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(3)人の噂というものは




   ◇ ◇ ◇




「……しかし。

 例の件、ことごとく質が低かったな」



 ――――その日の夜。


 レイナートとベルセルカは城から少し離れた町の、酒場のようなところで食事をしていた。

 それぞれ、国王と貴族令嬢とはわからない旅人のような服装だ。ベルセルカは『異性装』ということになるが、ドラコの聖騎士団のようにそれを見とがめる者などは、いない。

 ちなみにアリアドネとナルキッソスは、城で夕食をとっている。



「そうですね。

 あれを領主代行(あのひと)は偽物と見抜けなかったんでしょうか……」



 こんがり焼かれた鳩の肉を、レイナートと半分こに分けて手づかみで食べながら、ベルセルカは答える。



「万が一取りこぼしがあってはいけないから、慎重に吟味(ぎんみ)していた、ということなのか」



『我こそはティグリス公のお手つきである、このような子を産んだ、いま何歳である。ティグリス公のあとつぎとせよ』

 ……という74件の訴えを、先ほど、レイナートとベルセルカはそれぞれ精読した。

 時に必要なときは、アリアドネも確認した。


 ――――判断の結果。


 74件すべて、偽者の気配濃厚。



 名乗り出た女は、いずれも城の比較的近くの出身だが、特に雇われていたなどの過去はない。

 判を押したようにひどく雑な話のつくりには、何かお手本があるかと思ったほど。

 ぼろぼろと矛盾が見つかり、そのくせティグリス公との出会いだけは、おとぎ話の王子様とのそれのように甘く理想的に描かれている。


 このように頻繁にやってくる落胤の名乗りに領主代行は時間を取られて、ほかの仕事が大幅に遅れ、返事はまだかと名乗りのあった者から催促があり……という悪循環を起こし、非常に業務が混乱していた。

 結果、重要な事案が後回しにされていることが発覚。

 仕事についてレイナートが付ききりで整理した一方、隠し子の名乗りについては、即日、触れ書きを城の近郊に掲示することにした。



『ティグリス公がおなくなりになって以降、死人にくちなしとばかりに、我が子は公の御子であると訴える女があとをたたない。

 真実であればすぐに保護すべきものであるが、偽りであれば、ティグリス公の名誉を汚すものである。そしてあまりに数が多く、偽りの可能性が濃厚である。

 真にティグリス公の子を産んだと心より信じる者のみ名乗りをあげよ。故意の偽りであったことが判明した場合、王都の国王陛下のもとで厳罰に処す。

 ―――この触れ書き以前にあった訴えは、一度すべて無効とする』



 民に人気が高かったというティグリス公の『名誉を汚す』、と言った部分が(キモ)である。



(さて、あの触れ書きがどうでるか)



 レイナートたちが、酒をのめないのに酒場に入ったのは、その触れ書きを見ての皆の反応を見たかったからだ。


 にぎわう酒場の中。

 ティグリス公の子であると(かた)る者たちに対して、なにか民からの意見や感想が上がったりするだろうか?

 しかし騒がしい酒場のなかでもなかなか触れ書きに対する噂は聴こえてこない。


 民にとってそんなに関心が低い話題でもなさそうだが、なぜだろう……と、思った、その時。



「しかし、城の領主代行め。

 こっちからのご落胤(らくいん)の訴えをことごとく無視しやがって」


「あげくのはてに、俺たちの領主さまの名誉を汚すだと!?」



 レイナートたちが入ってきたよりもあとに酒場に来たらしい男たちが、そう話し始めた。

 少し詳しく話を聞いたほうが良いか?

 耳をそばだてた、その時。



「クソが!!

 おれたち、こそが、ティグリス公のご無念をお晴らししようとしているのに!!」


「あの、国王めが!!

 オクタヴィア王女に横恋慕(よこれんぼ)し、ティグリス公を謀殺(ぼうさつ)するなど!!?」



 …………国王(レイナート)は、握った手で木のフォークを折ってしまった。

 いま、なんと?

 え、誰が誰に横恋慕?



 彼らの口は止まらない。

 そのまま国王の悪口大会になり始める。

「転生者の奴隷風情が」

「女騎士をはべらせる助平国王め」

「女の部隊なんて要は戦場に愛人を大量に連れているってことだろう」

……等々。



(やめろ! すごい顔で立つな、立つな!ベルセルカ!)



 彼らを八つ裂きにしそうなオーラ全開で立ち上がろうとするベルセルカを、身振り手振りでどうにか制止していたレイナートだったが……。

 ふと、腹を決めたように、自分が立った。



「ここを動くなよ、()()

「レ…どうしたのですか?」


 お互いに名前は呼べない。

 例によってレイナートの首の烙印は、首巻きで隠している。



「…………王都のお話ですか?」



 なんと、国王は自分の悪口大会のど真ん中に突っ込んでいった!



「興味深いですね。

 皆さま一杯おごりますので、お話きかせてください」



 レイナートさま!?

 と、いまにも絶叫しそうな口パクをするベルセルカを、さらに目で制止した。

 彼女までこちらに来れば、確実に死者が出る。



「おう。にいちゃん、まず聞きな。

 オクタヴィア様は、それはそれはお美しくて聡明で素晴らしい王女様だそうだ」


「ティグリス公爵さまとも相思相愛、おふたりは、春に結婚されて仲むつまじいご夫妻になられるはずだった………」


「………え?」えっと、誰の話?


「それを、かの暴虐の国王が!!」


「どこだっけか、カバルスだ、カバルス。

 そこの奴隷あがりの領主がこともあろうにオクタヴィアさまに懸想(けそう)して、公爵さまを謀殺しやがった。

 しかも国王陛下まで殺して、自分が国王になり、国を乗っ取りやがった!!!」


「おそらくは、すでにオクタヴィア様も無理矢理……!!」


「なんて奴だ!!!」



 口々にその場の男たちが語り出す。


 …………いったいどこの国の話?


 オクタヴィアが美人で聡明なことと、カバルス領主ぐらいしか情報が合っていない。

 確かにすべての情報が公になっているわけではないが……それにしても、歪んで伝わりすぎでは?



 男たちは、さらに話を続けた。



「国王は、いまだに領主さまのあとを決めないでいる。

 豊かなこの土地まで、自分のものにするつもりなんだ!!」



 いま絶賛つぎの公爵選定に苦労しているところなのですが。

 ……そろそろ離脱するか、とレイナートが心の中で呟いたとき。



「暴虐を止めるには、すぐにでもあとつぎが……あとつぎが必要なんだ!」


「だから俺たちは、めぼしい女に目をつけては、公爵さまのお子を産んだと名乗り出させているんだよ!!」



「―――――は?」



 とんでもない自白に、レイナートは、我が耳を疑った。

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