016包容
木を蹴り地面へ転がったタクミは即座に体勢を立て直し油断せず地に転がる赤蜘蛛が完全に停止するのを待つ。
十数秒で赤蜘蛛は完全に停止したが念のためにその顔面目掛け短剣を投擲する。
投擲された短剣は赤蜘蛛の複眼付近に着弾した。
だが赤蜘蛛は全く反応を示さない。
それを見てタクミは警戒を解き、落ちている骨剣を拾い上げホルスターに吊り下げた。
『タクミ、赤蜘蛛の腹に右手を宛ろ』
言われた通りに赤蜘蛛へ接近する。
獣と違い虫は死しても目の感じが変化せずタクミは本当に死んでいるのだろうかと疑心暗鬼になる。
結果的に近づいても生き返るなんてことは起きず、タクミは大きく膨らんでいる腹へ右手を宛てた。
再び手のひらを貫通し黒い泥が赤蜘蛛の内部へ侵入する。
タクミの右腕は肩先で神経が切断されており今は痛みや感触を感じることはない。
タクミの眼からは赤蜘蛛の腹の内側で這いまわっているクロガネの輪郭が把握できる。
『何か探してるの?』
『嗚呼、糸の生成器官を探ってる。まて……、あったぜ意外と小せぇな。……ばらすからもうちょい待て』
十数秒ほど経過し、用が済んだのか黒い泥がタクミの中へと戻る。
『ミハが心配』
『嗚呼、運んで解体するぞ』
赤蜘蛛の頭へ突き刺さる短剣をさらにねじ込んだ。それを取っ手代わりに左手で持ち、赤蜘蛛の死体を引きずりながら元来た方向へと歩を進める。
その百数十メートルの道のりには赤蜘蛛によって張り巡らされた無数の糸が健在だ。
タクミはその罠に引っかからないように慎重に進み続ける。
――ミハと分かれた地点の付近へ着いたタクミはすすり泣くような少女の声を聞いた。
ミハへ隠れている様に指示した木の裏を見ると毛皮の塊が小刻み振動しながら泣き声を発している。
「ミハ、戻ったよ」
タクミが声を掛けると震えていた毛皮の塊がピタリと制止する。
それからもぞもぞと動き毛皮の隙間からミハの顔が現れる。
その眼は真っ赤に充血し頬を涙が伝っている。
ミハはタクミの顔を見るや包まっていた寝袋を放りタクミへ抱き着いた。
「遅いよぉ……ヒック、捨てられたと思ったよぉ……うぅ」
「捨てるなら荷物は置いて行かないよ」
タクミはミハを抱きしめ頭を撫でる。
ミハは段々と落ち着き泣き声が小さくなっていく。
「そんなに泣いて、子供じゃないんだから……」
何気なく言ったその言葉の違和感にタクミは気づく。
「そういえば何歳か知らなかった。ミハ教えて」
この世界に転生した時、体は全く別の物になる。それ故に外見の年齢と精神の年齢が一致しないのだ。
年齢を聞かれても普通ミハが答えることはない。だが今は精神が極限状態で頭も回っておらず耳に入った質問に反射的に答えてしまった。
「十九歳です」
それを聞いて内心驚くタクミ。
「よっつも上だったのか。僕は十五だよ。でもこれじゃどっちが年上かわからないね」
「……ふぇ?」
ミハはタクミの胸に擦りつけていた顔を上げタクミの眼を見る。タクミの方が少し身長が高い為見上げる体制となった。
タクミの眼はまるで幼い子供へ向ける慈愛に満ちた眼をしていた。
だが、ミハの混乱はひどかった。
ミハはタクミの頼もしさから外見は子供だが年齢は自分よりも上だろうと思っていた。
だからこそ縋り付く子供のような行動を正当化できていた。
しかしタクミの年齢はミハよりよっつも下の十五歳、つまり中学生だと判明してしまったのだ。
中学生に幼児のように泣き宥められて喜びに浸っている大人と言っても差し支えない年齢の自分。
それを脳が理解した瞬間、ミハの中で何かが壊れた。
「タクミぃ頭もっと撫でてぇ」
「よしよし」
タクミはねだられた通りに優しくミハの頭を撫でる。
タクミの手がミハに触れる度にゾクゾクとした感覚がミハの体を流れていく。
タクミが生前最も接していたのは母親でその次が看護師達であった。それ故に母親や看護師の様な包容力のあるコミュニケーションをトレースしている。
それがさらにミハの性癖を破壊していくのだった。




