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勇者の兄  作者: 木こる
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第三勇

上空から急降下しながら両のハサミを振り下ろすモリガニ。

軌道上にあった全ての枝が切り落とされて地面に散らばる。

その光景を前に、ロゼは恐怖ではなく羨望を感じていた。

丸太と薪を売って生計を立てていたロゼならではの思考である。


あのハサミが欲しい。


「キノコが効いてきた……!!

 蟹が見えるぞ…!森の中に蟹がいるぞ……!!」


ヴィオが正気に戻った。

しかし戦力として期待していいものか迷うしかない。


「ロゼ!やっぱ助けてくれ!!

 オレ一人じゃどうにもなんねえわこれ!!」


他の木に飛び移って難を逃れたエイルが救援要請をしてきた。

無論、見捨てる気はない。できれば倒したい。

サクラの姿は見えない。無事に逃げ切れたのだろう。

この場を切り抜けて妹と再会する。

その目的がロゼの戦う意志を呼び起こした。


ハサミの直撃さえなければ死にはしない。

その身をもって経験した事実だ。ロゼは前へ出た。

細心の注意を払って連続突きを捌き、エイルの攻撃チャンスを稼いだ。

2人の連携が功を奏し、モリガニの脚の本数は徐々に減っていった。


攻防に集中していた当人たちには何時間も戦っていたように感じたが、

実際には数分間の出来事であった。

気づけば10本あった脚は残り4本となり、

バランスが悪いせいか突進攻撃を仕掛けてこなくなった。


ハサミの脚はブーメランで何度攻撃しても切り離せなかった。

直立を支える一番下の短い脚も太くて頑丈であり、

この4本のうちどれか1本でも破壊できれば楽になるはずだ。


ロゼは隙を見て攻撃してみたが甲羅は非常に硬く、

鉄製の斧でも僅かな傷をつける程度のダメージしか与えられなかった。

突き出た目を狙っても反応が速く、ハサミで防がれる。

攻撃・防御・スピード・大きさ……全てが人間を上回る相手。

初めて戦う魔物としてモリガニは強すぎた。


「エイル!こいつに弱点はあるのか!?」


「さあ、わかんねえ!!

 オレだってそいつとやり合うのは初めてなんでね!」


活路を見出せない。

脚を減らして移動力を削いだものの、まだ逃げ切れる速さではない。

倒すにしても、斧もブーメランも決定打になるダメージを与えられない。

ヴィオは変な草を食いながら絵を描いている。


即死級のハサミ攻撃を何度も受け止めてきた斧にヒビが入った。

そろそろ限界が近い。流れを変える何かが必要だ。


ふと、ロゼは閃いた。


「お、おいロゼ!! 何する気だ!?」


ロゼが選んだ行動は更に接近することだった。

連続突きを紙一重でかわしながら敵の足元を滑り抜けた。


「…よしいいぞ!! そのまま突っ走れ!!

 後はオレが引きつけてどうにか…… って、ロゼ!?」


ロゼはその場に踏み留まり、まだ戦う姿勢を見せた。

モリガニは背面の敵に向かって体当たりを仕掛けた。

背面突進は直撃し、ロゼは吹き飛ばされた。

ロゼは急いで立ち上がり、モリガニの背中に再接近を試みた。


そして繰り出される裏拳。


これを狙っていた。


轟音と共に振られるハサミ脚の根元に斧が合わさる。

角度・スピード・タイミング。

全てが完璧に決まったカウンターだった。


ロゼの斧は粉々に砕け散り、同時にモリガニのハサミも1本吹き飛んでいった。


「ぃよっしゃあああ!!!」


「エイル!! 目を狙ってくれ!!」


歓喜したエイルだったが、まだ戦闘中であることを思い出して攻撃を再開した。

風魔法でブーストした渾身の一撃。エイルはこれで勝利を確信した。

しかしハサミで防がれることはなかったが、体内に目を引っ込めて回避された。


「ああ、クソッ!! これもダメかよ!!」


「…いや、そのまま目を狙い続けてくれ!!」


「はあ!?今の見ただろ! オレの攻撃は効かねえよ!!」


「目が引っ込んでる間は視界を封じられるだろ!!

 いいから俺を信じてくれ!!」


ロゼの目的はわからないが、何か作戦があるのは把握した。

エイルは言われた通りにブーメランを操り、視界封じに専念した。

モリガニは残ったハサミを適当に振り回すがロゼには当たらない。

敵がすぐそこにいるのにブーメランが邪魔で目を出せない。


敵を探しながら進んでいたモリガニは突然落ちた。

崖のような高い場所からではない。

段差というか落とし穴というか、それほど深くはない高さだ。

それは先程モリガニ自身がハサミで掘った地面の穴ぼこだった。

下の脚が両方とも穴に嵌まり、それ以上進むことも戻ることもできなくなった。


抜け出そうともがくモリガニだが、脚が短くて身動きが取れない。

ハサミの力で浮き上がろうとするも、片方だけではバランスが悪いらしく

自力でどうにかするのは不可能な状況に陥った。


「……やったか!?」


「いや、まだだ…」


ロゼは拾ったハサミを振りかぶり、残ったハサミ脚の根元に叩きつけた。

その手応えは斧よりも強力で、思った通り鉄よりも硬い素材だった。

今度はカウンターなど狙わずにハサミ脚を叩き落とすことができた。

モリガニはもう移動も攻撃もできない。後はハサミで叩き潰せばいい。


ロゼはモリガニとの戦闘に勝利した。




薬草採取の依頼を達成し、強敵の死体を持ち帰った一行には大金が支払われた。

どうもモリガニの弱点は火属性の魔法らしく、魔法使いの手にかかれば楽勝だが

熱により甲羅やハサミなどの素材が変質してしまうのがネックだそうだ。

変質していない素材は珍しく、冒険者ギルドが高値で買い取ってくれた。


「兄さん大丈夫?

 2回も体当たりされたって聞いたけど……」


「ああ、農作業で鍛えてあるからな

 それにお前が調合してくれた薬草もよく効いてるみたいだ」


実はまだ結構痛みは残っているが、妹の前では強がっていたかった。

初めての魔物、仲間の死。今日は大変な一日だった。

早く宿を取って眠りに就きたい。

ロゼはギルドから立ち去ろうとした。


「あ……兄貴!!

 ロゼの兄貴じゃないっすか!

 サクラの姐さんも一緒なんですね!」


呼び止めたのは二足歩行の犬…ではなく、獣人という種族の青年だった。

彼は食事中だったが、ロゼたちの姿を見ると席から飛び上がり、

尻尾を振りながら満面の笑みを浮かべてこちらへ寄ってきた。


「ほら、オイラっすよ〜!

 10年前に助けてもらった……」


「……お前、もしかしてアッシュか?」


名前を呼ばれた彼は、より一層嬉しそうな笑顔になった。

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