(7)人殺しは、一晩が待てない
◇ ◇ ◇
教会、2階の回廊。
ほかの人間たちからはかなり距離をおいて、レイナートとドレイクは向き合った。
「はじめに、なんだけど……俺の身分とか、頼むからみんなに明かさないでくれよ?」
「それは承知した。
俺の方も伏せておけ。
カルネは俺が国王なことを知らん」
「…………あの。
ベルセルカを勝手に呼び出したことを、怒ってるのか?」
「あいつに、征東大将軍であるベルセルカに、国王である俺の指示を無視して、勝手に戦闘を起こすという重篤な命令違反を起こさせた。
その重みがわからないのか?」
ドレイクは、息をのんだ。
「…………すまん。
動転して、本当に、1分でも早く、ベルセルカに助けてほしかったんだ」
「ベルセルカの身を危険にさらしてか?」
「それは……」
「――――いや。先を急ぐ。
順を追って話せ」
「……俺たちがこの土地に入ったのは10日前だ。
ここの地に現れた、正体不明のモンスターを討伐してくれる人間を募集していた。
それで、俺はここに来たし、カルネも同じ募集を見てここに来たんだ。」
ドレイクは、教会の中の避難した人々を見つめ、続ける。
「この周辺は、レグヌム王家に対してかなり強い反発心を持っている奴らがたくさんいたんだって。
3年前の内乱討伐……おまえとベルセルカも来てたっていうあの時から、さらに恨みが蓄積されていた、みたいだ」
「そうだろうな。
しかも、3年前に自分たちの仲間を殺したカバルス軍を率いていた俺が、この春国王に即位した」
「そう、それがきっかけになったらしい。
ここ数か月、反乱を起こそうとか、シーミアを独立させよう、っていう動きが出てきてたんだそうだ。
だがまぁ、それでもシーミアの圧倒的多数は、戦乱はもうこりごりな人間たちなんだ。
反乱の動きが少しでもあると、周囲の人間たちが役人に密告してつぶされる。
そういうことが続いていた……って、教会に避難してきてる連中から俺は聞いた」
「あくまで少数にすぎず、すぐに芽をつぶされていた。
だが、その反乱が、何らかのきっかけで攻勢に転じたと」
ドレイクはうなずく。
「“正体不明のモンスター”って言われてたものたちと俺は闘ったが、それが『悪魔』たちだった。
闘っても戦っても根絶しねぇ。
それどころか、いくつかの村を拠点として村人を支配し始めた……
そのなかに、指導者となる、人型の悪魔が出てきたんだ。
俺は見てないが、目撃者によると、青髪の美少女だそうだ」
「……青髪?」
「それで、彼女を反乱軍が信奉し始めた。
反乱軍は、モンスターを悪魔と思わず、青髪の女が、レグヌムを倒すための神の使いだと信じ込んでる。
で………この土地は国教会も役人も見境なく襲われ、俺たちはこの教会に立てこもる羽目になった。
かろうじて、まだこの周辺だけみたいで、シーミアの他の地には広がってなさそうだが」
……そうして、ドレイクは、深く息をついた。
「奴らは俺たちに要求した。
『ベルセルカ・アースガルズを連れてこい。
連れてこなければ、15分ごとに誰かを悪魔化する』
どうしたらいいか……悩んだ。そしたら、カルネが言ったんだ。
自分ならベルセルカを呼べるって」
それでなんとなく察したが、おそらく敵はドレイクに、ベルセルカと連絡を取る手段を期待したのだろう。
王族であり、戦闘魔法も使えて、ドラコではベルセルカの下で戦いもした男だ。
まさか単なる家出であるとは思わず、何か任務を背負ってシーミア入りしたのだと考え、ベルセルカと連絡を取る手段もあるだろうと思ったのだろう。
「あいつが来るまでの間は……俺たちの手で、悪魔化した奴を殺したんだ」
「……ベルセルカは、今どこに」
「ひとり教会の外で戦って……だけど、もう見えなくなった」
「なぜひとりで行かせた!?」
「ここの結界、俺がいなきゃ保たねぇだろ!?」
初めてレイナートに強く言い返したドレイクだが、すぐに。
「いや、悪りぃ。
……ベルセルカが、責任を取るから、どうしてもひとりで行くからっつって、任せちまった……」
と、弱気な声に変わる。
「責任? ……どういう意味だ?」
「3年前、たくさん人を殺した責任…かな」
「戦争だぞ。それに総大将は父だったし、敵兵を殺したのであって、無辜の民を殺したわけじゃない。いくら、ベルセルカが、“千人殺し”したとはいえ……」
言いかけて、思案するレイナート。
「………いや、考えても仕方ない。
俺は行く」
「ま、待てよ! その千人殺しって…」
そう、ドレイクが問いかけたとき。
――――――回廊に〈転移〉してきて現れた人物がレイナートに声をかけた。
「見てまいりました、陛下。
恐らくさらに南にベルセルカ様がいらっしゃいます。お急ぎを」
うなずき、レイナートは、姿を消した。
残されたのはドレイクと、転移してきた長身の人物。
「……えっと。イヅル・トマホークだよな?
