第五勇
巨大イカの行動パターンが変化した。
船体に絡みつくのをやめ、触腕は攻撃だけをするようになった。
上からの叩きつけと広範囲の横薙ぎ、どちらも厄介な攻撃だ。
ワイトの結界で威力は軽減されているらしいが、
それでも人間が耐えられるようなレベルにはならなかった。
「ぐううぅ……っ!!」
強烈な叩きつけ攻撃をアッシュが大盾で受け止める。
両足が床を突き破り、戦士たちはそのふざけた威力を視覚で理解した。
船に直撃すれば破壊されて全員海に放り出される未来もあり得る。
「アッシュ!そのまま防御に専念しててくれ!
盾持ちのお前を狙ってくれてるのは好都合だ!
魔法使いたちの準備時間を稼げる!」
「兄貴!こいつがオイラの魔法っす!
敵から狙われるようになるんすよ!
お役に立てたようで嬉しいっす!」
魔法は苦手だと言っていたが充分な働きをこなしている。
体力も人間以上で、この中で一番タフなメンバーなのは間違いない。
アッシュが仲間になってくれて本当に助かったとロゼは思った。
事前に船員から聞いた話だと海の魔物には風属性、特に雷が有効らしい。
しかしロゼたちのパーティーには使い手がいなかった。
エイルの風魔法は自身のブーメランを操ることしかできない。
準備が終わった魔法使いから順に各々の魔法を放つ。
ダメージを与えている気配はあるが再生能力のせいで倒し切れない。
バラバラに撃つのではなく、一斉に攻撃する必要がありそうだ。
ロゼはその旨を魔法使いたちに伝えて回った。
彼らは素人から指示されて嫌な顔をしつつも作戦に乗っかった。
巨大イカは上からの叩きつけを一旦中止し、横薙ぎ攻撃に移行した。
叩きつけより威力は低そうなものの範囲が広く、回避しないと海に落とされる。
そして攻撃が来る度に魔法の準備が中断され、こちらから手を出せない。
エイルのブーメランは分厚い皮膚のせいで有効打にはなっていないし、
背後から当てても振り向かなくなった。
ロゼは何度かカウンターを合わせたが斧の刃体より触腕の方が太く、
斬り落とすには両手剣並みの長さが必要だった。
「クロード!次の攻撃に合わせてくれ!」
「えっ、いや……
さっきアレを斬ったら皆から睨まれただろう……
ああいう空気は苦手なんだ……」
最強の剣士にも精神的に弱い部分があるようだ。
しかし今そんなことで落ち込まれるのは困る。
「じゃあ俺にその剣を貸してくれ!
とにかく今は時間を稼がないと!」
「いや、すまないが貸すことはできない……
この剣にはエスメラルダとの大切な思い出が詰まっていてな──」
「いいからロゼに貸してやれって!! そいつ結構強いぞ!!
…っておい、おっさん!! 目ぇ閉じてんじゃねえ!!」
クロードは一人で回想に浸っていた。
そして彼は触腕に捕まった。
「ぐっ……!?うおおぉぉっ!!」
「クロード!!」
触腕はそのまま天高く掲げられ、手の届かない位置に行ってしまった。
クロードは若干パニックに陥りながらもロゼの足元に両手剣を投げ、
自らの運命を仲間たちに託した。
巨大イカが次に取った行動は逃げることだった。
せっかく両手剣を渡されたロゼだが、船から離れられては攻撃できない。
エイルがブーメランで気を引こうと頑張っても完全に無視されている。
敵はクロードを捕獲したまま海中へ消えようとしていた。
「──みんなの力をひとつに……!!
いっけええええええぇぇぇっ!!」
準備を終えた魔法使いたちが同時に攻撃魔法を放ち、
雷が一本の太い柱となって巨大イカの本体を貫いた。
「グアアアァァァ!!!」
クロードの悲痛な叫びが響き渡った。
魔法使いたちはお互いに顔を見合わせ、状況の把握を急いだ。
彼らは魔法の準備に集中していたのでクロードが捕まったことを知らなかった。
誰が悪いわけではない、強いて言えば運が悪かったのだ。
巨大イカに勝利後、海中から引き揚げられたクロードはかろうじて生きていた。
自己強化魔法とワイトの結界の相乗効果だろう。
ありったけの回復魔法をかけたが内臓へのダメージが酷いらしく、
命に別状はないが年単位の療養が必要で、旅の続行は不可能だと判断された。
「へへ、あんな目に遭ってまだ生きてるとは
さっすが王国最強の騎士様だねぇ
心残りはあるだろうが、アンタにゃ休息が必要だ
後はオレらに任せてゆっくり休んでくれよな」
「まさか自分がこんな失態を犯すとは……
皆の者、迷惑をかけて本当にすまない……
サクラ殿、結局剣を教えられずに申し訳ない……」
「いえ、わたしは気にしてませんので……
それよりもあの剣を兄さんに貸してくれませんか?
どうせしばらくは起き上がれない体ですし、
有効に使える人間が持つべきだと思います」
「すまないがそれは断らせてもらう
自分にとっては大切な物なんだ……
そう、エスメラルダとのかけがいのない思い出がな──」
クロードは一人で回想に浸り始めた。
両手剣のリーチは魅力的だったが、これは諦めるしかなさそうだ。
次に斧を打つ時はもっと大きく作ってもらおうと誓うロゼだった。
医務室を後にしたロゼは仲間たちに目を向けた。
王都で加わった6人のうち、既に半数が脱落している。
アッシュが1人分を穴埋めしてくれたとはいえ、
魔王討伐なんて大それた目標を達成するには少なすぎる。
今回の戦いで痛感したのは攻撃魔法の有用性だった。
遠距離から弱点属性を当てて一気にダメージを与えられる手段だ。
このパーティーにはそれを得意とするメンバーがいない。
エイルはブーメランの操作のみ、アッシュは挑発のみ、ワイトは支援のみ、
ヴィオは一応水属性を扱えるらしいが期待できない。
客室で考えを巡らせていると、誰かが扉をノックしてきた。
扉を開けるとそこにはサクラと同い年くらいの少女が立っていた。
戦闘中は気にする余裕がなかったが、参戦していた魔法使いたちは
ほとんどが彼女と同じ服装をしていた。
“魔法学校”に通う者たちが身につける“制服”だろう。
「あっ、いたいた!さっきはあんがとね!
アンタの指示がなかったら今頃まだ戦ってたかもね!
魔法学校の代表としてお礼は言ったかんね!じゃあね!」
嵐のように現れ、過ぎ去っていこうとする少女の肩を掴んだ。
自分たちに恩義があって攻撃魔法を使える人材は都合が良い。
この少女でなくとも、旅に参加できる魔法使いの知り合いを
紹介してくれればいいという考えで引き留めたつもりだった。
今回の脱落者
クロード : 雷に打たれて療養中




