019湿地
タクミは一度息を吐き切り呼吸を落ち着かせる。
「いろいろあって爆発する虫に追われてた」
「足を火傷してます!」
悲鳴交じりにタクミの怪我を心配するミハの声が森中に木霊する。
以前、緊急時以外に大声を出さないよう言われていたことを思い出したミハははっとした様子で口元を押さえる。
ミハは恐る恐るタクミの眼を覗く。
「大丈夫。見た目より浅い怪我だから」
タクミは起き上がりながらしゃがみ込んでいるミハの頭をぽんと撫でる。
「休憩しよっか」
二人は食事と仮眠をとり体力を回復させた。
そして再び歩き出す。
――歩き始めて一時間ほど経った辺りで周囲の様子が変わり始める。
土が徐々に湿り気を帯び、周囲の植生の種類が変わっていく。
さらに進んで行くとそこには広大な湿地が広がっていた。
水深数センチメートルから数十センチメートルの水面が広がり、疎らに立ち並ぶ根が水面から露出している木々は高い物で三メートルほどと小さく柳の様な特徴的な紫色の葉がしなだれている。
そして最も特徴的なのはその水面に映る膨大な数の光点。
微生物や数ミリメートルの生物達が各々の光を放ち泳ぎ回る。
それは漆黒の水面にプロジェクションマッピングの様な神秘的映像を映し出している。
二人はその光景に思わず息を呑む。
特にミハは薄暗い森の中しか知らなかった為驚愕の色が強かった。
だがタクミはその光景に見惚れながらも思考は警戒に染まっている。
「ミハ、水辺は本当に危険だから絶対に離れたらダメだよ」
真剣な声色のタクミの声を聞きミハは我に返る。
そしてこの場所も自身を容易く死へと誘う場所だと認識し緊張を高める。
泥に足を取られながらも二人は歩を進める。
歩を進める度に足の着地点から光点が逃げる様に動き波及する波の様な美しい模様を作り出す。
――暫く進むと特徴的な痕跡の残る場所へ辿り着いた。
そこに並ぶ木々は抉るような傷のあるものや半ばから切断されているものがある。
そして木々や地面に複数突き刺さっている錆銅色の細長い刃の鱗と羽と矢じりの付いた矢。
『クロガネ、これって』
『嗚呼間違いねぇ。人と刃蜥蜴の戦闘跡だ』
タクミは鼻を鳴らす。
『血の匂いだ。ほぼ刃蜥蜴の匂いだが人のも混ざってるぜ』
それを聞きタクミの胸が高鳴る。
この場所で人と獣の戦闘があったのは確実だ。さらに言及された血の匂いの量からすれば……。
『勝者は人だ。嫌、最初から勝つ前提の狩りだな』
『本当に人が獣を狩ってるのか!』
タクミの言葉にクロガネが上機嫌に突っ込む。
『ギャハハッ。タクミ、生身で獣を殺した奴が言う言葉じゃねぇ……
「えっと。タクミ、これってどういう状況?」
この戦闘跡の残る風景を目にした途端笑みを浮かべたタクミへ状況を飲み込めないミハが問いかける。
「ここで戦闘があったみたい。人と獣の」
その言葉を聞きタクミの笑みの理由をミハは推測する。
「それって近くに人がいるってこと?」
「そうだね。匂いが残ってるから後を追ってみるよ」
タクミの言葉にミハは頷く。
そして嗅覚を頼りに再び歩き出す。
――歩き出してから十数分後湿地に人の雄叫びの様な音が木霊した。
『クロガネ!』
『急ぐぞ』
タクミはミハを抱き合う様な姿勢で持ち上げる。
「ふぇ、ちょっ」
「掴まれ」
「ん゛」
ミハの耳元で命令するとミハはぎゅっとしがみ付く。
タクミは浮き出ている木の根に足の泥を振り落としながら登る。
そして少しの助走の後思い切り跳躍した。
次々と木々を足場に跳躍し、声の源へと距離を詰める。
――終にその光景が視界に入る。
水面に平べったい小舟が浮かびその上には刃蜥蜴の死体が転がる。
さらにその船を守る様に両面に一人ずつ人影が見える。
そして船の周囲を取り囲む複数の影。
タクミは木の枝にミハを下ろし荷物を引っ掛ける。
「ミハ、何かあったら大声で叫べ」
ミハがこくりと頷くのを尻目にタクミは船の方角へ跳躍する。
木々を蹴り、へし折りながら進む。
そして船を取り囲む生物の繊細な姿をタクミは捉えた。
全長一メートルを超えるその生物は鯥五郎をそのまま巨大化した様な姿をしている。
一つムツゴロウと明確に異なる点はその両脇から生えているのがヒレではなく腕であるということだ。
船の周りには死体となった数十匹と旋回している十数匹の巨大鯥五郎が目視できる。
そして船を守る二名の人の姿も捉えた。
その二人は共に二メートルを超える長身で肌は白く胴体や手足が細い。
身に着けているのは袖の無い袴だ。水に浸からないように裾を捲られたそれは激しい戦闘の性か泥に塗れている。
二人が左手に握るのは短弓。
一方が持つのは白色の脊髄で形成された骨弓。
もう一方が持つのは水面に映るあらゆる光を吸収する漆黒の黒弓。
二人の顔には疲労の色が色濃く出ている。
突進や投擲を繰り返す巨大鯥五郎に防戦一方だ。
無尽蔵に湧き続ける巨大鯥五郎に攻撃するための矢も尽きかけている。
そんな最中に一人の少年が突っ込む。




