(6)なぜ彼女を?
◇ ◇ ◇
「………ベルセルカ、いまどこかしら?」
「さぁ、わかんねぇ……」
毛皮の大きな帽子をかぶった少女カルネを膝に抱え。
相次ぐ戦闘その他でかなり魔力の限界に達したドレイクが、窓の外を見ながら答える。
依然、かわらない光景だった。
教会の建物のそとを、すでに人ではなくなった人間たちが、死体を踏みつけながら囲んでいる。
「ベルセルカ、悪魔に、勝てるかしら……」
不安げな言葉を漏らすカルネ。
………悪魔、か。
そんなものが実際に存在するとは、ドレイクも、この目で見るまで信じられなかった。
どうせ、国教会がプロパガンダに利用するためだけに創作した産物だと思っていたのだ。
しかし、実際にドレイクたちは悪魔たちに襲われた。
さらに奴らは人を操って、どんどん悪魔のように変異させて襲わせた。
そんなに広くもない、この古い教会の中には、密集気味に、冒険者や地元民などが避難している。
周囲は、悪魔と取りつかれた人間たちに囲まれ、出ることはできない。
ドレイクは、教会の二階ぐらいの高さに据えられた回廊の上から外の様子をずっとうかがっていた。
教会の一階には、避難している人々にまじり、外にいる悪魔たちに入ってこられないようにと、一人生き残った修道女が必死で祈りを捧げている。
が、目下、悪魔が侵入してこないのは、彼女の祈りのせいではない。
ドレイクが張った結界が、どうにか機能しているせいだ。
「…………オレの知る限り、ベルセルカはあんな雑魚どもに殺されるような女じゃない」
雑魚ども、というには、ドレイク自身は一匹倒すのにだいぶ手こずったのだけど。
間違いなく魔力量はベルセルカよりも自分のほうが多い。なのに、いざ戦闘となると、恐ろしいほどの差をつけられる。
ドレイクにはどうしようもない敵たちを前にして、ひるむことなく、彼女は出ていった。
あの可憐な美貌と華奢な身体(ドレイク視点)のどこに、そんな武力が隠れているのだろうか。
「でも、ベルセルカを襲ってるの、悪魔じゃなくて人間なのよ。それに……」
少女カルネが何か言いかけた、その時。
時計の針が、3時15分を示した。
――――本来こんな時に鳴るはずもない時計が、時計らしからぬ音で歌い出す。
「……なんでだよ」ドレイクはつぶやく。
「ベルセルカが来たんだから、もう終わりのはずだろ!?」
――――時計の音に狂わされるように一人の女が、髪を振り乱し、わめき叫びながら立ち上がる。
「あ、悪魔化だ!!!」
「今度は、あの女が悪魔になるぞ!!!」
周囲の人間たちが怯え、逃げる。
ドレイクは剣をつかんだ。
「こ、こっちもだ!!?」
「今度は、2人か!?」
もう一人、男が、明らかに何かおかしいものに憑かれたように身をよじり叫びだす。
祈っていた修道女が、聖水を手に駆けてくる。
女のほうにその聖水をかけた。
もくもくと黒い煙をあげ、一瞬苦しんだようにも見えたが、しかし、女の顔が瞬く間に黒く染まっていく。
――――黒い毛皮で覆われていく。
ヤギをグロテスクにしたような顔に変形していく。
体はむくむくと膨らみ、服が裂ける。すでに上半身は黒い毛皮に覆われていた。
その肢体は、人間の身体の倍近くも膨らんで、手足は蹄と化している。
少し遅れて、男もまた、そのような『悪魔』の姿へと変異していく。
何もできない修道女が、絶望の表情でへたりこむ。
ドレイクは剣をたずさえて、一階へと飛び降りた。『悪魔』となった女と相対する。
(こいつらも、また殺さなきゃなんねぇのかよ!?)
押し潰されそうな罪悪感。苦しくて息を呑んだとき、……ドレイクは感じた。
教会に張った結界を、何者かが通過した。
「……なん、だ、こりゃ?」
ドレイクだけが気づく反応なので、周囲の人間は変わらず、悪魔に変異した女から逃げ惑ったり、必死で武器をさがしたりしている。
結界が壊されたとかこじ開けられたとかではない。
ただ、結界の抵抗があってないように、何者かに突破された。
さっきここに来たベルセルカでさえ、そんなことはできなかった。
この国でそれができる人間といえば……。
「……マジかよ」
悪魔化した女の頭上に、一瞬で銀色の甲冑をまとった何者かが〈転移〉してきたかと思うと。
浮遊しているかのごとき身軽さで、とん、と、その手のひらを彼女の頭頂において。
「〈悪魔祓い〉!!」
脳天から魔力を叩き込んで、雷が落ちたようにその魔法を食らわせ、一瞬で、人間の女の体に戻した。
ぱたん、と女が倒れる。
すとん、と、着地したその黒髪の男。
背後からもう一匹、悪魔化した男が襲いかかる。
黒髪の男は後ろを見もせずに、悪魔の顔を手であっさりと掴み、捕らえる。
そしてまた間髪いれず、
「〈悪魔祓い〉」
強制的に人間に戻す――――。
ぱたり、と、悪魔から戻った男もまた気を失い、倒れた。
「レイナート!!」
思わずドレイクは、黒髪の男の名を呼んだ。
振り向いたのは、切れ長の目、紫色の瞳。
この国最強の国王だ。
「ありがとう、来てくれたのか。
すまん、本当に」
助かった、これで。
ドレイクがそう思い頭を下げるも、レイナートは、つかつかと、ドレイクに歩み寄っていくと、その胸ぐらを掴みあげた。
「!?!??」
「ベルセルカはどこだ」
細い腕にいとも簡単に吊り上げられる。
国王のあまりに鋭い眼光に、ドレイクは冷や水をぶっかけられたような心地となった。
「あ、あの。
ベ、ベルセルカは……」
「なぜ、ベルセルカだけを呼んだ?
どこにいる?
正直に答えろ」
「え、えええ!? 待っ……」
何が起きているのかと、唖然とする周囲の面々。
修道女が、「ド、ドレイクさんを放しなさいっ!?」と聖水をかけてくる。が、当然のごとくただの人間であるレイナートには何も効かない。
「レイナート……レイナートよね!?」
2階の回廊から、気づいたカルネが声をかけた。
「ちがうの!!
ベルセルカを急いで呼んだのは………」
「じゅ、15分おきに、誰かが悪魔になっていくんだ」
ドレイクが、言葉をもらした。
「俺が知っていることを話す、から!」
◇ ◇ ◇




