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(4)遺骸調査


   ◇ ◇ ◇



「――――陛下」



 ベルセルカよりもだいぶ早く風呂からあがり、下半身の衣服のみ身につけ、濡れた髪を拭いていたレイナートのもとに、ひとりの老人がひざまずいた。



「エクエス」



 裸の上半身にシャツをまといながら、レイナートは彼を見やる。


 眼光鋭い、隻眼の老人である。

 背丈は、レイナートと同じぐらいだろうか。

 見事な白髪(はくはつ)で、口をかこむふさふさとしたひげは、よく整えられている。



「急なお戻りでございますな。

 大旦那様の墓を暴くと伺いましたが」


「城の地下に納められた、父の遺体を調べる」


「ふむ。此度は墓荒らしでございますか?

 これは陛下の悪名にまたひとつ加わりますな。

 いままで犯した禁忌の山を考えればいまさらでございますが」


「話を聞け。

 耳が遠くなったのか?」



 レイナートにしては珍しく、年長者への敬意が欠けた口の悪い言葉をぶつけた。

 しかし老人はまるで動じず、むしろ、年月を重ねた悠然とした笑みを浮かべて立ち上がる。

 目の前の国王をこども扱いしているのはこちらなのだ。


 この75歳の老人エクエスは、先祖代々カバルス公爵に仕える騎士の家の出で、長年レイナートの父に従って戦場で戦ってきた。

 さらに、18年前から15年前にかけてカバルスの多くの騎士が『神罰』を恐れて出奔する中で、この地に残った数少ない一人だ。



「棺を開ける際には聖職者を立ち会わせる。

 また遺骸には触らず、ベルセルカに透視させる。

 心臓がどうなっているのかを見たい、それだけだ」


「ふむ?

 心臓が、どうかしましたかな?

 まぁ、つい数か月前は、まさか我らが主が国王陛下になられるなど夢にも思いませんでしたからな。

 さらに王族全滅と思いきや、ラットゥスとドラコでは後継者が見つかるなど、この老人はもう、何があっても動じませぬよ」


「……いや、ドラコは」


「どうかなさったのですかな?」


「ここにくる途中、ベルセルカから報告と謝罪があったんだが。

 領主代行に任命して、しばらくしたらカタラクティス家と爵位と領地を継がせようと思っていた、次男坊ドレイクが……また家出した」



 エクエスは失礼なほどひどく吹き出し、遠慮なく、豪快な声で笑い始めた。



「笑い事じゃないぞ?」


「ハハハ、……カッハハハハハハッ!!

 いや失礼、この老人が不覚をとるほど面白うございました。

 しかし、メサイア様は、動じておられなかったでしょう?」


「なぜわかった?」


「あそこのご姉弟(きょうだい)のことでございます、どうせ姉君も承知の上のことですな。

 しばらくしたら戻ってこられますでしょう」


「って、それでいいのか!?」


「オクタヴィア王女殿下を思い出されませ。

 (おのれ)が女であるがゆえに王位に就くことができぬことを嘆いておられると。

 ならば、男とて、(おのれ)が男であるために意思に反して後継と決められることに、反発してもおかしくはございますまい」


「…………」オクタヴィアを引き合いにだされると反論ができなくなる。


「男であるから。女であるから。

 (おのれ)が選んだわけでもないそれに運命を縛られることを呪うのは、男も女もその間の者も、同じでありましょうな」



 エクエスの言葉に、レイナートはうなずきはした。

 しかし、若き国王の表情には入れ替わりに、納得できないという表情が浮かんでいた。



「……俺だって、たまには逆らいたい」


「ああ、それはもはや、遅うございますなぁ」



 くくくく、とエクエスは笑う。



「そもそも陛下は、己の意思のみに従って生きるには真面目すぎまする。

 我らや王都の臣どもの敷いた決められた道から、多少新しい道を切り開きつつも、外堀は埋められ秩序を守りながら、常歩(なみあし)で進むのがお似合いですな」


「……王都の臣に任せると、いきなり道を塞いできかねんのだが?」


「そんなときは飛び越えられるのが陛下でございましょう?

 さて、そのような外堀埋めついでに是非お話ししたき儀が。ベルセルカ様もいらっしゃっておられますし、この老いぼれの頭のはっきりしておるうちに早く身を固」


「戻りましたッス、若―――!!じゃねぇ、陛下ぁ!!」



 絶妙なタイミングでファランクスの大声が飛んできて、邪魔されたエクエスが舌打ちした。



「聖職者、ばっちり連れてきましたよぉー!!

