(4)国王への風評被害がひどい件
「……あなたがたが、そんなことを?」
「俺たちだけじゃねえよ。
隣町でも、心ある連中が同じようなことをしてる」
心ある連中、の定義とは。
「どなたかから提案が?」
中心になっているらしい、20歳ぐらい?もっと若いかもしれない男が、妙に得意気に「ああ、ほかの町の奴から提案があった」という。
「それで、俺たちからも他の町の連中に伝え広めたのさ」
「亡くなられた領主様は、俺たちの前にも頻繁に姿をあらわされて、そのお姿とお言葉をお聞かせくださるだけで、安心したもんさ。
あの無能の領主代行とは、似ても似つかない」
有能の条件とは。
確かに領主代行は敏腕とも剛腕とも言いがたいが、いったい誰が領地の仕事をしていたと?
「ほんと、助平国王と一緒に領主代行死なねえかな。
国王め、カバルス領主のころは娼館まるごと買い上げてんだぜ。
どんな色情狂だよ」
「女たちにそれを話すとみんな、なんでそんな男が国王なんだって不満爆発よ!!
女やこどもにとって、最悪の国王だってな!」
「ああ、母親が娼婦だったって噂だからな、娼婦に興奮――――」
言いかけた男の頭から、飲んでいたはずの酒が滝のように浴びせられた。
同じくその仲間たちの手からも目でとらえられないほどの速さで女の手が次々と酒を奪い頭からぶっかける。
4人の男たちがみな酒をかぶるまで、全員が反応できず、一瞬呆然とした。
それをした赤髪の美少女の表情は―――――
あ、最高に怒っているときの笑顔だ。
「「「「な………な、何しやがる!?」」」」
「あなたがた、何人の女性にそうさせたのか、人数を覚えておいでですか?」
「はっ………?」「??」
「人数。何人ですか?」可愛らしい声で詰める。
「え、えっと」
「もしかして覚えていらっしゃらない!!
それは大変ですね!!
もしかしたら、その全部が、公爵さまのお手付きだったと認定されてしまうかも。
そうしたら、公爵さまは後世に、どこまで不実な殿方であったかと言われてしまうでしょう!!
おかわいそうな公爵さま!!」
耳を惹きつけるベルセルカの声。
酒場のみなの目線が、この場の男たちに集中する。「どういうことだ?」「亡き公爵さまに、あいつら何やったんだ?」ざわめきが広がる。
男たちの顔が、真っ赤になった。
「ところで、ほかの町のお仲間さまと、いつ何人の女性にそうさせたか、ご連絡を取り合っていらっしゃいますか?」
さらに、男たちが、ウグ、と詰まる。
「いま、全部でいったい何人の女性が、『領主様の寵愛を受けた』と名乗り出られているのか、把握されているのですか?」
「い、いや……」「その……」
「大変!!
もし、それだけたくさんの女性が愛人と見られてしまっては、後世に、公爵さまこそ色情狂であったと言われてしまいますね!!
なんてことでしょう!!
公爵さまの名誉が!!」
――――酒場の中の視線が、氷のように冷たくなる。
今の今まで、亡きティグリス公のためにと信じていた男たちの目が泳ぎ、顔が赤くなったり青くなったりしている。
「いまからでも、すぐにお止めになったほうがいいのではないですか?
