの村人にしては覚悟が決まりすぎているし、
獣人以上の身体能力を持っていて正直怖い。
それでも今は防戦一方で反撃する余裕がない。
手助けが必要な場面なのは明らかであり、
エイルはとっておきの技を披露することにした。
3本の矢を指の間に挟み、水平に弓を構えて狙いを定めた。
そして、放たれた矢が3体の敵を同時に葬った。




