第二十二勇
魔王軍が侵攻開始するまであと1ヶ月。
ロゼは酒場を訪れた。
飲み目的ではない。
飲んでいる男に用事があった。
「ぃヨ〜うロゼえ!
お前もコっち来いよォう!
一緒に飲モおぜェ!」
まだ昼間だというのにベロンベロンに酔っ払っている男、エイル。
彼は旅の途中も毎日酒を飲んではいたが、ここまでではなかった。
戦闘に支障をきたさない程度にセーブしていたのだ。
それが今はどうだろう、ただの飲んだくれだ。
「エイル……気持ちはわかるけど、
少し酒の量を減らすべきじゃないか?
飲むなとは言わない 減らすだけでいい
そんなペースで飲み続けたら肝臓を壊すぞ」
「…っせーなァ!!
飲まなきゃヤってらんねェんだよォ!!
どォせみんナ死ヌんだよぉォ!!
あンなん勝てッこねえダろうがッ!!」
その気持ちは痛いほどよくわかる。
魔王、それも本体ではない奴相手に手も足も出なかった。
「オレはせめテ楽しく死ンでヤル!!
やりたイこと全部ヤッテ悔いのナイ死に方をすンだよォ!!」
「エイル……お前が本当にやりたいことってなんだ?
そうやってヤケ酒を煽って肝臓ダメにして苦しんで死ぬことなのか?
そうじゃないだろ……目ぇ覚ませよ馬鹿野郎がっ!!」
ロゼはエイルの右ボディーへ拳を打ち込んだ。
リバーブロー……肝臓への打撃だ。
エイルはその場に崩れ落ち、意識を失った。
「……ん、ロゼか
すまない、今は作業中なんだ
これをしながらでいいなら話を聞くぞ?」
ロゼはヴィオの様子を見に訪れた。
彼は器用に糸を手繰り寄せ、素早く編み込んでいる。
その緻密で繊細な動作は素人目にも美しく思えた。
「魔王はとんでもない奴だったよな
正直、勝てる気がしないよな……
エイルが酒に溺れるのも無理はない
…ん、俺か? ……はは、冗談はやめてくれ
俺はただの記録係で、戦う力がないのは知っているだろう?
だが、決戦の時が来たら必ず同行すると約束しよう
この命を懸けて真実を記録する所存だ」
ロゼが何も言っていないのに、彼はベラベラと語り出した。
彼は編み込んだ糸を華麗な手捌きで解き、元の状態に戻した。
そしてまた編み込み始め、ある程度の所で解くのを繰り返した。
彼が一体なんの作業をしているのか、ロゼには理解できなかった。
カジノでワイトの姿を発見した。
「おお、神よ!私に救いの手を差し伸べ給え……!」
以前はルーレット以外にはあまり惹かれなかった彼だが、
今はポーカーや競馬など手広く遊び、勝ち負けを繰り返している。
彼に分配されていた路銀はとっくに底を突き、
最強の竜装備を売り払ってまで賭博に興じていた。
「……ああ、ロゼ君!ちょうどいいところに来てくれました!
私にお金を貸してください!今なら取り戻せる気がするんです!」
「ワイト……今日はもうやめておいた方がいい
というか、そろそろ教会で祈りを捧げる時間じゃないのか?
神なんていないと知ってるにしろ、神官の義務なんだろ?」
「ああ、そうでしたね 私としたことが……
……ハッ 教会……そうです教会がありましたよ!!
募金箱から少しだけ借りて、勝って返せばいいんです!!
祝福されし聖なるお金ならツキも上向くはずですよねえ!?」
「やめろ!!
それで何回捕まったのか忘れたのか!?
この“最後の町”から追い出されたら、もう後が無いだろ!!」
「そうは言われましてもねえ…
何かに没頭していないとやってられないんですよねぇ
エイルさんは酒、ヴィオさんはクスリ、私の場合はこれですね
たとえ追い出されることになっても、賭ける価値があるんです」
「……そこまでしてギャンブルが好きなら俺に賭けてみないか?
勝てば世界を救えるし、負ければ世界の破滅っていう大博打だ
俺はもうあんなクソジジイに好き勝手させたくないんだよ……」
「あらら、ロゼ君にも博徒の才能があったんですねぇ
……それじゃあここらでひと勝負してみませんか?
ロゼ君がルーレットで当たりを出せば私は話に乗りましょう
ハズレならロゼ君が私にお金を貸すということでどうでしょう?」
確率的に負ける可能性は高いが確率があるだけマシだと思い、
ロゼはルーレット担当のディーラーに勝負する意志を申し出た。
「……998!……999! ……1000!!」
訓練場ではクロードが剣の素振りをしていた。
それは本来両手で扱う物だが、片手でも振れるようにするための修行だった。
今ちょうど右手での鍛錬が終わり、縛り付けた縄を外す最中だった。
昨日は雪が降ったというのに上半身は裸で、
全身からは湯気が立ち昇り、彼の足元だけ雪が溶けていた。
彼は脅威の回復力により全盛期の肉体を取り戻していた。
これまでにイカやヤギにやられる場面を目撃したせいで
なんだか頼りない人という印象があったが、
今の彼は紛れもなく王国最大の騎士だ。
「おお、ロゼ殿
忘れ物を届けに来てくれたのか かたじけない
運動後のタンパク質はデカい筋肉の源だからな
自分としたことが今日は宿に置き忘れてしまったのだ
絶好のタイミングで来てくれて助かったぞ
ロゼ殿も飲むか?自分特製のマッスルドリンクだ
え、いらない? そうか……」
酷い匂いがする飲料を断られて落ち込むクロード。
ロゼは少し罪悪感を覚え、アイスクリームを1つ分けようとした。
宿で待つ妹に頼まれた物で、近くの甘味専門店で購入したばかりだ。
「ああ、すまないが遠慮させてもらおう
筋肉のために糖質をコントロールしていてな
……ほら、この上腕二頭筋を見てくれ
血管が浮き出ているだろう?