ほかのお仲間も、あなたがたがお声がけした女性たちも。そうでなければ、公爵さまの名誉が」
「わ、わかったよ!!」
ガタガタガタッと席をたつ男たち。
あわてて代金徴収にきた店の者に投げつけるように金を払い、店を出ていった――――。
「……何やってんのよ騒がしいねぇ」
一仕事終えたベルセルカに、声をかけたのは、いつの間に酒場に入ってきていたのだろう、アリアドネだった。すっかり仲良くなった黒猫ナルキッソスを抱いている。
「時間になったから、馬車で迎えに来たわよ。
……で、いったいなんの騒ぎ?」
「ええ、ちょっと」
「あと、いったい、何で後ろの男はえらく凹んでるのさ?」
「あ、その、えーと……いろいろありまして!」
◇ ◇ ◇
「………がんばったんだけどなぁ………」
馬車の中でも引き続き、珍しく結構落ち込んでいるレイナートに、さっきからベルセルカが
「やっぱり今からでも彼ら焼きつくしてきましょうか!?」
などと物騒な励ましをかけている。
「あんた、そんなに罵倒に弱かったっけ?」
「娼館………」
「は?」
「それこそ、こどもや女のためと思って、がんばったんだけどなぁ……。
『女やこどもにとって最悪の国王』かぁ……」
「いやだから、意味わかんないわよ?」
呆れるアリアドネに、
「あの。ちょっと、思い入れのある政策を罵倒されたから、レイナートさま凹まれてるんです」と、ベルセルカが補足する。
政策?と首をかしげるアリアドネに、にゃあ、と鳴いたナルキッソス。
「奴隷制度をなくしたカバルスには、色んな人がやってくるんですにゃ。
たとえば、虐待を受けて逃げてきた奴隷だったり、身体を売って生きてきた女の人やこどもにゃ」
「……うん。想像つくよ」
「でも、生計を立てようとしても、仕事を見つけるのが大変にゃ。
身体を売る以外の選択がなかったり、それができなければ犯罪をおかす以外なかったりするのにゃ」
「一方、そもそも娼婦として男娼として働いている方々も、過酷なお仕事の上、危険にさらされています」
「それで、レイナートさまは娼館を買い上げたにゃ。
身体を売るお仕事をする人が、安全に働けるように。
それから、その近くに、対になる福祉施設を作ったにゃ。
救貧院と託児所と職業訓練所がくっついたものを」
「たくじしょ?
しょくぎょうくんれんじょ?
いったいなんなの、それは?」と、アリアドネ。
「つまり、いま飢え死にしそうなぐらい困っている人は、救貧院にいってご飯を食べます。
娼婦や男娼として働くことを希望する人はそのまま近くの娼館で働き、こどもがいたらその間預けます。託児所というのはこどもを預かるところです」
「できない人は、売春よりは安いかもしれにゃいけど、べつの仕事を紹介されるのにゃ。
あと、こどもも売春禁止だからべつの仕事にゃ。
で、そういう人はもっとお金をためられる仕事につけるように、娼館で働く人も、いずれ引退とか結婚とかするときのため、手に職をつけるために訓練するにゃ。
それが職業訓練所にゃ」
「………つまり」
しばらく落ち込んでいた国王が久しぶりに言葉を発した。
「窮した人間が生き延び、そこから比較的すぐにできる仕事を見つけ、それから先のいきる選択肢を増やす………というのを、できるだけ効率よくたくさんの人間にできるように、娼館を中心に整えたんだ」
「選択肢……。
いや、それにしても、違う仕事に就くのはともかく、結婚って。
金目当てでもなければ、娼婦と結婚しようなんて男が」
「娼婦と結婚しようなんて男が、わりと普通にいる国をつくりたい」
「!」
「……転生者と結婚しようなんて人間が、元奴隷と結婚しようなんて人間が、みんながみんなじゃないにしても、わりと普通にいる国をつくりたい。
……というのと地続きだと思ってる。
差をつけないことが“人間扱い”に欠かせないことだと俺は思う。
結局力不足だから、大口は叩けないけど……」
壁にもたれ、馬車の窓の外を見つめる国王の横顔を、アリアドネは、いつになくじっと見つめた。
そしてこらえかねたように、一言。
「ま、まぁ、あんたがやったことは、実際、誰かを救えたんだろう?
すべての娼婦が救えるわけじゃないとは思うけど」
「と、思う」
「だったら」
アリアドネは顔を背けて、続けた。「なんでそんな戯れ言気にすることがあるの。奴隷だったころのあたしが、どれだけ…」
「アリアドネ?」
「国王が情けない顔してんじゃないよ。
他にも救うやついっぱいいるんだろ、バーカ」
言ってる彼女の目の端が、ほんのり光って見えたのは、錯覚だっただろうか。
◇ ◇ ◇
「――――だ、だから、公爵さまの名誉が、逆ッグゥアアアアハアッ」
酒場でベルセルカに酒を浴びせられた一団は、別の酒場で、別の男たちに殴り飛ばされていた。
「なんだぁ、丸め込まれやがって?」
「国王からティグリスを守るにはな、『俺たちの領主』、いや、王が必要なんだよ。
わかってんだろ? なぁ? セヌスよ」
20歳ぐらいの男が名を呼ばれ、むなぐらを掴み上げられる。
「わからねぇ野郎どもには、実力行使よ。
思い知らせてやろうじゃねぇか!」
歓声とともに、次の企みが進行した。
◇ ◇ ◇