 ご支度なさって、早く降りてきてくださいッス!!」



   ◇ ◇ ◇



「カバルスから国教会を追い出しておきながら、必要があれば平気な顔で聖職者を呼び出すとは、よい性根をしておられますね国王陛下」



 一見穏やかな顔つきをした若き聖職者ガイストは、にこにこしながら開口一番文句をつけてきた。



「そういえば陛下、あなた様はただいま、国教会の首長でいらっしゃいますよね?

 何が起きても、ご自分も聖職者であると言い張れるのではないですか」


「いや、さすがにそれは詭弁すぎるだろう?」


「カバルス公爵家がもはやなにもしようと、レグヌムじゅうの聖職者が驚きませんから」



 レイナートが誕生した18年前、当時の法に反して、彼を奴隷ではなく後継ぎとするとした先代カバルス公爵。

 その際、激しく抗議した国教会の人間は、全員、カバルスから追い出された。


 しかし、民たちの多くは信仰を必要としている。

 なので、自らの意思でしばしばカバルスに入り、伝導を続ける聖職者(かわりもの)も、ごくわずかであるが、おり、それらは長年見逃されていた。


 このガイストもまた、そのような『かわりもの』をやっていたのだ。

 ゆえに、多少は、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵たるカバルス領主の話を聞いてもくれる。



 ――――レイナートは、ベルセルカ、エクエス、ガイスト、ファランクスとともに城の地下室におりた。


 薄暗くて広いそこは、納骨堂となっており、歴代の当主たちの遺骸がおさめられている。

 棺桶をそのままおいているのではない。

 都度、床を砕いて長方形の穴を掘り、棺桶をおさめ、うえから漆喰で固めるのだ。


 そのうちの一角。


 先代カバルス公の遺骸がおさめられたところで。

 レイナートが手をかざすと、漆喰にびきびきびきッ……と、ヒビが走り、棺桶のかたちを描くように、音を立てて、粉々に砕けていく。


 膝をついたエクエスが、丁寧に漆喰を手で払うと、やがて、棺の(ふた)が姿をあらわす。



 全員でしばらく死者に祈りを捧げ、それからレイナートが一度、ひざまずき、


「父上。しばし、お騒がせいたしますことをお詫び申し上げます」


と、謝罪をのべた。



 最後にファランクスが、通常数人がかりで持ち上げなければならない棺の蓋を、たったひとりでかるがると持ち上げる。

 

 父の身体が、現れた。



「……ご無沙汰をいたしております」



 レイナートよりも一回り以上大柄な、その遺体。

 上等な布にくるまれ、生前の衣服をまとった人物のその身体には、首がなかった。

 しかし、それはみな承知のことである。



「ベルセルカ。

 父の、心臓の位置を透視して、その様子を俺たちに見せてくれるか?」


「は、はい!!

 ――――〈深透視イクス・イルミナス・アルタ〉、〈投影(プロイエクトゥラ)!〉」



 ベルセルカが片手を遺骸にむけてかざし、もう片手は、上向きの手のひらに鏡をおいた。


 しばしたつと、鏡から光のもやが立ち上り、そのなかに立体的に、先代カバルス公の心臓のあるあたりが映し出される。


 心臓、らしきものが残っていない。

 そのかわり、茶色い、かつて人の肉だったものの中に、紫色の光を放つものが埋まっているのが見えた。



「……なんじゃ、これは?」



 エクエスが声を上げる。


 それは生前の巨体に比べてあまりにも小さく、銅貨ほどの大きさであった。

 しかし、レイナートの瞳と……生前の父の瞳と同じ禁色の紫で、美しく力に満ちた輝きを放っている。



「――――魔核……ですか?」


「やはり、特別魔力の強い人間が亡くなったときにもできるのか」


「魔核って、なんスか?」「魔核とは?」


「高位の冒険者だけが知る存在で、魔力の強い魔物を、心臓を傷つけずに倒すと、その心臓に魔力が凝縮され、結晶になるそうだ。

 ところが、人間……どの程度の魔力の持ち主までなるのかわからないが、人間でも魔核ができることがわかった」


「ということは、まさか、陛下がお考えになっているのは」



 ガイストがこちらを脅えた目で見る。

 レイナートは言葉をついだ。



「……俺は、これが、ユリウス王子の虐殺事件の動機ではないかと思う。

 王子は、先代国王陛下と王族たちを殺し、悪魔がその心臓を食ったのではなく、心臓が結晶化した魔核を回収したのではないかと」



 それぞれが思わず息をのむ音が、静かな地下室のなかで聴こえた。



   ◇ ◇ ◇

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