(5)3年前の戦場
◇ ◇ ◇
「……ここは、いったいどちらですの?」
レイナートの腕に姫抱きされたかたちになった侯爵令嬢エレナ・オストラコンが、呆然としながらつぶやいた。
先ほどまで周りを囲んでいた森はない。
もちろん王城も見えない。
彼らがいるのは、木も生えない、石と瓦礫だらけのはげた丘の上だ。
ここにあった城はすでに全壊で、壁の下のほうが間取りだけ描くようにかろうじて残っている。
ひたすら、がれき、がれき、がれき。
赤と茶色。時々錆びた武器の黒。
死体もないのにこびりついた血のにおい。
いや、さすがに3年も経過しているので、血ではなく、鉄と土のにおいだろうか。
「ここはシーミア公爵領。
王国の西南西の辺境だ」
「は、はぁ……」
あれだけアプローチしていたレイナートの腕にエレナはいま現在抱かれている状況だが、そんなことより、自分の身に何が起きたのかという驚きのほうが、彼女にとっては大きいのだろう。
『城』のそばには、石で作られた塚がある。
3年前、戦地から引き上げる際に、つくっていったものだ。
さきほど森のなかにあった碑とは、大きさも比べ物にならない。
この地の誰かの恨みを受けたせいなのか、一部砕かれ崩壊していた。
仲間の、連れて帰れなかった遺体がここに眠っている。
「…………ファラン。
この女性を王城に連れて戻れるか?」
「えぇ!?
俺っスか??」
「ベルセルカを捜しに行きたい」
つまり、邪魔なのだ。
放心したままのエレナをそのままファランクスに手渡そうとしたとき、ハッとしたエレナがレイナートの腕にしがみついた。
「わ、……わたくしも、捜します、わ」
「その靴で、こんなところを歩けるわけないでしょう?」
「で、でしたら!
せめて陛下のお近くで、お待ち申し上げたいですわ」
「…………とりあえず、降りてもらえますか?」
気が立っているレイナートが静かに怒りを込めた口調で言うと、しぶしぶエレナは、レイナートの腕から降りた。
しかしやはり、高いヒールでは足元がふらつくのかバランスを崩し、とっさにファランクスの腕をつかむ。
袖無しの服を着た彼のむき出しの腕は、一切の無駄な肉なく鍛え上げられ、レイナートから見れば羨ましいほどたくましい。
ファランクスは、中身に似合わず顔はかなりの美男だが、身体もどんな騎士にも負けていない。
自分で腕をつかんでおきながら、エレナは目を白黒させていた。
それにしても、視界に入る限り、ベルセルカの姿はない。
いまいる場所は小高い丘で、開けたところだ。だからわりと遠くまで見渡せるのに。
「テキロとともに転移している?
それにしても、いったいどこへ」
「あの!
やっぱ、やみくもに捜すよりは広範囲の索敵魔法っスよ。
オレ、索敵魔法最近覚えたから、やりますよ!!」
はい、はい!オレ、オレ!
と、手をあげアピールするファランクスだったが。
「いや。急ぐ」
レイナートはひとりで、指を組んでしばしなにかを唱えると、その、長い両の腕を、まっすぐ左右の真横に突きだした。
「――――〈遠隔透視、最大検出〉」
「……若?」
レイナートを中心に同心円を描くように、ひゅん、と光の波が瞬く間にファランやイヅルをも透過して地を駆け抜けて、果てまでいって見えなくなった。
「……ええと?
若? それ、ベルセルカ様にいつもやってもらってるやつですよね?
いやむしろ、それよか上位の魔法?
若もできたんスか?」
ファランクスが、事態を把握できていないエレナを支えながら言う。
……と、思えば、光の波がまた地をかけ戻って、レイナートの体に集約した。
その捕捉に集中しているレイナートに代わり、イヅルが返事する。
「当たり前だろう。
陛下は、俺たちができる魔法は、特化型を除けばほぼすべて、それも上位互換でおつかいになる」
「うお、マジすか。
チートってやつはホントにもう…。
それ、ベルセルカ様の前でやらないでくださいよー?
あの子絶対凹みますよ?」
勝手に心配するファランクスに、イヅルがゴリっと拳骨を落とした。
「陛下。
何かご覧になりましたか?」
「南南西方向20ミッレ(約29.6km)先、森を越えたところの集落、真新しい死体の山が続いている。ここ数日でできたものらしい」
「ベルセルカ様、ではない?」
「近くで精査したい。
とりあえず、俺とイヅルで行こう。ファランはエレナと一緒にここで待機してくれ。あとで迎えにくる」
「ええ留守番!?
……いえ、なんでもないっス」
イヅルに鋭い目で一瞥され、ファランクスは折れた。
「え、あ、あの、わたくし、こ、この見知らぬ地でこの者と、ふたりきりなのですか?」
戸惑い、いつになく裏返った声を上げるエレナ。
「あーひどいっス!
オレだってイヅル先輩の次の次の次ぐらいにカバルス軍では強いッスよ!!」
たぶんそういう理由ではないのだけど、深く突っ込むのはやめておく。
「―――じゃあ、頼んだ、ファラン」
レイナートとイヅルはそれぞれ馬に飛び乗り、その腹を蹴った。
駿馬2頭は、走り出す。
「へ、陛下!?
2人にしないでくださいませぇぇぇっ……!」
◇ ◇ ◇