皮下脂肪を減らすにはだな──」
彼はこの町に到着以降、筋肉を鍛えるだけで外の魔物とは戦っていない。
もう充分戦えるはずだが、魔王の力に怖気付いてしまったのだ。
彼は筋肉について長話をしたいようだったが、
ロゼはアイスが溶けるからと言い残してその場を去った。
妹にアイスを届けた後は図書館へと足を運んだ。
そこは貴重な情報で溢れかえる知識の宝庫だった。
千年以上前の世界の歴史や古代の魔法、漫画の描き方など、
他の大陸ではまず出回っていないものばかりだった。
そこにはかつて死闘を繰り広げた四天王、ルージュの自伝もあった。
しかし今はそれよりも、ミズキが読んでいる書籍に興味を惹かれた。
「この本に書いてあることが真実だとすると、
妖精の国は人間が滅ぼしたってことよね……
そんでもってあいつらの本当の種族は“悪魔”……
アタシたち、ずっと騙されて生きてきたのね……」
「ああ、そうだな……
俺はもうこんな歪んだ世界を終わらせたい
あの魔王を倒してみんなに真実を伝えたい
たとえそれが人類にとって不都合な歴史でもな」
目的は魔法金属の材料となる資源の独占だった。
妖精王はわずかに生き残った国民を守るために
悪魔と契約を交わし、自らの命を捧げた。
それ以降、妖精の国は悪魔に守護されている。
「ん、ちょっと待って?
魔王の存在と世界の真実は無関係でしょ?
べつに倒す必要ないでしょ そもそも倒せないでしょ」
「敵は倒す 単純な理屈だ
それに……やられっぱなしじゃ気が済まないしな」
「子供の喧嘩じゃあるまいし、やめときなさいよ……
どう足掻いたって勝ち目のない相手に挑むのは無謀だわ」
「本当にそう思うか?」
「え?」
「……あれが演技でなければ付け入る隙があると思うんだ
四天王が全部倒されたと思い込んでるみたいだし、
勇者サクラの顔を知らないようだった
…全ての情報を完全に把握してるわけじゃないんだろう
きっと、用意した後の舞台装置には興味がないんだ」
「だとしても……絶対に勝てる保証は無いんでしょ?
……ねえ、ロゼ 魔王討伐なんて諦めてここで暮らしましょう?
この“最後の町”なら魔王が作った町だから攻撃されないし、
“最初の町”になった後も平穏な生活を送れるはずだわ」
「……俺たちはそれで生き残れるかもしれないけど、
アッシュや村の友達、他にも守りたい人がいるんだ
お前だって本当は見捨てたくない人たちがいるだろ?
心配してくれるのは嬉しいけど、俺は諦めるつもりはない
ここまで来たんだ 最後まで頑張るよ」
「ロゼ……」
──それからしばらくして。
魔王軍の侵攻開始まであと10日。
ロゼは最終決戦の準備を整え、最後の町から旅立とうとしていた。
「みんな……生きて帰ってきてね……!」
村娘サクラ。
ある日突然、勇者に認定された少女。
実際のところ勇者ではなく、完全なる一般人だった。
薬草採取と調合の技術に長けており、裏方として冒険を支えてきた。
戦闘能力は皆無で一度も戦ったことがないし、これからも戦わなくていい。
最近のマイブームは暖房の効いた部屋でアイスを食べること。
「……ああ、行ってくる」
村人ロゼ。
ある日突然、勇者に認定された妹に代わり戦い続けた兄。
魔力を持たない完全なる一般人でありながらも
幼い頃より続けてきた伐採、丸太運び、薪割り、畑仕事などの
農作業で鍛え上げられた肉体を駆使して数々の強敵を撃破してきた。
又、勤勉な性格であり、この旅の中で多くの本から知識を吸収した。
「へへっ、いよいよ最後の戦いってわけか
ロゼ、いいパンチだったぜ おかげで目ぇ覚めたぜ」
衛兵エイル。
勇者の旅に同行するよう命じられた兵団の問題児。
彼の操るブーメランは集団戦で光り、道中のザコ敵の大半は彼が葬ってきた。
敵の背中に当てて振り向かせたり、目潰しをしたりと器用な戦い方もできる。
弓の名手でもあり、盗みの技能もあったりと多芸な男である。
毎日酒を飲んでいるが、実はかなり酔いやすい体質でコスパがいい。
「雪が降ってるのになんで傘を差してるんだ?
そんなことをしたら傘が濡れてしまうぞ……」
画家ヴィオ。
薬物ジャンキーの記録係。
「図書館で色々と新しい魔法を習得してみたけど、
あんまり期待されても困るかんね?」
賢者ミズキ。
本人は謙遜しているが、元々持っている全属性の攻撃魔法や補助魔法に加え、
回復魔法や結界魔法などの支援系統も身につけた優秀な魔法使いである。
賢者と呼ばれるのは気恥ずかしいようだが、その資格は充分にある。
魔法学校の生徒だった頃は魔力の低さがコンプレックスだったが、
知識と魔力制御により今や人並み以上の魔力量まで引き上げた努力家である。
ロゼ、エイル、ヴィオ、ミズキ。
最終パーティーは決戦の地、魔王城を目指して歩き出した。
今回の脱落者
ワイト : ロゼは賭けに負けた
クロード : 魔王に怖気付いた