カバルス軍の」
ドレイクが、彼女に、いや、かれに、問いかける。
ドラコ城で、一応互いに面識があった。
(そういえば、こいつも青髪か)
と、ドレイクは内心で思う。
イヅル・トマホーク。転生者でレイナートの子供の頃からの腹心。前世では男だったが今世では女の身体に産まれてしまった男。
「……3年前、ベルセルカ様は、おれを救出してくださったのです」
「おまえを?」
「ええ。当時、いち分隊長だったおれは、戦闘中に片腕を切り落とされ、この近くにある古城にて、少数の住民とともに隠れひそんだのです。
おれを助けようとして、たったひとりでベルセルカ様は夜の闇にまぎれ、千人もの兵を暗殺いたしました」
「暗殺………?」
戦場でその言葉は、解せない。
それに、いまのイヅルは両腕とも欠けていない。
いったいどういうことなのか?
◇ ◇ ◇
――――――――生まれながらの人殺しめ。
――――――――まるで野菜を収穫するように人の首を掻き切るのは、そんなに楽しかったのか?
「否定しません。
達成感はありましたよ。
それが何か?」
つきだされた剣を、弾くでもなく顔のひねりだけで交わして、間髪いれずにこちらの刃で切る。
槍は、長柄であるゆえ、柄の持つ位置で自在に間合いを操れる武器だ。
軌道もバリエーションが多い。
ほぼすべての攻撃を、相手がたは避けられず、突かれ切り裂かれて、“反乱軍”はどんどん死んでいく。
だけど、死んでいくのは、半悪魔化した人間たちだ。
死体の山を飛び回り、死体の山に登ってくる人間たちを操る、イヅルと同じ顔の少女。
彼女だけは、刃が届いても、切り裂かれても、すぐにそれがふさがってしまう。
…………3年前のあの夜、イヅルを見捨てるのはどうしても嫌だった。
手柄をあげて名と顔が知られ、それでいて、身体は女であるイヅルが、負傷した状態で、秩序もなにもない敵方の反乱軍に捕まったらどうなるか。少し想像しただけで、背筋が凍りつくような思いだった。
明日の朝には救出の軍をだそう、とバルバロス将軍は言った。
その一晩が、ベルセルカにはどうしても待てなかったのだ。
夜の闇のなかで、ひとり、ひとり、数えながら殺した。
やがて気づかれたら、その部隊ごと、他に伝わらないように殺した。人数はきっちり数えた。
1075人。
全員殺し、イヅルたちのもとにたどりついたときには、もう夜は明けていた。
…………命令違反及び、ひとりの分隊長を助けるためにしては“殺しすぎた”ベルセルカに対して、懲罰が検討されたとき、かばってくれたのはレイナートだった。
誰よりもたくさん彼女が敵を殺したから、もしかしたら戦闘で死ぬはずだった仲間が助かったのだと。
それ以来誓っている。
どの戦場でも、自分が誰よりたくさん殺すと。
(ここにだけは)
この場にだけは、レイナートを越させるわけにはいかない。
この大量殺戮は、ベルセルカ・アースガルズだけが関わっているのだ。
国王は無関係だ。
恨みがむくのも、ベルセルカ・アースガルズのみでなければいけない。
だからベルセルカの不在に、そして行き先に、レイナートが気づく前に、すべてを終わらせてしまわなければ。
――――ふわっ、と、ベルセルカの後ろに人の気配。
(しまった、転移まほ……)
と思った時には首筋の動脈を、少女の手で押さえられていた。
意識が、遠退く。
何なのだろう、これは?
スゥッと、視界が暗くなり、ベルセルカは、まるで絞め落とされるかのように、落ちた。
◇ ◇ ◇




