(2)領主代行の怯え
元・王族令嬢、アリアドネ・グラ。
転生者でもないのに転生者であるという濡れ衣を着せられ、イカサマの審判で認定されて奴隷に落とされた彼女は、転生者の息子であるにもかかわらず、奴隷という運命から逃れ、領主になり、国王になったレイナートを、強く強く憎んでいた。
前に闘った際には怨念のこもった罵倒をぶつけたほどだ。
だがそれなのにレイナートは今回、領主代行フェリクスを通じ、アリアドネに同行要請を送った。
当然、アリアドネは当初拒んだ。
しかし、年上の幼なじみでもあったフェリクスに
『嫌なことをやりとげてこそ、あなたの贖罪になるのですよ』
と押しきられたうえ、
『そのぶん労役の日数を減らしてあげます』
と篭絡されて、送り込まれたのだそうだ。『フェリクスまじ有能にゃ』とはナルキッソスの言葉。
そんなアリアドネは、かつてレイナートと戦ったときにつかった魔道具の杖も携えている。
ちなみに黒猫ナルキッソスは、そんなアリアドネを
『とっても綺麗なおねえさん』
としか思っていないので、膝でなでなでされたり、ときおり胸に抱かれたりして大変ご満悦なのである。
「ところで、アリアドネ。
ティグリス公について、知ってることを教えてもらえないか?」
「国王陛下。
あたしにそれを、よく訊けるわね?」
アリアドネは、ナルキッソスから目を離さずに答えを返した。
「あたしが言った言葉、忘れてやしないだろうね?
あんたを王とあおぐことなんて、耐えられないって」
わざわざ広くもない馬車のなかに、一触即発の火種を撒く元王族令嬢。だが、
「ああ。
わりと傷ついたから今からでも謝罪はうけつける」
絡まれることはあらかじめ想定済みだったため、レイナートはさっくりと言い返す。
アリアドネ側は、言い返されることを想定していなかったのか、なんとも言いがたい表情でしばし硬直した。
「……だれが、謝罪なんてするものか」と、やっと絞り出すように返す。
「そうか。わかった。
で、ティグリス公のことは?」
「人の話を聞かない国王だね」
あからさまな舌打ち。
しかし、最終的には自分の立場を理解したのか、ハアッ、というわざとらしいため息ののち、アリアドネは語り出した。
「地元の評判は知らない。
あたしが知るのは王都での話。
アステリオスの身代を乗っ取る前、仕事を手伝わされていたころに入ってきた話ね。
でも、それだけでも、十分そこそこなクズよ」
「なかなかのパワーワードにゃ……」とつぶやくナルキッソス。
「ほら、未婚での恋愛はふしだらなものとみなされるから、貴族たちって、結婚してから夫以外・妻以外と恋愛をする前提で生きているだろう?
けれど中には、数少ないけど、敬虔な信仰だとか、結婚した相手をたまたま愛せたとかで、お互いに貞淑な夫婦という者もあるのよ。
で、あの男は、なぜかそういう夫婦を目の敵にしていて、子爵家や男爵家なんかでそういう夫婦を見つけては、夫に圧力をかけて妻を無理矢理抱くとか。
あるいは、使用人の中でも婚約者のいる女を狙って『手をつける』とか。
そうやって、いくつの夫婦関係が壊れた、婚約がつぶれたって、自慢してたんだ」
「……うわ。十回ぐらい殺したいクズですね」
思わずベルセルカの口から素でそんな言葉が漏れる。
暴力にまかせた性交ではないとしても、明らかに自分が上である立場を利用しての関係強要。
それを、性欲のみならず『女性とその相手の男性を不幸にする』のを楽しむために行う。
確かに、同じ男からしても、なんだか背筋が寒くなるような悪意だ。
「それを貴族同士の間でおおっぴらに話すのか」
「身分の高い、悪い遊び仲間どうしではそんなもんさ。
仲間に自慢したくて、どんどんひどくなっていくんだよ」
「………周囲もそれを肯定してしまうから、直されないまま歪み続けるんだな。
王都周辺での不良貴族の素行について、一度実態を調べようか。
教育の時点でも手を打たないといけないな……貴族の子弟の教育か……やはり学校を……」
「…………………」
話の途中で考え込んだレイナートを、呆れたようにアリアドネは見つめる。
「ああ、悪い。続きは?」
「……いや、それとさ……。
それでも不思議と、ティグリス公に隠し子の話とかは出てきていなかったんだよ、一切。
あんな生活を送っていて」
「へぇ?」
「だからね。
いま、落胤だと名乗り出る人間がたくさんいるっていうのが、どうもあたしには信じられないでいるのさ」
◇ ◇ ◇
「―――も、も、申し訳ございません国王陛下!
