018神速 爆発
タクミは音源の主を視認する。
その物体は爆音を鳴らし、木々の隙間を高速で飛翔している。
その余りの速さにタクミはその物体の形を捉えることができない。
「クロガネ!あれなに!?」
「俺もあんな奴見たことねぇぞ!!」
クロガネすら初見だという何かだと判明した。
タクミに緊張が走る。
タクミは巨木に背を預け眼球の動きだけで飛翔する物体を追い続ける。
タクミから一定の距離を飛翔し続けて離れようとしないことから相手がタクミを捕捉していることは明白だ。
数秒睨み合いのような状況が続いた後、飛翔する物体がタクミの視界から消える。
その瞬間、巻き起こった事象は三つ。
クロガネの意思により高速で地に伏せたタクミ。
伏せる前のタクミの胸があった場所を通過し、巨木に突き刺さる物体。
一拍遅れて波及する森全体を震わす衝撃波と爆音。
それは飛翔する物体が一時的に音速を超えタクミへ突進した故に巻き起こった現象。
全身のあらゆる関節の筋肉を総動員して伏せたタクミはその反動で軋む体を無理やり動かし横へ一歩下がりながら体を上げる。
その眼に飛び込んできたのは巨木に突き刺さる巨大な昆虫だった。
体はタクミの胴体ほどのサイズで濁った茶緑色に覆われている。
首から下は殆どカブトムシの姿に相違ない。
だが一際異彩を放つのはその角。
頭部から縦に伸びる巨大な漆黒のブレイドだ。
刃甲虫の突き刺さった巨木には巨大な亀裂が走り、ブレイドと幹の接合部からは白色の煙が上がっている。
タクミは刃甲虫が動き出す前に下段から骨剣を払い上げ胴体断ち切ろうとする。
だが響いたのは鈍い打撃音。
刃甲虫の甲殻を浅く切り裂き、その体を宙へ打ち飛ばす。
「硬い」
「やべぇ硬さだ。タクミ、黒糸剣に持ち替えろ」
タクミは黒糸剣に持ち替え関節が擦れる音と共に長剣形態へ変形させる。
もう一度巨木に背を預け刃甲虫の出方を伺う。
だが刃甲虫の様子がおかしいことに直ぐに気が付く。
羽音と共に何度も木々に体をぶつけている様な音が聞こえてくるのだ。
「ふらふらしてる。脳震盪?」
「かもしれねぇ。チャンスだが刃甲虫があの様子じゃミハが危ねぇ。場所を変えるぞ」
タクミは刃甲虫の音源を聞き取りながら移動と停止を繰り返す。
ミハから十分距離を確保したと判断したタクミは巨木へ背を預け刃甲虫を迎え撃つ為に意識を集中する。
視界に刃甲虫を捉える。
その速度は出会った直後に比べるとかなり下がっていた。
だがそれでもその速度は十二分に速く、脅威であることには変わりない。
タクミは正眼の構えをとる。
この居合に音は意味をなさない。故に眼に全神経を集中させる。
瞬間、刃甲虫の体がぶれる。
刃甲虫は超高速でタクミへ直進していた。
タクミはその眼で刃甲虫の軌道を完全に捉えている。
だが結果的に黒糸剣が振るわれることはなかった。
刃甲虫はタクミへの軌道から逸れ数メートル上に着弾したのだ。
それはタクミの第一撃のダメージが残っていたが故。
タクミは直ぐに顔を上げ刃甲虫の着弾地点へ目を向ける。
そこには何らかの生物が生成したであろう巨大な巣が鎮座しており刃甲虫はそのど真ん中へ突き刺さっていた。
「タクミ!逃げろ!」
先にクロガネによって走り出した体が数歩でタクミの制御に切り替わる。
タクミが走りだした直後、後方で幾つもの破裂音が響き渡る。
刃甲虫が突っ込んだ巨大な巣に生息していたのは蟻や蜂に似た生態系の虫だ。
体は昆虫の特徴を持ち女王個体以外は羽で飛翔可能だ。
そして特徴的なのは提灯の様に膨らむ腹に貯蔵された液体。
その液体は役割によって内容物が異なる。
爆発を引き起こしたのは腹が赤色の液体で一杯になっている個体。
赤個体は外敵に接近すると自身の腹を食い破り、空気中の成分と反応した赤い液体が爆発を引き起こすのだ。
刃甲虫は提灯飛蟻の赤個体に群がられ一匹が爆発すると他の個体も一斉に誘爆した。
羽を焼かれた刃甲虫は逃げることができず、続々と迫りくる後続の提灯飛蟻に焼き殺される。
提灯飛蟻は手を出さなければ無害だが外敵と判断した相手には縄張りギリギリまで執拗に攻撃を繰り返す。
タクミ自身も外敵と判断された為全速力で縄張りの外を目指して走り続ける。
後ろから追ってくる個体の他に元々外を巡回していた個体まで攻撃を仕掛けてくる。
タクミは森の中を縦横無尽に跳ねまわりその攻撃を躱し続ける。
「ミハ!荷物を持って立て!」
ミハを置いてきた地点へ到着する前に大声で呼びかける。
数秒後心配そうな顔でリュックサックを持つミハがタクミの視界に入る。
ミハの元へ着いたタクミは速度を落とさずにミハとリュックサックを抱え直線に走り続ける。
「タクミ、もういいぞ」
それから暫く無我夢中で走っていたタクミ。
クロガネの声を聞きタクミは後方を確認すると地面に倒れこんだ。
「はぁ……はぁ……」
タクミは荒い呼吸で少しでも酸素をと空気の循環を繰り返す。
何度か被弾し軽度の火傷を負った傷口へ汗が触れ激痛を発する。
ミハは未だに状況が飲み込めず涙目でおろおろとするばかりだった。