こ、これはご報告するまでもないことと思い、こちらで調べ処理していくつもりでいたのでございますが、それが、調べきれないうちに、とんでもない数に……!」
馬車がティグリス城に着いてから、まっさきに領主代行に会うと、平謝りに謝ってきた。
彼は、亡きティグリス公の単なる雇われ人であり、貴族ではない。
40歳をすぎてハゲかけた髪を気にして分厚いかつらをかぶる、平凡な空気の男だ。
ティグリス公の生前、王城に来る用事もあり、彼とは顔を合わせたこともある。
実は彼も、この国の『普通の人間』と同じように、転生者の子であるレイナートを忌み嫌い、陰口を叩いていた人間の一人だ。
しかし同時に力を恐れてもいたのだろう。
レイナートが国王になってからは、いずれ何か、報復があるのでは……と気の毒なほど怯え、従順に従う。
こういう人間が意外と多い。
しかし今回はその怯えが、裏目に出た。
報告が遅れたのは、明らかに、レイナートを恐れてに見える。
「最初の判断を間違ったことを責める気はないが、収拾がつかないと気づいたときに後からでも報告してくれ。
ひとりで抱え込んで解決しないままでどうする」
「………はっ!!」
恐縮し、怯え、しかしどこかほっとした様子にも見える領主代行は、レイナートたちを領主用の執務室に案内した。
……執務室の机に積まれていたのは、ずっしりと積まれた紙の束だった。
それも、形式はバラバラ。
聞き書きしたメモのようなものや、手紙のたばにおもて紙をつけたようなものなど、多岐にわたる。
「最初の1人は、幼子の手を引いてこの城に直接参り、わたくしが会って話を聞きました。
それから、続々と城に来たり、手紙を送りつけてきたり……。
いままでに、74人の女が、落胤となる男子を産んだと名乗りをあげてございます」
「74人?」
それはさすがにおかしい数字だ。
「順々に処理をしておりまして、こちらの束が、偽物と確定しましたもの。
こちらが、比較的信憑性が高いと思われるものです。
で、こちらがすべて未処理で……」
「領主の死が知られた直後から、これが始まったのか?」
「ええ……。
亡きティグリス公爵は、女性関係はク……いえ派手でございましたが、一方で領民にはとても慕われておりました。
はっきり申せば、領主として手腕を発揮されたとはとても言いがたいのですが、おのれの見せ方を心得ていらっしゃる方で、容姿にもすぐれていらっしゃったので」
「レイナートさまが爆ぜろと言うタイプですね」
「言わないから今は」思うだけです。
それにしても、言葉の端々から、領主代行もまたティグリス公爵をあまり好きではなかったことがうかがえる。
「陛下が即位された際にあわせ、領内に公爵の死を公表し、それから盛大に葬儀をいたしました。
それで、あの、その……」
「ん?」
「いえ!!
それで、このあと片づけて参りたいのですが」
歯切れの悪い言葉を残し、領主代行は強引に話を進めた。
◇ ◇ ◇




